強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

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七本槍

変心

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 筑前守の下知を受けた安治は、堂木山の砦に向かった。砦の門番に来意を告げると、すぐさま山路将監の詰所に通された。
 「これはこれは、脇坂殿。羽柴様の懐刀としてご活躍の貴殿が、かようなところまで如何なされた?」
 山路は、安治を慇懃に出迎えた。あたかも筑前守の訪問を受けたかのようである。
 「恐れ入りましてございます。ここ堂木山は柴田勢がいの一番に狙ってくるところと、殿は踏んでおります。そこで拙者を斥候として、こちらに遣わされました。何なりとお申し付けくだされ。」
 安治は、丁寧に頭を下げた。
 「羽柴様のご厚情、忝く存ずる。改めて、ご当家の一員になれたことを誇りに思う。伊賀守殿を説得した甲斐があったというもの。我が方でも斥候を放っておるが、今のところ目立った動きはないようじゃ。ひとまず、物見櫓で見張りを頼めるかのう。」
 「お安い御用でございます。必要とあらば、拙者も斥候の一員として、いつでも仰せいただきたく存じます。」
 「誠に殊勝である。貴殿のような配下を持った羽柴様がうらやましい。」
 ひととおりの挨拶を済ませ、安治は物見櫓に入った。柴田勢が戦を仕掛けてくるとしたら、ここ堂木山を目標となることは間違いない。ここを抜かれれば、賤ケ岳の砦まで一本道だ。まして、相手は佐久間玄蕃。筑前守が注意を払うのもうなずける。とはいえ、山路のいうとおり、柴田側から仕掛けてくる様子は見られない。明日にでも行市山にでも向かうか。安治は、そう考えながら、物見櫓で見張りを続けることとした。
 夜も更けてきたころ、二人の侍が山路を訪ねてきた。
 「山路将監殿の与力、今井覚衛門、野村当内、参上仕った。山路殿、火急の用ありとのこと、急ぎお通し願いたい。」
 門番の誰何に答える声が、安治の耳に届いた。門番は、直ぐに二人を招き入れた。半刻ほど経った頃、二人は帰っていった。
 しばらくすると、山路将監が近習を引き連れ、出かけていった。一体、こんな夜更けに何用か?安治は、訝しんだ。火急の用向きで、今井と野村が招かれた。そして、程なくしてこの二人は戻り、山路もその後を追うように出て行った。もし、この火急の用が柴田勢の夜討であれば、今すぐにでも軍勢を差し向かわせねばなるまい。しかし、そのような下知はない。であれば…。
 そう考えて、安治は己の顔色が変わっていく様を感じていた。安治は、物見櫓を駆け下りて、一目散に大垣を目指した。
 そういえば、あの時も夜通し駆け抜けたな。安治は、駆けながら、ふと昔のことを思い出していた。その昔、筑前守の供を願うべく、夜道を駆けて、先回りして三条大橋で筑前守の到着を待ち、何とか認めてもらったことがあった。もっとも、今は羽柴家の行く末がかかっている。呑気なことを考えて暇はない。安治は、感傷を振り払い、駆けに駆けた。
 朝日が昇りきったころ、安治は大垣城に着いた。顔見知りの門番が立っていたのを、これ幸いと安治は駆け寄った。
 「これは、これは脇坂様。たしか、堂木山に行かれたのでは?このような早朝から、一体、いかがなされました。」
 こちらの気持ちも知らず、門番は呑気に尋ねてきた。
 「早朝から誠に申し訳ありませぬが、至急、殿にお目通り願いたい。一刻を争う事態です。」
 「畏まりました。こちらに。」
 只ならぬ事態と感じた門番は、安治を広間に通した。広間に通されて間もなく、筑前守がやってきた。
 「いかがいたした、このような早朝から。玄蕃でも攻め込んできたか?」
 「畏れながら、山路様に変心の疑いがあり、至急ご報告に伺った次第でございます。」
 「何、山路が…申せ。」
 「昨夜、山路様の陣所に、今井覚衛門様、野村当内様がお見えになられました。」
 「今井、野村…山路の与力ではないか、何か注進に来たのではないか?」
 「仰せのとおりでございます。拙者もそのように考えておりました。玄蕃殿が夜討でも仕掛けてきたのかと思うたくらいです。ところが、今井様、野村様がお帰りになられた後も、山路様から出陣の下知はありませんでした。ということは、敵襲の注進ではない。であれば、夜更けに一体何がと訝しんでおりました。すると、今度は山路様がわずかな近習とともに、出かけていくではありませぬか。本来であれば、山路様の後をつけて、事の次第を確かめてから、殿にご注進するのが筋でございます。さりながら、既に山路様がお心変わりされていたのであれば、夜陰に紛れて柴田軍と合流し、一気に攻め寄せてくるやも知れませぬ。であれば、殿のお耳に速やかにお入れいたし、堂木山に後詰を送り込んでいただくのが得策と愚考し、参上した次第です。」
 安治の注進を聞き終えた筑前守は、腕を組んでじっと考え込んでいた。そのとき、筑前守の近習が広間に駆けこんできた。
 「申し上げます。木村小隼人様から火急の注進あり。お通しいたします。」
 近習の後ろから、木村小隼人の伝令役が広間に入ってきた。
 「畏れながら申し上げます。山路将監様、柴田軍に内通。山路様配下により、堂木山焼失。但し、山路様の妻子は逃亡中のところ捕獲。現在、監禁中でございます。」
 「ご苦労。山路が妻子は一人残らず、逆さ磔にせよ。また、柴田勢も一気に攻勢をかけてくると思われる。防備を固めよ。左様、小隼人に申し渡せ。」
 「承知仕りました。」
 伝令は一礼して、退出した。
 「甚内、百騎ほど引き連れ、至急賤ケ岳に向かえ。」
 筑前守がお厳かに命じた。
 「承知仕りしました。が、畏れながら、殿、何故、賤ケ岳に?救援に向かうとすれば、大岩山か岩崎山かと愚考いたします。これらの防備が甘いことは、山路様もご存じでございましょう。山路様が進言するとしたら、このどちらかではありませぬか?」
 「ふむ、なかなか鋭い。じゃがな、そうだとすれば、お主がそこに向かう頃には、その二つは落ちていよう。であればじゃ、むしろ柴田勢を賤ケ岳まで引っ張り出した方がよい。よいか、いかなる手を使おうとも柴田勢を賤ケ岳に釘付けにせよ。なんなら、賤ケ岳は明け渡してもよいくらいじゃ。」
 賤ケ岳を明け渡す!?安治は、さすがに驚きを隠せなかった。だが、冷静に考えてみると理に適っている。賤ケ岳を餌に佐久間玄蕃を叩くことができれば、柴田軍の勢いを大きく削ぐことになる。いかに筑前守とて、柴田修理と佐久間玄蕃二人を同時に破るのは困難である。何とか二人を引き離して、個別に叩ければ勝利は近づく。山路将監の内通を逆手にとろうというわけだ。
 「心得ました。この甚内、何としても柴田勢をくぎ付けにしてまいります。」
 安治は平伏し、その場を離れた。
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