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【第38話】
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「ですよね。まずはそれがいいでしょう。ゆかりさんはほんとにいい生徒ですよ。きっと、顔も性格もお母さん似なんでしょうね。高木さんの性格には、ちっとも似てませんから」
信夫は思ったままを口にした。
「そうか。優柔不断でわがままで、ろくでなしの最低な俺には似てないか」
高木は、信夫の言葉にそう返した。
「僕はなにも、そこまでは……」
信夫はふと危険を感じて身を引く。
「あの、怒らないでくださいね」
「そのくらいのことで怒ったりするか。むしろ歓んでるのさ。俺に似なかったことをな。こんな俺に似たら最悪だ」
落ち着いたその声を聴き、信夫はほっとした。
「ですよねえ。優柔不断でわがままで、ろくでなしの最低な高木さんに似ていたら、この先の人生真っ暗でしたものね」
信夫は腕を組み、納得というようにひとつうなずいた。
そのとき、高木がいるであろうその空間がふいにゆがんだ。
と思うと、ふたつの赤い眼が現れて鈍い光を放った。
「うわッ、なんだ!」
信夫はゾッとして、部屋の中へと逃げた。
と、
「てめえ、シメ殺してやる!」
そう声がしたと思う間に、信夫の首が絞まった。
「あがッ! ぢょっど、どぼ、じで――」
息がつまり、信夫はくず折れるように尻をつき、たまらず畳をタップした。
「このやろう。だれが優柔不断でわがままでろくでなしの最低なヤツだ。もういっぺん言ってみろ!」
赤い眼を光らせながら、高木は信夫の首を締め上げる。
「だ……、ぐ、ぐる、じい……。やべで、ぐだばい……、じぬ、じぬ……」
「だれがやめるか。成敗してくれる!」
と、そこでまたもや高木の手は、秀夫の首をすり抜けた。
「プハッ!」
絞首から逃れた秀夫は足をばたつかせて後ずさり、背にあたった本棚から夢中で本を手に取ると、赤い眼に向かって投げまくった。
「人殺しーッ! やめろー、来るなー!」
だが、投げつけた本は、高木をすり抜けて壁にぶちあたるばかりであった。
「おい、落ち着け、取り乱すな。いくら本を投げつけたって、部屋が散らかるだけだぞ」
そこで信夫は、頭上に掲げた手をはたと止めた。
それはなにも高木が制したからではない。
手にした本が、信夫にとってバイブルといえる「教育論」だったからである。
「な、なんですか、いったい。いまのは、ほんとに死ぬところでしたよ」
信夫は肩で息をしながら、やたらと分厚くいかにも高そうなその本を大事そうに抱えた。
「死ねばよかったんだ――あ、いや、そうじゃない。すまん。ついついブチ切れた。だがよ、ノブ。人には言っていいことと悪いことっていうのがあるだろうが。口は災いのもとだ。おまえも教師の端くれなら、気をつけることだ。命はひとつなんだからよ」
「そうですね、はい。以後気をつけます……」
と、反省しながらも信夫はまったく腑に落ちない。
朝もはよから起こされ、そのうえ首を絞められて死にそうになったというのに、どうして反省させられなければならないのか。
どうとも納得がいかない信夫は、ここは言いたいことを言うべきだと、威勢よく姿勢を正した。
「あの、ちょっといいですか」
「なんだ? その顔は、なんか文句でもありそうだな」
赤い眼がまた光る。声までがどこかおどろおどろしい。
「あ、いや……」
とたんに信夫はたじろぐ。
「やだな、そんなとんでもない。文句なんてありませんよ。ハハハ」
威勢はたちどころに吹き飛んだ。
異論などとなえて、またブチ切れられてはたまったものではない。
首を絞められるのはもうご免である。
「えーと、ゆかりさんの家までの行き方でしたよね」
信夫はそそくさと、ショルダーバッグの中からメモ用紙とペンを取り出し、アパートからゆかりの家までの地図をわかりやすく描いた。
「フンフン、ここを曲がってこう行って、と――」
描かれた地図を見つめ、頭に叩きこもうとする高木であったが、果たして憶えられるかどうかは定かでない。
「それにしても、さすがにゾッとしましたよ」
ふいに信夫が言う。
「なにが」
「なにがって、とつぜん赤い眼だけがカッと光って、まるでホラー映画の悪霊のようでした」
「眼が赤く光った? なんだよそれ。それじゃまるで、ホラー映画の悪霊じゃねえか」
「だから、そう言ったじゃないですか」
「嘘だろ?」
「いえ、ほんとうです」
「嘘だろ……」
そう言うや高木は、しおれた一輪挿しの花のようにがっくりとうなだれてしまった。
悪霊――
そのふたつの文字が、重く圧しかかる。
浮浪魂になることは、自分から望んだことだからしかたがない。
愛しい娘に会うためにはそうするしかなかった。
だが、だからといって悪霊になってしまうとは思いもしなかった。
悪霊ってなんだよ……。
死んでからまだ3日と経っていないというのに、悪霊になってしまうとはどういうことなのか。
いや、というより、悪霊とはこの世に怨念や恨みを残して死んだ者がなるのではなかったのか。
これでは話しが違うではないか。
あのクソじじい、俺をハメやがったな!
自分が悪霊になってしまったと思いこんでしまった高木は、ハンパなく打ち沈んでしまった。
そんなことなど露と知らない信夫は、
「真っ赤なオメメの、悪霊さんはァ」
鼻歌交じりに散乱した本を片づけ始めた。
信夫は思ったままを口にした。
「そうか。優柔不断でわがままで、ろくでなしの最低な俺には似てないか」
高木は、信夫の言葉にそう返した。
「僕はなにも、そこまでは……」
信夫はふと危険を感じて身を引く。
「あの、怒らないでくださいね」
「そのくらいのことで怒ったりするか。むしろ歓んでるのさ。俺に似なかったことをな。こんな俺に似たら最悪だ」
落ち着いたその声を聴き、信夫はほっとした。
「ですよねえ。優柔不断でわがままで、ろくでなしの最低な高木さんに似ていたら、この先の人生真っ暗でしたものね」
信夫は腕を組み、納得というようにひとつうなずいた。
そのとき、高木がいるであろうその空間がふいにゆがんだ。
と思うと、ふたつの赤い眼が現れて鈍い光を放った。
「うわッ、なんだ!」
信夫はゾッとして、部屋の中へと逃げた。
と、
「てめえ、シメ殺してやる!」
そう声がしたと思う間に、信夫の首が絞まった。
「あがッ! ぢょっど、どぼ、じで――」
息がつまり、信夫はくず折れるように尻をつき、たまらず畳をタップした。
「このやろう。だれが優柔不断でわがままでろくでなしの最低なヤツだ。もういっぺん言ってみろ!」
赤い眼を光らせながら、高木は信夫の首を締め上げる。
「だ……、ぐ、ぐる、じい……。やべで、ぐだばい……、じぬ、じぬ……」
「だれがやめるか。成敗してくれる!」
と、そこでまたもや高木の手は、秀夫の首をすり抜けた。
「プハッ!」
絞首から逃れた秀夫は足をばたつかせて後ずさり、背にあたった本棚から夢中で本を手に取ると、赤い眼に向かって投げまくった。
「人殺しーッ! やめろー、来るなー!」
だが、投げつけた本は、高木をすり抜けて壁にぶちあたるばかりであった。
「おい、落ち着け、取り乱すな。いくら本を投げつけたって、部屋が散らかるだけだぞ」
そこで信夫は、頭上に掲げた手をはたと止めた。
それはなにも高木が制したからではない。
手にした本が、信夫にとってバイブルといえる「教育論」だったからである。
「な、なんですか、いったい。いまのは、ほんとに死ぬところでしたよ」
信夫は肩で息をしながら、やたらと分厚くいかにも高そうなその本を大事そうに抱えた。
「死ねばよかったんだ――あ、いや、そうじゃない。すまん。ついついブチ切れた。だがよ、ノブ。人には言っていいことと悪いことっていうのがあるだろうが。口は災いのもとだ。おまえも教師の端くれなら、気をつけることだ。命はひとつなんだからよ」
「そうですね、はい。以後気をつけます……」
と、反省しながらも信夫はまったく腑に落ちない。
朝もはよから起こされ、そのうえ首を絞められて死にそうになったというのに、どうして反省させられなければならないのか。
どうとも納得がいかない信夫は、ここは言いたいことを言うべきだと、威勢よく姿勢を正した。
「あの、ちょっといいですか」
「なんだ? その顔は、なんか文句でもありそうだな」
赤い眼がまた光る。声までがどこかおどろおどろしい。
「あ、いや……」
とたんに信夫はたじろぐ。
「やだな、そんなとんでもない。文句なんてありませんよ。ハハハ」
威勢はたちどころに吹き飛んだ。
異論などとなえて、またブチ切れられてはたまったものではない。
首を絞められるのはもうご免である。
「えーと、ゆかりさんの家までの行き方でしたよね」
信夫はそそくさと、ショルダーバッグの中からメモ用紙とペンを取り出し、アパートからゆかりの家までの地図をわかりやすく描いた。
「フンフン、ここを曲がってこう行って、と――」
描かれた地図を見つめ、頭に叩きこもうとする高木であったが、果たして憶えられるかどうかは定かでない。
「それにしても、さすがにゾッとしましたよ」
ふいに信夫が言う。
「なにが」
「なにがって、とつぜん赤い眼だけがカッと光って、まるでホラー映画の悪霊のようでした」
「眼が赤く光った? なんだよそれ。それじゃまるで、ホラー映画の悪霊じゃねえか」
「だから、そう言ったじゃないですか」
「嘘だろ?」
「いえ、ほんとうです」
「嘘だろ……」
そう言うや高木は、しおれた一輪挿しの花のようにがっくりとうなだれてしまった。
悪霊――
そのふたつの文字が、重く圧しかかる。
浮浪魂になることは、自分から望んだことだからしかたがない。
愛しい娘に会うためにはそうするしかなかった。
だが、だからといって悪霊になってしまうとは思いもしなかった。
悪霊ってなんだよ……。
死んでからまだ3日と経っていないというのに、悪霊になってしまうとはどういうことなのか。
いや、というより、悪霊とはこの世に怨念や恨みを残して死んだ者がなるのではなかったのか。
これでは話しが違うではないか。
あのクソじじい、俺をハメやがったな!
自分が悪霊になってしまったと思いこんでしまった高木は、ハンパなく打ち沈んでしまった。
そんなことなど露と知らない信夫は、
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