散華へのモラトリアム

一華

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第五章

空に咲く華 7

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「どうしたの?」
戻った風人にクスクスと笑う理由を聞かれて、瑞華は肩を竦めた。
「ちょっと、弥生さんのメールが可笑しくて」
「へえ?」
少しは興味を示してチラリと目線を寄越すが、内容を話すわけにはいかないので、黙って携帯をしまう。
そこは見せるようになどとは言わない。それどころか瑞華がどこか気落ちしている気配に気づいたのか、風人は小さく息をついた。

「あのさ、瑞華ちゃん。俺は気にいった子にしかプライベートな時間は裂かないよ?」 

唐突の言葉に意味がわからず、ひとまず笑顔を返した。
困惑してなんともよそ行きな良い子の笑顔になってしまったのは、瑞華の猫を被っている時のクセだ。 
「ありがとうございます」
返答した先の風人の表情に、心が透かされそうで慌てて笑顔のまま、言葉を繋げる。

「そういえば風人さんはモテるのにどうして恋人を作らないんですか?」 

なにげなく言ってしまった言葉に。
一瞬、風人の目が切なげに光った様に思えた。 

「ふうん。恋人未満が本命に変わる可能性は瑞華ちゃんの中では皆無なわけね。残念だね」 

どこか投げやりな言葉に、よく意味が分からず、沈黙。
ん?今の何?
整理するために前後の流れを思い出そうとするが、その様子には気づかない様子の風人が思案するように遠くに目線をやってから。
あのさぁ、と話を切り替えるように、遠慮勝ちに言い出した。
「ゆきと仲良くしてやって欲しいんだ」 
「え…?」
拍子抜けしてしまう瑞華を見ないで、淡々と話しが続けられる。
「瑞華ちゃんのことは、ゆきも気に入っているみたいだし。今日もちゃんとエスコートするように出かけに散々言われたからね」
「え?雪乃さんが?」
「そうそ。心配されてね」
「...そうなんですか」

『ちゃんとエスコートするように』
『散々言われた』

その言葉は驚くほど、ゆるやかだが確実に瑞華の心に刺さって来た。
「…はい。私も、雪乃さんのこと…好きです」 
「良かった」

勿論、本心から言葉は出たが、どこか上滑りに口から流れるようだった。
風人に笑い返した気すらする。

そうか。
瑞華の中で、すとんと腑に落ちた。
そうか、これは九条の次期様が頼んでくれたデートだった。
そして雪乃さんも…

本気デートと言う言葉で、なんだか気持ちが高揚してしまっていたが、そうだ、違うんだ。
瑞華にとって、そうだったとしても、
一日感じていた幸福感を与えてくれたものが、これだったのかと思えば、心中は穏やかではない。

どうしよう。
急速に心が萎れていくのを感じた。
何か哀しい気持ちが沸きたてば、目線は自然と地に落ち、肩に力も入らない。

どうしよう、私。
心が、体から離れていくようだった。


出店の商品に興味深げに目線を逸らして握られていた手が、瑞華にそれの話を振るために離れた。


なにかが、外れてしまったように。
2、3歩後ずさる。
風人がまだそれに気づいていないことを確認すると。
瑞華はくるりと後ろを向いた。

縁日は人で溢れていた。
だから、瑞華は人込みに紛れるように。
体から離れた心を追いかけるように。

小走りで、駆け出した。
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