幽霊になっても、俺は娘に逢いにゆく

星 陽月

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【第28話】

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 なんだかんだで列車に乗り、沼津駅に着いた俺は、娘に会えるその想いに胸を躍らせながら、義理の両親の家の記憶を頭の中でたどることにしたんだ。

 でもよ……。

 どうもその記憶がはっきりしない。
 どうにもこう、おぼろげなんだよ。
 ま、それもしかたがねえんだ。
 だってよ、義理の両親の家に行ったのは、女房だった佐代子との結婚を許してもらいに行ったとき以来なんだからよ。
 記憶がはっきりしないのも当然といえば当然だ。

 え?
 なんだと? 
 娘さんをあずけてから一度も会いに行ったことがなかったのかって?

 あァ、実はそうなんだ。
 まったく恥ずかしいかぎりだよ。
 それはすごく反省してる。
 でもな、だからこそ、こうして会いに来たってわけさ。

 あ?
 死んでからじゃ遅いだと?

 そんなこと、おまえに言われなくたってわかってるよ。
 っていうか、話の腰を折るなっての。
 ともかく、それでも俺は、道々思い出すだろうとタクシー乗り場に向かったよ。
 歩いていくよりは、タクシーのほうが楽だもんな。
 なんだよその顔。
 死んだらタクシーに乗っちゃ悪いのかよ。
 それってよ、死者に対する差別だぞ。

 なに? 
 死んだ人間は差別の対象にならない? 
 言うならば、使者に対する冒涜(ぼうとく)だって?

 このやろう、言ってくれるじゃねえか。
 クソ、ブチ殺してやりてえがそうもいかねえ。
 お、なんだよ。
 なに脅えてんだよ。
 お、おい、よせ。
 頼むからナンマイダブはやめてくれ。
 俺はとり憑いたりしねえって。
 ただ話をしたいだけ。
 それだけだから落ち着けって、な。
 まったく、なんでも拝み倒せばいいってもんじゃねえだろうがよ。

 で? 
 どこまで話したっけ……。

 あ、そうそう。
 タクシー乗り場に向かったってところだったな。
 それでな、乗り場に行くと、タクシーもヒマとみえて客待ちをしてた。
 だから俺は、軽く手を上げたよ。
 するとよ、運転手はドアを開けようともしねえんだ。

「おい、乗せてくれ」

 そう言ってもふり向きもしねえ。
 俺を完全にシカトさ。

 ふざけてるだろ?

 あ、そういえばよ。
 昨日の夜中も、俺は乗車拒否されたんだよ。
 だから俺もさすが頭にきて、「こら! 乗車拒否で訴えてやるぞ!」って怒鳴ってやった。そしたら、やっと運転手はドアを開けたよ。
 そりゃそうだよな。
 乗車拒否なんかで訴えられたら、商売あがったりだしな。
 まァ、俺も、本気でそんなことをするつもりはねえから、気を取り直して乗りこもうとした。
 するとそこへ、うしろからやってきた60代くらいの化粧のきつい下膨れのババアが、俺を無視してそのタクシーに乗りこみやがったんだ。
 俺はまたまた頭にきて、

「おい、ババア。これは俺が乗るタクシーなんだよ。タクシーなら、うしろにたくさん並んでるだろうが。降りろ、このやろう」

 そう言ってやった。
 常識はずれもいいとこだぜってな。
 するとどうだい。ババアまでがシカトだよ。
 俺はもうブチ切れて、ババアを引きずり出してやろうと思った。
 それは俺の正当な権利の主張だからな。
 ところがよ。
 俺のその主張を跳ね除けるようにドアが閉まって、タクシーは走り出していっちまったんだ。
 なんともヒドイ話だろ?
 ババアもババアなら、運転手も運転手だよ。
 まったく、どうなってんだ。
 世も末だぜ。
 そう思いながら俺は、過ぎ去っていくタクシーを睨みつけてた。
 と、そこでふと気づいた。
 そういやァ、俺は死んでるんだってな。

 あ? 
 気づくのが遅すぎるだと?

 いちいちうるせーやろうだな。
 だまって人の話しを聞けってんだ、まったく。
 とにかくだ。
 俺の姿はだれにも見えねえし、声も聴こえないんだってことを思い知ったってわけさ。
 俺は愕然としたよ。
 あ、いや、そんなことは考えてみなくても、当然なことだってことはわかってたんだ。
 電車に乗るんだって切符を買ったわけじゃなし、自動改札だって素通りだ。駅員だって気づきもしねえよ。
だけどよ。
 俺には自分の姿が見えるわけさ。
 生きてるときとまったくかわらずにな。
 だから、わかっていながらも、俺の姿がだれにも見えないなんて、意識するほうが難しいんだよ。
 自分が死んだってことさえも、実感がないっていったほうが正解だ。
 だけどな、声が相手に伝わらないとなると別だ。
 こればっかりは意識させられる。
 俺がどんなに騒いで暴れたって、だれひとり気づくものはいない。
 俺という存在は、そこにはないんだ。

 わかるか? 
 そのときの俺の気持ち……。

 周りのすべてがいっぺんに違う世界に変わっちまって、その中にひとりぽつんと取り残されたような、そんな気持ちになったよ。
 そのとたん、眼の前が真っ暗になって、自分が死んだってことをいやというほど思い知らされた。
 そして俺は、圧倒的な孤独感に打ちのめされて、しばらくそこから動くことができなかった。
 するとよ、現実がどどって押し寄せてくるのさ。
 娘に会いに行ったとしても、実際には会ったことにならないって現実がよ。

 それはわかるだろ? 
 会ったとしても、娘には俺の存在がわからないんだからな……。
 どんなに話しかけても、娘には聴こえないんだよ、俺の声が……。

 そんなのは、会ったとは言えねえじゃねえか。
 そんな現実、ありかよ。
 恐怖だよ。
 あまりにも残酷すぎるぜ。
 でもよ、しかたのねえことなんだよな。
 自然の摂理ってもんを破ってる、俺が悪いんだからよ。
 俺は呆然と立ちつくしながら考えてた。
 なに馬鹿なことをやってるんだ、ってな。
 死んでまで娘に会おうとする、その自分の愚かさが腹立たしかった。
 なのによ、なぜだか変に意地になってきて、尚更のこと娘に会いに行くんだって気になったんだよ。
 記憶が曖昧だろうが、たとえ忘れてしまっていようが、必ず娘のところにたどり着いてやる。
 自分の存在がわからなくたって、娘のそばで見守ることができるならそれでいい、ってよ。
 そう。
 決意だよ。
 あとはもう、行動あるのみさ。
 そして俺は、歩き出したんだ。
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