幽霊になっても、俺は娘に逢いにゆく

星 陽月

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【第36話】

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「だよな。やってくれるよな、葬儀」

 高木の心の中の暗雲が、少しだけ晴れた。

「当然です」

 高木の声がわずかながらにでも元気になったことに、信夫はほっとした。

「それにしても複雑だな」
「なにがです?」
「だってよ。俺の葬儀だぜ」

 目の前の空間から聴こえてくるその声には、悲痛があった。
 それは苦い言葉だった。
 自分の葬儀が執り行われることだけではなく、その祭壇の前に坐る娘のことを想像するのは、どれほど辛いことであろうか。
 高木のその想いを察しながらも、信夫にはかける言葉が見つからなかった。

「競馬で勝った300万も、自分の葬式代で消えるのかと思うと、なんだかアホらしくなってくるよ」

 吐き棄てるように高木はため息をついた。

「えッ、競馬で300万も勝ったんですか?」

 信夫の声が裏返った。

「まァ、な。めったに買わない万馬券は当たるは、買う馬券すべてが的中だったんだ。考えてみればありえねえよな、そんなこと。要するに、こういうことだったんだよな。人生最後の大当たり」

 高木が肩を落とす姿が眼にうかんだ。

「結果はそうでも、それで葬儀の金銭的な負担をかけずにすむわけですから、よかったじゃないですか――あ、すみません。よかったなんて言ってしまって……」

 失言だとすぐに気づいて、信夫は頭を掻いた。

「いや、いいんだ。確かにそうかもしれねえな。葬儀代まで迷惑をかけたとなったら、死んでも死にきれねえしよ。ま、とは言え、そういったわけだから、どうかよろしくな」

 高木は気持ちを切り替え、握手を求めて右手を差し出した。
 だが、むろん信夫にはそれが見えない。

「よろしくって、なにをですか」

 信夫は怪訝(けげん)な顔をする。

「俺はよ、ゆかりになにひとつしてやれずに死んだのよ。せめて俺の想いくらいは伝えてえじゃねえか。それにはよ、おまえの協力が必要不可欠なのさ」

 それは、信夫に自分の声が聴こえると知って、ふいに思いついたことだった。

「想いを伝えるって、それを僕がですか? ちょっと待ってくださいよ。どうしてそうなるんですか」
「それが物の道理ってもんよ。いいか、ノブ。俺とおまえが出会ったのは、出来過ぎでもなければ偶然でもない。これは必然なのさ。出会うべくして出会ったってことよ。な、だからここはひとつ、どうか一肌脱ぐってことで」

 すがるように高木は言った。

「ちょっと待ってください。想いを伝えるとていっても、どうすればいいのか見当もつきませんよ。高木さんは姿かたちも見えないわけだし、声が聴こえるのだって、きっと僕だけですよ」
「そうさ、おまえには俺の声が聴こえる。ってことはだ、俺の想いを伝えられるってことじゃねえかよ。違うか? まァ、心配するな。俺がしっかりサポートしてやるから。おまえのためなら一肌脱ぐぜ」

 高木は見えない胸を張った。

「あの、なんだか、まるで僕のほうが協力してもらうみたいに思えるんですけど、気のせいでしょうか」

 そんなことは確認するまでもない。

「ハハ、そうだよ、気のせい気のせい。ま、男は細かいことを気にせず、世界が平和ならみんな幸せってことで、ここは丸く」
「丸く、ですか……」

 信夫は丸めこまれているとは思いもしない。
 馬鹿がつくほど純朴な男なのである。

「そうそう。まーるくまーるく、地球は回るってな」
「地球が回るのはかまいませんが、待ってください。話しを整理してみると、それって高木さんが僕のそばから離れないってことになりませんか?」
「うむ、確かに」
「じゃあ、やっぱり僕にとり憑くんじゃないですか」
「そういうことかな、ハハハ」
「ハハハって、そんな……」

 信夫はトホホな気分で、がっくりと肩を落とした。
 そんな信夫にはおかまいなく、高木は鼻歌を始めた。
 かくして、そんな対照的なふたりの夜が更けていくのであった。
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