34 / 84
【第34話】
しおりを挟む
「ママは、てんごくにいったんでしょ?」
悲しみをふくんだゆかりのその言葉に、高木は一瞬、心臓を鷲掴みされたように息がつまった。
どうして……。
幼すぎるゆかりに、母親の死という真実を口にすることはどうしてもできなかった。
その辛すぎる現実を知ってほしくなかった。
だからこそ、高木は隠し通すつもりでいた。
それなのに、ゆかりは真実を知ってしまっていたのだ。
だれかが口にしてしまったのだろうか。
いや、そうではないだろう。
しめやかに執り行われた葬儀がいったい何であるのか、それは理解できなかったと思う。
それでも、祭壇にある母親の遺影を眼にして、なぜママの写真が飾られているのかと不思議には思ったことだろう。
そして白布を顔にかけられて布団の中いるのが母親だとは知らず、いったいだれが寝ているのだろうと思ったくらいではなかったか。
だがやはり、その重くしめやかな空気の中で、直感的にゆかりは、母親の死を嗅ぎ取ったのかもしれない。
眼の前に寝ているのが母親であろうことも。
辛かっただろうに、悲しかっただろうに、まだ3歳という幼さで母親の死を受け止め、その小さな身体でずっとずっと必死に耐えていたのだ。
「あのエレベーターにのって、てんごくへいって、パパとゆかりのことをみまもっているんだよね」
その言葉は、痛みとなって高木の胸を貫いた。
思わず抱きしめた腕に力がこもった。
エレベーターとは、きっと火葬場の高熱炉のことを言っているのだろう。
その高熱炉の中に入れられていく柩の中に、母親が眠っていることもゆかりはわかっていたのだ。
それを思うと、高木はいたたまらなさに涙があふれた。
「そうだね……。ママは……、天国で見守ってくれてる……」
どうしても、声が震えてしまう。
「だからゆかりは、かなしくても、さびしくてもなかないよ。ないたら、ママにわらわれちゃうもん」
「うん、うん……」
あふれくる涙を、高木は奥歯を噛みしめてこらえた。
「パパ?」
ゆかりの声が改まる。
「なんだい?」
「ゆかりは、だいじょうぶだからね」
高木は言葉もない。
やはりゆかりは、これが父親との別れだということを感じていたのだ。
「だから、さびしくても、おサケはいっぱいのんじゃダメだからでね」
なんという言葉であろうか。
自分のことよりも、父親の心配をしているのだ。
この幼い娘に、そんなことを言わせてしまっていることが高木は辛かった。
己の不甲斐なさが、情けなくて悔しくて、高木は涙を止めることができなかった。
ゆかりは高木の胸から顔を離し、父を見上げた。
「パパ、なかないで」
手のひらを父の頬にあて、つたう涙を指先で拭う。
そうしながら、いまにも泣き出しそうになるのを必死にこらえている。
「ゆかりッ」
高木はたまらず、愛する娘をその胸にもう一度抱きしめた。
「パパ、パパ……」
ゆかりはついに泣き出した。
抑えこんでいた哀しみが、身体中からあふれだし、ゆかりは全身で泣きじゃくった。
「ママは、どうして、しん、じゃった、の? どうして、ゆかりを、ひとり、ぼっちに、したの?」
それまで胸の中にしまいこんでいた母親への想いを、声をしゃくりあげながら訴えた。
それに答えてやることができなかった。
その言葉を、高木は持っていなかった。
いや、どんな言葉も答えにはならないだろう。
できることは、悲しみに震えるその背を、そっとさすってやることだけだ。
ろくでなしのパパを、許してくれな……。
胸の中で高木は許しを乞うた。
ゆかりはひとしきり泣くと、父の胸から離れて両手で涙を拭って笑顔をみせた。
そしてくるりと背を向けた。
自分を待っている祖父母のもとへと、また駆け出していく。
もどってきたゆかりに、義母が何やら話しかけて抱き上げようとした。
それにゆかりは「ひとりで乗れる」とでもいうように首をふると、リア・シートに近づいていった。
そして、これが最後だとばかりに高木へと向き直ると、
「パパー、バイバーイ!」
声を上げて手をふった。
なんども、なんども大きく手をふり、笑った。
車に乗り込んでからも、うしろ向きになって顔を覗かせ手をふった。
「バイバーイ、バイバーイ」と声を上げつづけながら。
「ゆかりーッ!」
高木も力いっぱい手をふり返した。
すると、笑ったゆかりの顔がとたんに泣き顔になり、それでも涙を拭いてはまた笑った。
その顔がどんどん小さくなっていく。
やがて車は、舗道の先の四つ角を左折していった――
悲しみをふくんだゆかりのその言葉に、高木は一瞬、心臓を鷲掴みされたように息がつまった。
どうして……。
幼すぎるゆかりに、母親の死という真実を口にすることはどうしてもできなかった。
その辛すぎる現実を知ってほしくなかった。
だからこそ、高木は隠し通すつもりでいた。
それなのに、ゆかりは真実を知ってしまっていたのだ。
だれかが口にしてしまったのだろうか。
いや、そうではないだろう。
しめやかに執り行われた葬儀がいったい何であるのか、それは理解できなかったと思う。
それでも、祭壇にある母親の遺影を眼にして、なぜママの写真が飾られているのかと不思議には思ったことだろう。
そして白布を顔にかけられて布団の中いるのが母親だとは知らず、いったいだれが寝ているのだろうと思ったくらいではなかったか。
だがやはり、その重くしめやかな空気の中で、直感的にゆかりは、母親の死を嗅ぎ取ったのかもしれない。
眼の前に寝ているのが母親であろうことも。
辛かっただろうに、悲しかっただろうに、まだ3歳という幼さで母親の死を受け止め、その小さな身体でずっとずっと必死に耐えていたのだ。
「あのエレベーターにのって、てんごくへいって、パパとゆかりのことをみまもっているんだよね」
その言葉は、痛みとなって高木の胸を貫いた。
思わず抱きしめた腕に力がこもった。
エレベーターとは、きっと火葬場の高熱炉のことを言っているのだろう。
その高熱炉の中に入れられていく柩の中に、母親が眠っていることもゆかりはわかっていたのだ。
それを思うと、高木はいたたまらなさに涙があふれた。
「そうだね……。ママは……、天国で見守ってくれてる……」
どうしても、声が震えてしまう。
「だからゆかりは、かなしくても、さびしくてもなかないよ。ないたら、ママにわらわれちゃうもん」
「うん、うん……」
あふれくる涙を、高木は奥歯を噛みしめてこらえた。
「パパ?」
ゆかりの声が改まる。
「なんだい?」
「ゆかりは、だいじょうぶだからね」
高木は言葉もない。
やはりゆかりは、これが父親との別れだということを感じていたのだ。
「だから、さびしくても、おサケはいっぱいのんじゃダメだからでね」
なんという言葉であろうか。
自分のことよりも、父親の心配をしているのだ。
この幼い娘に、そんなことを言わせてしまっていることが高木は辛かった。
己の不甲斐なさが、情けなくて悔しくて、高木は涙を止めることができなかった。
ゆかりは高木の胸から顔を離し、父を見上げた。
「パパ、なかないで」
手のひらを父の頬にあて、つたう涙を指先で拭う。
そうしながら、いまにも泣き出しそうになるのを必死にこらえている。
「ゆかりッ」
高木はたまらず、愛する娘をその胸にもう一度抱きしめた。
「パパ、パパ……」
ゆかりはついに泣き出した。
抑えこんでいた哀しみが、身体中からあふれだし、ゆかりは全身で泣きじゃくった。
「ママは、どうして、しん、じゃった、の? どうして、ゆかりを、ひとり、ぼっちに、したの?」
それまで胸の中にしまいこんでいた母親への想いを、声をしゃくりあげながら訴えた。
それに答えてやることができなかった。
その言葉を、高木は持っていなかった。
いや、どんな言葉も答えにはならないだろう。
できることは、悲しみに震えるその背を、そっとさすってやることだけだ。
ろくでなしのパパを、許してくれな……。
胸の中で高木は許しを乞うた。
ゆかりはひとしきり泣くと、父の胸から離れて両手で涙を拭って笑顔をみせた。
そしてくるりと背を向けた。
自分を待っている祖父母のもとへと、また駆け出していく。
もどってきたゆかりに、義母が何やら話しかけて抱き上げようとした。
それにゆかりは「ひとりで乗れる」とでもいうように首をふると、リア・シートに近づいていった。
そして、これが最後だとばかりに高木へと向き直ると、
「パパー、バイバーイ!」
声を上げて手をふった。
なんども、なんども大きく手をふり、笑った。
車に乗り込んでからも、うしろ向きになって顔を覗かせ手をふった。
「バイバーイ、バイバーイ」と声を上げつづけながら。
「ゆかりーッ!」
高木も力いっぱい手をふり返した。
すると、笑ったゆかりの顔がとたんに泣き顔になり、それでも涙を拭いてはまた笑った。
その顔がどんどん小さくなっていく。
やがて車は、舗道の先の四つ角を左折していった――
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる