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4章 南都の戦い

第104話 出立の朝(前編)

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 南都出征当日。
 カルムの街は日の出を迎え、まばゆい朝日に照らされていた。
 ヨネシゲら南都出征者は、この後カルム中央公園で行われる出陣式に参加。領主たちの激励や祈祷を受け、南都へ向けて出立する予定だ。

「ソフィア、おはよう!」
 
「あなた、おはよう! 今珈琲入れてあげるね」

「ありがとう。砂糖とミルクたっぷりで頼む!」

「はいはい。わかっていますよ」

 少し早めに起床したヨネシゲは、リビングのソファーに腰掛ける。そして、ソフィアが淹れた特製珈琲を片手に、新聞を読み始める。
 ヨネシゲが新聞を読み終えた頃、ソフィアがテーブルに朝食を並べ始める。と同時にルイスやアトウッド兄妹も起床してリビングに姿を現す。

「父さん、おはよう!」

「ヨネさん、おはよう!」

「おじさん、おはようございます!」

「みんな、おはよう! 早速朝飯にしようぜ!」

 見慣れたクラフト家の朝。ヨネシゲはこれから戦場に赴く訳であるが、意外にも普段と変わらない朝を迎えており、俺はこれから本当に戦場に向かうのか? と疑ってしまう程だ。

 やがて朝食を終えたヨネシゲは、ソフィアの部屋で着替えを始める。彼の自室はアトウッド兄妹に貸しているため、身支度は基本彼女の部屋で行っている。
 ヨネシゲは、カルム領主から与えられた、グレーを基調とした戦装束《いくさしょうぞく》に袖を通す。袖の部分が赤色になっているのがアクセントである。
 この戦装束は、タイロン家兵士カルム領主軍が着ているものと同じ。誰が見ても、カルム代表で来た兵士だと一目瞭然で理解できる。
 ヨネシゲは姿鏡で自分の戦装束姿を見つめる。

(カッコいい戦装束だ。我ながら似合っている。しかし、この服を着て殺し合いすると考えると複雑な心境だよ……)

 ヨネシゲが大きく溜め息を漏らしていると、部屋の扉をノックする音が聞こえる。

「あなた、着替え終わったかしら?」

「おう! もう大丈夫だ。入ってきていいぞ」

 ヨネシゲに招き入れられると、ソフィアが部屋の中に姿を現す。

「あら! 似合ってるじゃない。カッコいいよ!」

「へへっ。そうかな? 今までこういう服を着た記憶がないから、不思議な気分だよ」

「ええ。私もあなたが戦装束を着ている姿は初めて見たよ。こんなカッコいい服が、戦をするための服なんて、皮肉だね……」

「ソフィア……」

 顔を俯かせるソフィアをヨネシゲが険しい表情で見つめる。だが直ぐに、ソフィアはハッとした表情で顔を上げる。

「あら、いけない! 笑顔で送り出すって約束したのに……こんな表情見せちゃダメだよね。笑顔、笑顔!」

 満面の笑みを見せるソフィア。ヨネシゲは、無理する彼女の姿に心を痛める。

(ソフィアの無理してる姿を見るのは正直辛い。とはいえ、笑顔で見送ってくれと要求したのは俺だ。彼女は俺のために頑張ってくれているのだから、その気持ちに応えなければならない……!)

 ヨネシゲは気合が入った様子で、自分の頬を両手で叩く。

「ヨッシャ! ソフィアの笑顔を見たら元気になってきたよ! 気合い入れていくぞ!」

「フフフ。無理はしちゃダメだよ」

「おうよ! 心配するな! 任せておけ!」

 ヨネシゲは一人興奮しながら部屋を飛び出していった。ソフィアは、その後ろ姿を見つめながら言葉を漏らす。

「本当に無理はしちゃダメだよ。無事に帰ることだけ考えて……」



 そして、出発の時を迎える。
 ヨネシゲは荷物が入ったリュックを背負うと、玄関に向かって歩みを進める。見送りのためソフィアとルイス、アトウッド兄弟も彼の後に続く。
 ヨネシゲが玄関の扉を開くと、メアリーら姉家族の姿が見えた。ヨネシゲはメアリーたちの元へ歩みを進める。

「姉さんたちも来てくれたんだな」

「当たり前よ! 可愛い弟の旅立ちを見送らない訳にはいかないでしょ?」

「ガッハッハッ! 姉さんもよく言うぜ!」

 メアリーは、ヨネシゲとの間合いを詰めると、その体をそっと抱き締める。

「実の弟のことを心配しない姉が、一体、どこに居るんだい……」

「ね、姉さん……」

 メアリーはヨネシゲから体を離すと、その瞳をじっと見つめる。

「必ず生きて帰ってきなさいよ!」

「当たり前だ」

「それと……もし余裕があったら、私の夫も連れて帰ってきて。あの人は南都に居るはずだから……」

「ああ。ジョナス義兄さんも必ず連れて帰ってくるよ!」

 メアリーはヨネシゲの腹を思いっ切り叩く。

「い、痛いよっ! 姉さん!」

「フッフッフッ! 気合い入れていきなさいよ!」

 リタとトムもヨネシゲにエールを送る。

「おじさん! 毎日神様にお祈りするから、死んじゃだめだよ! 死んだら許さないからね!」

「僕も、おじちゃんのこと、ずっと応援してるから、絶対、絶対無事に帰ってきてよ!」

 今にも泣き出しそうな姪と甥。ヨネシゲは優しい笑みを浮かべながら、2人をそっと抱きしめる。

「今からそんな顔をするんじゃない。おじさんは必ず生きて帰ってきてやる! もちろん、お前たちのお父さんと一緒にな。ほら、そんなしけたツラ、2人とも似合わないぞ? ほら、笑え、笑え!」

 ヨネシゲの言葉に、2人は涙を拭うと、気恥ずかしそうに微笑んで見せた。
 続けてヨネシゲは、アトウッド兄弟の元へ歩み寄る。

「ゴリキッド、メリッサ。2人にも気苦労掛けるが、どうか皆と支え合って生活してくれ」

 ゴリキッドは拳を強く握りしめながら、言葉を返す。

「ああ、留守は任せてくれ! 俺たちは、ヨネさん達から受けた恩がある。今こそ、その恩を返す時だ。こっちのことは俺たちに任せて、ヨネさんは安心して南都に向かってくれ!」

「ありがとう。宜しく頼むぞ!」

 続けて、メリッサも意気込みを語る。

「私もたくさんお手伝いして、おばさんたちを支えるね! おばさんたちが落ち込んでいる時は、私がいっぱい励ましてあげるんだから!」

「頼もしい言葉だ! メリッサが居ればクラフト家は安泰だな! 皆を頼むぞ!」

 ヨネシゲが褒めるとメリッサは照れくさそうに笑みを浮かべた。

 そして、ヨネシゲは愛する妻子に体を向ける。

「ソフィア、ルイス。留守を頼む。直ぐに帰ってくるから、少しの間辛抱しててくれ」

 ルイスがヨネシゲの肩を叩く。

「父さん、こっちのことは気にするなって。今は自分の身のことだけ考えてなよ」

「おう、ありがとな! 流石俺の自慢の息子だ!」

「やめろよ、父さん。みんなの前で恥ずかしいだろ……」

 ヨネシゲは笑いながら息子の背中を叩く。

「ガッハッハッ! ドンマイ! ルイス、母さんを頼むぞ……!」

「ああ、任せてくれ」

 ヨネシゲはルイスと笑い合っていると、ソフィアから風呂敷に包まれたある物を手渡される。

「ソフィア、これは?」

「おにぎりだよ。今日のお昼に食べてちょうだい。具はあなたの大好きな塩鮭だよ」

「そいつはありがてえ! 今日の昼が楽しみだ!」

「うん! 愛情を込めて握ったから、味わって食べてね……」

「おう。心して食べるよ……」

 そこで会話が途切れると、2人は無言で瞳を見つめ合う。そして、ヨネシゲが別れの挨拶を口にする。

「それじゃ、行ってくるよ!」

「うん、いってらっしゃい! 出陣式が終わったら、大通りでまたお見送りさせてもらいますね」

「わかった。その時は盛大に見送ってくれよな」

「ええ! 任せて!」

 ソフィアは両手で小さくガッツポーズを見せると、ヨネシゲもそれに応えるように拳を掲げる。その様子に一同から自然と笑みが溢れる。

「そんじゃ、また大通りで!」

 ヨネシゲはソフィアたちに笑顔で見送られながら、出陣式が行われるカルム中央公園を目指した。


つづく……
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