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ナイトさんは意外と女好き
しおりを挟む「いったたた……」
手に持った本が道端に散らばり、少し遅れて何かが割れるような音が響く。
そんな派手な音に、街ゆく人々はちらりとこちらに視線を向けるが、面倒ごとを避けるようにまた街に溶け込んでいく。
「すまない、ぶつかってしまったようだ」
「あ、あの……大丈夫ですか?」
ナイトさんはそんな女性に素直に謝罪をすると、手を差し伸べるが。
「いったいわね! ぶつかったなんて見ればわかるわよ」
女性は機嫌を悪くしたのか、その手をはたいて自力で立ちあがる。
魔術師だろうか。女性は背中の大きくあいた、独特なゆったりとした袖を持つ黒いドレスの埃を払うと、魔道研究局にてよく使用するトネリコの葉の匂いとチコリの香りが、甘い香りに紛れて漂ってくる。
杖がないということは黒魔術師ではないようだが。落とした本を見てみると薬品についての研究書のようだ。
そうなると錬金術師というのが妥当な線だろうが……彼女からは錬金術師特有の鉄の匂いはしない。
私はそう思案にふけっていると。
「あああああ!!?」
女性は不意に大声を出し、頭を抱える。
視線の先には、地面に落ちた本と……割れたフラスコ。
「わた、私の……研究結果が」
どうやら中には研究中の薬品が入っていたらしく、女性は鬼をも殺しそうな形相でナイトさんをねめつける。
「ちょっと!? どうしてくれんのよこれ!」
きぃきぃと騒ぎながら、ナイトさんに詰め寄る女性。
しかしナイトさんは物怖じすることなく。
「当然、弁償させてもらう」
そう言葉にする。
「あんた本気で言ってるの? これかなり高いのよ? 生半可な冒険者じゃ到底足りないくらい……」
「あぁそのようだ。今は金貨の持ち合わせが足りない、だからこれで勘弁してほしい」
そういうと、ナイトさんは零れ落ち割れたフラスコに手を伸ばすと。
【タイムリープ】
聞いたことのない魔法を唱える。
「これは」
指先から放たれた光はフラスコを包み込むと、割れたフラスコは消え代わりに赤色のタイルには割れたはずのフラ
スコがもとに戻っている。
もちろん、フラスコの中にはこぼれたはずの赤い液体が入ったままだ。
「これで許してほしいが」
ナイトさんはそう言うと、女性はフラスコを持ち上げ、栓を外して匂いを嗅いだり、光に透かしてみたりしている。
「偽物とすり替えてるみたいじゃなさそうね。一体あんた何者?」
「至高の騎士だ」
「あははっ、自分のこと至高の騎士だなんて随分と傲慢なのね……だけど、嫌いじゃないわ」
「それはよかった、ところでレディ」
「ミコトよ、ミコト・イブキ。出身は東の方のちんけな国」
「失礼、ミコト。お前も冒険者なのか?」
「まーね! だけど私はどちらかというと、こうやって研究に没頭してるほうが好きなのよ」
ミコトさんは立ち上がり呪文を呟くと、落ちた本が浮遊し手の中に戻る。
「ふむ、となると冒険者暮らしも捨てたもんじゃないらしいな。こんな見目麗しいレディとともに冒険ができるというのだから」
「あら、口説いてるの? まさかぶつかったのもわざとかしら?」
ナイトさんの不意打ちの口説き文句。隣で聞いていた私は自分でも分かるほど耳を赤くするが、ミコトさんはそのきれいな白い髪を軽く指ではじき、鼻を鳴らして妖艶な笑みを浮かべる。
「まさか、だがお前のような美しきレディをお茶に誘わないのは騎士としてありえない」
「騎士ねぇ。まぁ、あんた面白そうだしね、考えておいてあげる。でも、名前も知らない男とお茶をするほど、私は無防備な女じゃないわ」
「あぁ、それは失礼した。俺としたことが見とれて失念していたようだ、俺は夜の太陽、ナイト=サンだ」
「ナイトさん……ふざけた名前だけど、面白いじゃない。いいわ、また今度二人だけでお茶をしましょう?」
「あぁ、できれば今すぐにでも」
「ナイトさん?」
何やら話がおかしな方向に進んできたため、私はコホンと咳払いをしてナイトさんを止める。
「うぐっ……マスター」
「ふふっ、今はそちらが先約のようね……また今度、楽しみにしてるわ。ナイトさん」
笑いながら、ミコトさんは鼻歌交じりに私たちと反対方向へと進んでいく。
その後姿はとても優雅で、可憐で、力強い。私でさえも見とれてしまうその姿にナイトさんが鼻の下を伸ばしてしまうのも仕方のないことだろう。
だが。
「今は冒険者ギルドですよ、ナイトさん」
私はそう、意外と女好きであった従者にそうぴしゃりと戒める。
「むっ……あぁ、当然分かっているとも!」
ナイトさんはばつが悪そうに頭を掻くと、気を取り直すように胸をたたき笑顔を見せる。 恐らく反省はしていないだろうが……素直であるならそれでいいだろう。騎士とはいえ、恋愛は必要だ。私はそれを否定するつもりはないため、それ以上は追及することなくコホンと咳払いをする。
と。
「お待たせ!!クッコロー旅行記によると、冒険者通りの真ん中にある【ルインの酒場】ってところがアルムハーンの冒険者ギルドになっているらしいんだけど……あれ? どうしたの二人とも、何かあった?」
狙いすましたかのように、局長が戻ってくる。
「いいえ、何も。それよりも局長、酒場って、ギルドじゃなくて酒場がメインなんですか?」
「そうみたい。ルインの酒場は千年前の魔王討伐の際、勇者がここで各国から集まった冒険者たちと酒を酌み交わし、魔王軍の情報を仕入れ、同時に仲間を募ったとされているようだ。確かに昔はギルドといえば酒場が主流だったものさ。今では大きな組織になっちゃったから、役所みたいな堅苦しい施設に代わってしまったけど、勇者信仰の残るここアルムハーンに限っては、実際に勇者が利用した酒場が冒険者ギルドを続けているらしいよ」
「ふむ……俺のいた世界でも、昔は酒場がギルドの代わりをしていたな。酒が入った人間は情報を落としやすい……と記憶にある」
「へぇ……そっちでも酒場は変わらないんですね」
私はナイトさんの言葉にそんな声を漏らす。
あっちの世界にも、ギルドというものはあったらしい。
「そういうこと。酔っていればコミュニケーションも図りやすいし、祝杯を挙げながら次の冒険についての相談ができる。いたって合理的だ、それに、ええと……」
何か興奮するようにパラパラと旅行記のページをめくる音が聞こえる。
「とりあえず、中に入ってみますね」
「あ、うん」
まだ説明したりなさそうな局長ではあるが、長くなりそうなので私はそのうんちくを無理やり中断させ、冒険者ギルドの中へと入っていく。
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