甦る妻

星 陽月

文字の大きさ
5 / 55

【チャプター 5】

しおりを挟む
(許せない!)

 中沢の顔は怒りに高潮し、その眼は宙を睨んでいた。
 これで妻の裏切りは明白となった。
 いまのいままで、中沢の心の奥底には妻を信じたいという想いがずっとあった。
 妻の裏切りが思いすごしであってほしいと望んでもいた。
 その一縷(いちる)の望みが、いま絶たれた。

 許せない――

 またも、中沢の中に狂気が芽生えた。
 キッチンを出ると、妻の背後に立った。
 妻はそれに気づかないほど電話に夢中になっている。
 中沢の怒りが増していく。

(この女は、僕をワインで酔いつぶらせて眠らせ、そのあいだにこうして男と……)

 殺してやる――

 嫉妬の炎が燃え上がる。
 抑えきれぬほどの怒りと憎悪が、中沢の理性を断ち切った。

「――あ、うん、わかった。じゃあね。お休みなさい」

 妻はスマートフォンを切り、そのときになって背後の殺気に気づいたのか、すっとふり返った。

「あ、あなた。いつからそこに……」

 その眼には、驚きの色がある。
 明らかにうろたえている。
 中沢は答えず、妻を睨みつけている。

「もう、酔いは醒めたの?」

 中沢はそれにも答えない。

「どうしたのよ、恐い顔をして。まさか、いまの電話、勘違いしているんじゃないでしょうね。いまのは弟よ。だから――」

 妻はその先の言葉をつなぐことができなかった。
 その刹那に、中沢が妻に飛びつき、首を絞めていた。

「ぐッ、く、苦し、い……」

 首を絞める夫の手から逃れようと、妻はもがいた。
 だが、中沢はそれを許さない。

「弟だって? よくもそんな――愛していたのに。君だけを愛しつづけていたのに。それなのに君は、僕を裏切ったんだ。クソッ!」

 怒りを爆発させたその手は、妻の首をさらに強く絞めていた。
 中沢の眼は血走り、その身を狂気が支配していた。

「うぐ、くッ……」

 苦しさのあまり、妻は夫の手の甲を爪で掻きむしった。
 手の甲にはいくつもの爪の痕がすじを作り、そこに血が滲んだ。
 それにも構わず、中沢は手に力をこめた。
 抵抗し、もがき苦しむ妻の動きがしだいに弱まっていく。
 夫の手を引き離そうとする指先にも、もうその力はない。
 そしてついに、妻の動きが止まり、両腕が力なくソファの上にぱたりと落ちた。
 それでも中沢は、妻の首を絞めつづけた。
 狂気の声が、吐き出す息に絡んでいた。
 しばらくしてからようやく手の力を緩めて、中沢はその手をそっと離した。
 光りを失くした妻の眼が、夫を見つめている。
 生きているときには見ていなかったというのに、生を失ったいまになって、その瞳は夫の顔をしっかりと捉えていた。
 中沢はふらりと立ち上がり、自分の手のひらを見つめた。

(こ、殺した。殺してしまった……)

 自分のしたことの恐ろしさが、じわりとこみ上げてきた。
 その恐怖に叫びそうになる。
 心を落ち着かせようとし、だがどうすることもできず、中沢はリビングを歩き回った。

(どうすればいいんだ……)

 頭の中はただ混乱するばかりで、焦燥に苛立ち、鼓動が激しく胸を打った。
 しばらく歩き回っていた中沢だったが、とつぜん何かに駆られたように2階へ上がっていった。
 そうしてすぐにもどってきたその手には、白いシーツとガムテープがあった。
 テーブルを動かし、床にシーツを敷く。
 そこへ死体となった妻を横たえて、衣服を脱がせていった。
 妻の身体はまだ温かく、肌はほのかに赤みを帯びている。
 しなやかな肢体は、美しさを少しもそこなっていない。
 その肢体を見つめる中沢のほうが、まるで死体であるかのように蒼ざめ、かすかに揺れている眼だけが生を宿しているかのようだった。

「礼子……」

 妻の名を呼び、いとおしむように、中沢は彼女の豊かな乳房に指先を滑らせ、腹部へと這わせた。

「愛してる――」

 そう呟くと、焦点のない妻の眼に手をやり、瞼を閉じさせた。
 そして胸の上に両腕を重ね合わせ、身体をシーツで包むと、最後にガムテープを巻いていった。
 中沢は何も考えずに行動していた。
 そうでもしなければ、自分の犯した罪への恐怖に圧し潰されてしまいそうだった。
 ガムテープを巻き終え、妻の死体を引きずるように外へ運び出すと、中沢は近隣に眼をやった。
 どの家もまだ灯りは点いているが、窓のカーテンは閉められている。
 中沢は、注意深く眼を配りながら妻の死体を車のトランクに担ぎ入れると、車に乗り、闇の中に沈む山林へとアクセルを踏んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

処理中です...