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【第37話】
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東の空に、お天道様がゆっくりと昇る。
新しい朝に光が満ちて、早起きな小鳥たちのさえずりが、心地よく聴こえている。
清々しい朝であった。
「おーい、ノブ、朝だぞー。おーい」
耳もとで響くその声に、夢の中か引きもどされ、信夫は重い瞼を薄く開けた。
「起きろって、ノブ。いい朝だぞ。天気もサイコー、絶好調!」
高木はカーテンを開けようとするが、その手はすり抜けてしまうだけだった。
魂であるその身を、まだ自由に操れない。
「うるさいなあ。少し静かにしてくださいよー」
信夫は枕もとの目覚まし時計を手に取る。
「まだ5時半じゃないですかあ」
「まだ、じゃない。もう5時半だ」
それは、生前の高木が口にしたことのないセリフである。
彼は朝もはよから元気であった。
いや、元気というのはどうであろう。
なにせ高木は死んでいるのであるから、死者が元気なわけがない。
しかし彼はすこぶる調子がいい。
生きているときには感じたことのないほどの快調ぶりだ。
身体はふわふわと軽く、そしてまったく眠くならない。
だがそれも、肉体がないのだから当然であった。
「僕はいつも7時に起きるんですから、まだ寝かせてください」
信夫はタオルケットで顔を被った。
「いいや、起きねばならぬ」
そのタオルケットを高木は引き剥がそうとしたが、それはやはり無駄だった。
クソッ……。
自分の手を見て悔しがる。
「おい、こら、起きろ! 起きろといったら起きやがれ! 教師たるものが、そんなていたらくでいいのか。おーい、おーい」
しかたなく高木は、声を張り上げる戦法に出た。
「あーもう、いったいなんですか。こんな朝早くから」
信夫はタオルケットから顔半分だけ覗かせる。
「って、だれ?」
周囲を眼で窺う。
「だれ? ってことはないだろうが。俺だよ」
「声はすれども姿は見えず、って、出た!」
信夫は顔を引きつらせ、またもタオルケットを頭からかぶった。
「出たって、こら。寝ぼけるな。俺だ、高木だよ」
「高木?……。あ、高木さんか」
ようやく信夫の思考回路は動き出して、そろそろと半身を起こした。
「おう、おはよう」
「おはようじゃないですよ。朝からどうしてそんなにテンションが高いんですか。幽霊はふつう夜に出るもんでしょ? 早起きの幽霊なんて、聞いたこともないですよ」
信夫はおかんむりである。
低血圧なだけに朝は機嫌が悪い。
「いや、早起きをしたわけじゃねえ。俺は寝てないだけだ」
「幽霊は眠らないってことですか。だからって、こんな早くに起こすことはないと思いますけどね」
信夫は布団から出て、トイレに向かった。
「そう怒るなって。俺だって、理由もなしに起こしたりしないさ」
高木はあとをついていく。
「オォ、そっちのほうもさすがにデカいんだな」
「ちょ、ちょっと、なんですか。覗かないでくださいよ」
慌てて信夫は股間を隠そうとする。
だが、高木は姿が見えないので、どう隠していいかわからずにあたふたとした。
「だが、いくらデカくてもよ、使わなきゃ宝の持ち腐れだな」
「うるさいな。そんなこと、あなたには関係ないでしょうが」
なんとか用を足すと信夫は台所に行き、
「それで、起こした理由っていうのはなんですか」
と、歯を磨き始めた。
「おっと、そうだった。他でもない。ゆかりの家までの行き方を教えてくれないか」
「べ? ほのらめに、わひゃわひゃぼひゅをおひょしたんれひゅひゃ?」
「おいおい、さっぱりわからねえよ」
言われて信夫は、忙しなく歯を磨いて口を濯ぎ、
「そのために、わざわざ僕を起こしたんですか?」
改めて言い直した。
「わざわざで悪いか。俺には重要なことだ」
「それはわかりますけど、なにも5時半に起こしてまで訊くことではないでしょう」
「5時半もクソもねえ。俺には時間の感覚がないんだ。それに、思い立ったが吉日、善は急げ、やるときにはやれ、ってことわざもあるだろうが」
「はいはい。住所は教えますけど、ひとりで会いにいくつもりですか? ってことは、僕はもうお役ご免ってことですよね。よかった。これで僕は解放されるんだ」
「早とちりするな。おまえの役目は、俺の想いをゆかりに伝えるってことだろうがよ。ひとりで会いにいったところで、声もかけられない。今日のところは顔を見にいくだけだ」
「そうですか……」
信夫は落胆する。
「早く見てみたいんだよ。成長したゆかりの姿をよ」
高木の言葉には、切実な想いがこめられている。
その顔が見えたなら、きっと哀愁に翳っていることだろう。
それを思うと、信夫は胸が痛んだ。
新しい朝に光が満ちて、早起きな小鳥たちのさえずりが、心地よく聴こえている。
清々しい朝であった。
「おーい、ノブ、朝だぞー。おーい」
耳もとで響くその声に、夢の中か引きもどされ、信夫は重い瞼を薄く開けた。
「起きろって、ノブ。いい朝だぞ。天気もサイコー、絶好調!」
高木はカーテンを開けようとするが、その手はすり抜けてしまうだけだった。
魂であるその身を、まだ自由に操れない。
「うるさいなあ。少し静かにしてくださいよー」
信夫は枕もとの目覚まし時計を手に取る。
「まだ5時半じゃないですかあ」
「まだ、じゃない。もう5時半だ」
それは、生前の高木が口にしたことのないセリフである。
彼は朝もはよから元気であった。
いや、元気というのはどうであろう。
なにせ高木は死んでいるのであるから、死者が元気なわけがない。
しかし彼はすこぶる調子がいい。
生きているときには感じたことのないほどの快調ぶりだ。
身体はふわふわと軽く、そしてまったく眠くならない。
だがそれも、肉体がないのだから当然であった。
「僕はいつも7時に起きるんですから、まだ寝かせてください」
信夫はタオルケットで顔を被った。
「いいや、起きねばならぬ」
そのタオルケットを高木は引き剥がそうとしたが、それはやはり無駄だった。
クソッ……。
自分の手を見て悔しがる。
「おい、こら、起きろ! 起きろといったら起きやがれ! 教師たるものが、そんなていたらくでいいのか。おーい、おーい」
しかたなく高木は、声を張り上げる戦法に出た。
「あーもう、いったいなんですか。こんな朝早くから」
信夫はタオルケットから顔半分だけ覗かせる。
「って、だれ?」
周囲を眼で窺う。
「だれ? ってことはないだろうが。俺だよ」
「声はすれども姿は見えず、って、出た!」
信夫は顔を引きつらせ、またもタオルケットを頭からかぶった。
「出たって、こら。寝ぼけるな。俺だ、高木だよ」
「高木?……。あ、高木さんか」
ようやく信夫の思考回路は動き出して、そろそろと半身を起こした。
「おう、おはよう」
「おはようじゃないですよ。朝からどうしてそんなにテンションが高いんですか。幽霊はふつう夜に出るもんでしょ? 早起きの幽霊なんて、聞いたこともないですよ」
信夫はおかんむりである。
低血圧なだけに朝は機嫌が悪い。
「いや、早起きをしたわけじゃねえ。俺は寝てないだけだ」
「幽霊は眠らないってことですか。だからって、こんな早くに起こすことはないと思いますけどね」
信夫は布団から出て、トイレに向かった。
「そう怒るなって。俺だって、理由もなしに起こしたりしないさ」
高木はあとをついていく。
「オォ、そっちのほうもさすがにデカいんだな」
「ちょ、ちょっと、なんですか。覗かないでくださいよ」
慌てて信夫は股間を隠そうとする。
だが、高木は姿が見えないので、どう隠していいかわからずにあたふたとした。
「だが、いくらデカくてもよ、使わなきゃ宝の持ち腐れだな」
「うるさいな。そんなこと、あなたには関係ないでしょうが」
なんとか用を足すと信夫は台所に行き、
「それで、起こした理由っていうのはなんですか」
と、歯を磨き始めた。
「おっと、そうだった。他でもない。ゆかりの家までの行き方を教えてくれないか」
「べ? ほのらめに、わひゃわひゃぼひゅをおひょしたんれひゅひゃ?」
「おいおい、さっぱりわからねえよ」
言われて信夫は、忙しなく歯を磨いて口を濯ぎ、
「そのために、わざわざ僕を起こしたんですか?」
改めて言い直した。
「わざわざで悪いか。俺には重要なことだ」
「それはわかりますけど、なにも5時半に起こしてまで訊くことではないでしょう」
「5時半もクソもねえ。俺には時間の感覚がないんだ。それに、思い立ったが吉日、善は急げ、やるときにはやれ、ってことわざもあるだろうが」
「はいはい。住所は教えますけど、ひとりで会いにいくつもりですか? ってことは、僕はもうお役ご免ってことですよね。よかった。これで僕は解放されるんだ」
「早とちりするな。おまえの役目は、俺の想いをゆかりに伝えるってことだろうがよ。ひとりで会いにいったところで、声もかけられない。今日のところは顔を見にいくだけだ」
「そうですか……」
信夫は落胆する。
「早く見てみたいんだよ。成長したゆかりの姿をよ」
高木の言葉には、切実な想いがこめられている。
その顔が見えたなら、きっと哀愁に翳っていることだろう。
それを思うと、信夫は胸が痛んだ。
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