幽霊になっても、俺は娘に逢いにゆく

星 陽月

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【第34話】

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「ママは、てんごくにいったんでしょ?」

 悲しみをふくんだゆかりのその言葉に、高木は一瞬、心臓を鷲掴みされたように息がつまった。

 どうして……。

 幼すぎるゆかりに、母親の死という真実を口にすることはどうしてもできなかった。
 その辛すぎる現実を知ってほしくなかった。
 だからこそ、高木は隠し通すつもりでいた。
 それなのに、ゆかりは真実を知ってしまっていたのだ。
 だれかが口にしてしまったのだろうか。
 いや、そうではないだろう。
 しめやかに執り行われた葬儀がいったい何であるのか、それは理解できなかったと思う。
 それでも、祭壇にある母親の遺影を眼にして、なぜママの写真が飾られているのかと不思議には思ったことだろう。
 そして白布を顔にかけられて布団の中いるのが母親だとは知らず、いったいだれが寝ているのだろうと思ったくらいではなかったか。
 だがやはり、その重くしめやかな空気の中で、直感的にゆかりは、母親の死を嗅ぎ取ったのかもしれない。
眼の前に寝ているのが母親であろうことも。
 辛かっただろうに、悲しかっただろうに、まだ3歳という幼さで母親の死を受け止め、その小さな身体でずっとずっと必死に耐えていたのだ。

「あのエレベーターにのって、てんごくへいって、パパとゆかりのことをみまもっているんだよね」

 その言葉は、痛みとなって高木の胸を貫いた。
 思わず抱きしめた腕に力がこもった。
 エレベーターとは、きっと火葬場の高熱炉のことを言っているのだろう。
 その高熱炉の中に入れられていく柩の中に、母親が眠っていることもゆかりはわかっていたのだ。
 それを思うと、高木はいたたまらなさに涙があふれた。

「そうだね……。ママは……、天国で見守ってくれてる……」

 どうしても、声が震えてしまう。

「だからゆかりは、かなしくても、さびしくてもなかないよ。ないたら、ママにわらわれちゃうもん」
「うん、うん……」

 あふれくる涙を、高木は奥歯を噛みしめてこらえた。

「パパ?」

 ゆかりの声が改まる。

「なんだい?」
「ゆかりは、だいじょうぶだからね」

 高木は言葉もない。
 やはりゆかりは、これが父親との別れだということを感じていたのだ。

「だから、さびしくても、おサケはいっぱいのんじゃダメだからでね」

 なんという言葉であろうか。
 自分のことよりも、父親の心配をしているのだ。
 この幼い娘に、そんなことを言わせてしまっていることが高木は辛かった。
 己の不甲斐なさが、情けなくて悔しくて、高木は涙を止めることができなかった。
 ゆかりは高木の胸から顔を離し、父を見上げた。

「パパ、なかないで」

 手のひらを父の頬にあて、つたう涙を指先で拭う。
 そうしながら、いまにも泣き出しそうになるのを必死にこらえている。

「ゆかりッ」

 高木はたまらず、愛する娘をその胸にもう一度抱きしめた。

「パパ、パパ……」

 ゆかりはついに泣き出した。
 抑えこんでいた哀しみが、身体中からあふれだし、ゆかりは全身で泣きじゃくった。

「ママは、どうして、しん、じゃった、の? どうして、ゆかりを、ひとり、ぼっちに、したの?」

 それまで胸の中にしまいこんでいた母親への想いを、声をしゃくりあげながら訴えた。
 それに答えてやることができなかった。
 その言葉を、高木は持っていなかった。
 いや、どんな言葉も答えにはならないだろう。
 できることは、悲しみに震えるその背を、そっとさすってやることだけだ。

 ろくでなしのパパを、許してくれな……。

 胸の中で高木は許しを乞うた。
 ゆかりはひとしきり泣くと、父の胸から離れて両手で涙を拭って笑顔をみせた。
 そしてくるりと背を向けた。
 自分を待っている祖父母のもとへと、また駆け出していく。
 もどってきたゆかりに、義母が何やら話しかけて抱き上げようとした。
 それにゆかりは「ひとりで乗れる」とでもいうように首をふると、リア・シートに近づいていった。
 そして、これが最後だとばかりに高木へと向き直ると、

「パパー、バイバーイ!」

 声を上げて手をふった。
 なんども、なんども大きく手をふり、笑った。
 車に乗り込んでからも、うしろ向きになって顔を覗かせ手をふった。
「バイバーイ、バイバーイ」と声を上げつづけながら。

「ゆかりーッ!」

 高木も力いっぱい手をふり返した。
 すると、笑ったゆかりの顔がとたんに泣き顔になり、それでも涙を拭いてはまた笑った。
 その顔がどんどん小さくなっていく。
 やがて車は、舗道の先の四つ角を左折していった――
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