109 / 134
4章 南都の戦い
第104話 出立の朝(前編)
しおりを挟む南都出征当日。
カルムの街は日の出を迎え、まばゆい朝日に照らされていた。
ヨネシゲら南都出征者は、この後カルム中央公園で行われる出陣式に参加。領主たちの激励や祈祷を受け、南都へ向けて出立する予定だ。
「ソフィア、おはよう!」
「あなた、おはよう! 今珈琲入れてあげるね」
「ありがとう。砂糖とミルクたっぷりで頼む!」
「はいはい。わかっていますよ」
少し早めに起床したヨネシゲは、リビングのソファーに腰掛ける。そして、ソフィアが淹れた特製珈琲を片手に、新聞を読み始める。
ヨネシゲが新聞を読み終えた頃、ソフィアがテーブルに朝食を並べ始める。と同時にルイスやアトウッド兄妹も起床してリビングに姿を現す。
「父さん、おはよう!」
「ヨネさん、おはよう!」
「おじさん、おはようございます!」
「みんな、おはよう! 早速朝飯にしようぜ!」
見慣れたクラフト家の朝。ヨネシゲはこれから戦場に赴く訳であるが、意外にも普段と変わらない朝を迎えており、俺はこれから本当に戦場に向かうのか? と疑ってしまう程だ。
やがて朝食を終えたヨネシゲは、ソフィアの部屋で着替えを始める。彼の自室はアトウッド兄妹に貸しているため、身支度は基本彼女の部屋で行っている。
ヨネシゲは、カルム領主から与えられた、グレーを基調とした戦装束《いくさしょうぞく》に袖を通す。袖の部分が赤色になっているのがアクセントである。
この戦装束は、タイロン家兵士が着ているものと同じ。誰が見ても、カルム代表で来た兵士だと一目瞭然で理解できる。
ヨネシゲは姿鏡で自分の戦装束姿を見つめる。
(カッコいい戦装束だ。我ながら似合っている。しかし、この服を着て殺し合いすると考えると複雑な心境だよ……)
ヨネシゲが大きく溜め息を漏らしていると、部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「あなた、着替え終わったかしら?」
「おう! もう大丈夫だ。入ってきていいぞ」
ヨネシゲに招き入れられると、ソフィアが部屋の中に姿を現す。
「あら! 似合ってるじゃない。カッコいいよ!」
「へへっ。そうかな? 今までこういう服を着た記憶がないから、不思議な気分だよ」
「ええ。私もあなたが戦装束を着ている姿は初めて見たよ。こんなカッコいい服が、戦をするための服なんて、皮肉だね……」
「ソフィア……」
顔を俯かせるソフィアをヨネシゲが険しい表情で見つめる。だが直ぐに、ソフィアはハッとした表情で顔を上げる。
「あら、いけない! 笑顔で送り出すって約束したのに……こんな表情見せちゃダメだよね。笑顔、笑顔!」
満面の笑みを見せるソフィア。ヨネシゲは、無理する彼女の姿に心を痛める。
(ソフィアの無理してる姿を見るのは正直辛い。とはいえ、笑顔で見送ってくれと要求したのは俺だ。彼女は俺のために頑張ってくれているのだから、その気持ちに応えなければならない……!)
ヨネシゲは気合が入った様子で、自分の頬を両手で叩く。
「ヨッシャ! ソフィアの笑顔を見たら元気になってきたよ! 気合い入れていくぞ!」
「フフフ。無理はしちゃダメだよ」
「おうよ! 心配するな! 任せておけ!」
ヨネシゲは一人興奮しながら部屋を飛び出していった。ソフィアは、その後ろ姿を見つめながら言葉を漏らす。
「本当に無理はしちゃダメだよ。無事に帰ることだけ考えて……」
そして、出発の時を迎える。
ヨネシゲは荷物が入ったリュックを背負うと、玄関に向かって歩みを進める。見送りのためソフィアとルイス、アトウッド兄弟も彼の後に続く。
ヨネシゲが玄関の扉を開くと、メアリーら姉家族の姿が見えた。ヨネシゲはメアリーたちの元へ歩みを進める。
「姉さんたちも来てくれたんだな」
「当たり前よ! 可愛い弟の旅立ちを見送らない訳にはいかないでしょ?」
「ガッハッハッ! 姉さんもよく言うぜ!」
メアリーは、ヨネシゲとの間合いを詰めると、その体をそっと抱き締める。
「実の弟のことを心配しない姉が、一体、どこに居るんだい……」
「ね、姉さん……」
メアリーはヨネシゲから体を離すと、その瞳をじっと見つめる。
「必ず生きて帰ってきなさいよ!」
「当たり前だ」
「それと……もし余裕があったら、私の夫も連れて帰ってきて。あの人は南都に居るはずだから……」
「ああ。ジョナス義兄さんも必ず連れて帰ってくるよ!」
メアリーはヨネシゲの腹を思いっ切り叩く。
「い、痛いよっ! 姉さん!」
「フッフッフッ! 気合い入れていきなさいよ!」
リタとトムもヨネシゲにエールを送る。
「おじさん! 毎日神様にお祈りするから、死んじゃだめだよ! 死んだら許さないからね!」
「僕も、おじちゃんのこと、ずっと応援してるから、絶対、絶対無事に帰ってきてよ!」
今にも泣き出しそうな姪と甥。ヨネシゲは優しい笑みを浮かべながら、2人をそっと抱きしめる。
「今からそんな顔をするんじゃない。おじさんは必ず生きて帰ってきてやる! もちろん、お前たちのお父さんと一緒にな。ほら、そんなしけたツラ、2人とも似合わないぞ? ほら、笑え、笑え!」
ヨネシゲの言葉に、2人は涙を拭うと、気恥ずかしそうに微笑んで見せた。
続けてヨネシゲは、アトウッド兄弟の元へ歩み寄る。
「ゴリキッド、メリッサ。2人にも気苦労掛けるが、どうか皆と支え合って生活してくれ」
ゴリキッドは拳を強く握りしめながら、言葉を返す。
「ああ、留守は任せてくれ! 俺たちは、ヨネさん達から受けた恩がある。今こそ、その恩を返す時だ。こっちのことは俺たちに任せて、ヨネさんは安心して南都に向かってくれ!」
「ありがとう。宜しく頼むぞ!」
続けて、メリッサも意気込みを語る。
「私もたくさんお手伝いして、おばさんたちを支えるね! おばさんたちが落ち込んでいる時は、私がいっぱい励ましてあげるんだから!」
「頼もしい言葉だ! メリッサが居ればクラフト家は安泰だな! 皆を頼むぞ!」
ヨネシゲが褒めるとメリッサは照れくさそうに笑みを浮かべた。
そして、ヨネシゲは愛する妻子に体を向ける。
「ソフィア、ルイス。留守を頼む。直ぐに帰ってくるから、少しの間辛抱しててくれ」
ルイスがヨネシゲの肩を叩く。
「父さん、こっちのことは気にするなって。今は自分の身のことだけ考えてなよ」
「おう、ありがとな! 流石俺の自慢の息子だ!」
「やめろよ、父さん。みんなの前で恥ずかしいだろ……」
ヨネシゲは笑いながら息子の背中を叩く。
「ガッハッハッ! ドンマイ! ルイス、母さんを頼むぞ……!」
「ああ、任せてくれ」
ヨネシゲはルイスと笑い合っていると、ソフィアから風呂敷に包まれたある物を手渡される。
「ソフィア、これは?」
「おにぎりだよ。今日のお昼に食べてちょうだい。具はあなたの大好きな塩鮭だよ」
「そいつはありがてえ! 今日の昼が楽しみだ!」
「うん! 愛情を込めて握ったから、味わって食べてね……」
「おう。心して食べるよ……」
そこで会話が途切れると、2人は無言で瞳を見つめ合う。そして、ヨネシゲが別れの挨拶を口にする。
「それじゃ、行ってくるよ!」
「うん、いってらっしゃい! 出陣式が終わったら、大通りでまたお見送りさせてもらいますね」
「わかった。その時は盛大に見送ってくれよな」
「ええ! 任せて!」
ソフィアは両手で小さくガッツポーズを見せると、ヨネシゲもそれに応えるように拳を掲げる。その様子に一同から自然と笑みが溢れる。
「そんじゃ、また大通りで!」
ヨネシゲはソフィアたちに笑顔で見送られながら、出陣式が行われるカルム中央公園を目指した。
つづく……
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる