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【チャプター 4】
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(ここは……)
中沢は無意識の淵から眼を醒ました。
眼の前には闇が、広がっている。
そこが寝室だと気づくのに数秒を要した。
ゆっくりと身体を起こす。
どれだけ眠っていたのだろうか。
ベッドに妻の姿はない。
闇に眼が慣れてくると、少しずつ記憶が甦ってきた。
(僕は、あいつを殺すつもりだったのか……)
まるで他人事のようにそう思うと、中沢はベッドサイドの灯りを点けた。
目覚まし時計の針は10時を回っている。
夕食を摂りはじめたのが7時ごろだったから、3時間ほど眠っていたらしい。
それにしては、酔いがすっかり醒めている。
そのうえ、酔っていたことが嘘のように頭もすっきりとしている。
心は平静とし、狂気の中で覚えた妻への殺意もいまはない。
一眠りしたことで、狂気の昂りが治まったのだろう。
中沢は内心ほっとした。
狂気に我を失い、もしあのとき妻が腕に触れていなかったら、どうなっていたことだろう。
こみ上げる衝動のままに、手にしていたステーキナイフを、妻の喉もとに突き刺していたかもしれない。
いまになって冷静に考えてみれば、なんともゾッとする。
自分の中に、あんな狂気があったのかと思うと恐ろしかった。
(どうかしていたんだ……)
ふいに殺意を覚えたのは、何も妻の裏切りばかりではない。
妻には話していないが、2ヶ月前、中沢は会社からとつぜんの解雇通達を受けた。
不況による人員削減という、お決まりの理由を突きつけられては成すすべもなく、そして今日、12年勤めた会社を退職した。
それだけに、ぶつけどころのなかった会社への不満と憤りが、殺意の引き金になったといってもおかしくなかった。
中沢は両手で顔を被い、殺意を現実にしなかった自分に胸をなで下ろした。
酔いが醒めているとはいってもさすがに喉が渇いて、中沢は立ち上がると寝室を出た。
階下に降りると、リビングの灯りがついている。
TVでも観ているのだろうと中に入ると、ソファに坐る妻の背があった。
中沢は声をかけようとし、だがすぐにそうするのをやめた。
妻はスマートフォンでだれかと話している。
中沢は気づかれぬようにキッチンへと身を隠した。
それはとっさのことだった。
盗み聞きしてやろうという思いよりも、身体が勝手に動いていた。
中沢は息を潜めて、神経を耳に集中して聞き耳を立てた。
妻が相手の話にうなずいている。
「――え? 憶えていてくれたの? うれしい」
妻の声は、歓びに歓喜していた。
「――だって、なかなか会えないし、奥さんにも悪いじゃない。子供だって、まだ手のかかるときでしょう?」
男だ――
中沢の胸はざわついた。
「――そうしてくれるなら、うん、任せるわ。それよりも、ねえ、旅行にでも行かない? いまパンフレットを見ていたんだけど、金沢なんてどうかしら」
パンフレットを眺めながら話す妻の声は、中沢と話すときと明らかに違っていた。
(男と旅行へ行くつもりなのか!)
言葉にできないほどの怒りと屈辱感に、中沢はこぶしを握り締めた。
とたんに激しい嫉妬の炎がうねりとなって湧き上がってきたのだった。
中沢は無意識の淵から眼を醒ました。
眼の前には闇が、広がっている。
そこが寝室だと気づくのに数秒を要した。
ゆっくりと身体を起こす。
どれだけ眠っていたのだろうか。
ベッドに妻の姿はない。
闇に眼が慣れてくると、少しずつ記憶が甦ってきた。
(僕は、あいつを殺すつもりだったのか……)
まるで他人事のようにそう思うと、中沢はベッドサイドの灯りを点けた。
目覚まし時計の針は10時を回っている。
夕食を摂りはじめたのが7時ごろだったから、3時間ほど眠っていたらしい。
それにしては、酔いがすっかり醒めている。
そのうえ、酔っていたことが嘘のように頭もすっきりとしている。
心は平静とし、狂気の中で覚えた妻への殺意もいまはない。
一眠りしたことで、狂気の昂りが治まったのだろう。
中沢は内心ほっとした。
狂気に我を失い、もしあのとき妻が腕に触れていなかったら、どうなっていたことだろう。
こみ上げる衝動のままに、手にしていたステーキナイフを、妻の喉もとに突き刺していたかもしれない。
いまになって冷静に考えてみれば、なんともゾッとする。
自分の中に、あんな狂気があったのかと思うと恐ろしかった。
(どうかしていたんだ……)
ふいに殺意を覚えたのは、何も妻の裏切りばかりではない。
妻には話していないが、2ヶ月前、中沢は会社からとつぜんの解雇通達を受けた。
不況による人員削減という、お決まりの理由を突きつけられては成すすべもなく、そして今日、12年勤めた会社を退職した。
それだけに、ぶつけどころのなかった会社への不満と憤りが、殺意の引き金になったといってもおかしくなかった。
中沢は両手で顔を被い、殺意を現実にしなかった自分に胸をなで下ろした。
酔いが醒めているとはいってもさすがに喉が渇いて、中沢は立ち上がると寝室を出た。
階下に降りると、リビングの灯りがついている。
TVでも観ているのだろうと中に入ると、ソファに坐る妻の背があった。
中沢は声をかけようとし、だがすぐにそうするのをやめた。
妻はスマートフォンでだれかと話している。
中沢は気づかれぬようにキッチンへと身を隠した。
それはとっさのことだった。
盗み聞きしてやろうという思いよりも、身体が勝手に動いていた。
中沢は息を潜めて、神経を耳に集中して聞き耳を立てた。
妻が相手の話にうなずいている。
「――え? 憶えていてくれたの? うれしい」
妻の声は、歓びに歓喜していた。
「――だって、なかなか会えないし、奥さんにも悪いじゃない。子供だって、まだ手のかかるときでしょう?」
男だ――
中沢の胸はざわついた。
「――そうしてくれるなら、うん、任せるわ。それよりも、ねえ、旅行にでも行かない? いまパンフレットを見ていたんだけど、金沢なんてどうかしら」
パンフレットを眺めながら話す妻の声は、中沢と話すときと明らかに違っていた。
(男と旅行へ行くつもりなのか!)
言葉にできないほどの怒りと屈辱感に、中沢はこぶしを握り締めた。
とたんに激しい嫉妬の炎がうねりとなって湧き上がってきたのだった。
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