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【チャプター 5】
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(許せない!)
中沢の顔は怒りに高潮し、その眼は宙を睨んでいた。
これで妻の裏切りは明白となった。
いまのいままで、中沢の心の奥底には妻を信じたいという想いがずっとあった。
妻の裏切りが思いすごしであってほしいと望んでもいた。
その一縷(いちる)の望みが、いま絶たれた。
許せない――
またも、中沢の中に狂気が芽生えた。
キッチンを出ると、妻の背後に立った。
妻はそれに気づかないほど電話に夢中になっている。
中沢の怒りが増していく。
(この女は、僕をワインで酔いつぶらせて眠らせ、そのあいだにこうして男と……)
殺してやる――
嫉妬の炎が燃え上がる。
抑えきれぬほどの怒りと憎悪が、中沢の理性を断ち切った。
「――あ、うん、わかった。じゃあね。お休みなさい」
妻はスマートフォンを切り、そのときになって背後の殺気に気づいたのか、すっとふり返った。
「あ、あなた。いつからそこに……」
その眼には、驚きの色がある。
明らかにうろたえている。
中沢は答えず、妻を睨みつけている。
「もう、酔いは醒めたの?」
中沢はそれにも答えない。
「どうしたのよ、恐い顔をして。まさか、いまの電話、勘違いしているんじゃないでしょうね。いまのは弟よ。だから――」
妻はその先の言葉をつなぐことができなかった。
その刹那に、中沢が妻に飛びつき、首を絞めていた。
「ぐッ、く、苦し、い……」
首を絞める夫の手から逃れようと、妻はもがいた。
だが、中沢はそれを許さない。
「弟だって? よくもそんな――愛していたのに。君だけを愛しつづけていたのに。それなのに君は、僕を裏切ったんだ。クソッ!」
怒りを爆発させたその手は、妻の首をさらに強く絞めていた。
中沢の眼は血走り、その身を狂気が支配していた。
「うぐ、くッ……」
苦しさのあまり、妻は夫の手の甲を爪で掻きむしった。
手の甲にはいくつもの爪の痕がすじを作り、そこに血が滲んだ。
それにも構わず、中沢は手に力をこめた。
抵抗し、もがき苦しむ妻の動きがしだいに弱まっていく。
夫の手を引き離そうとする指先にも、もうその力はない。
そしてついに、妻の動きが止まり、両腕が力なくソファの上にぱたりと落ちた。
それでも中沢は、妻の首を絞めつづけた。
狂気の声が、吐き出す息に絡んでいた。
しばらくしてからようやく手の力を緩めて、中沢はその手をそっと離した。
光りを失くした妻の眼が、夫を見つめている。
生きているときには見ていなかったというのに、生を失ったいまになって、その瞳は夫の顔をしっかりと捉えていた。
中沢はふらりと立ち上がり、自分の手のひらを見つめた。
(こ、殺した。殺してしまった……)
自分のしたことの恐ろしさが、じわりとこみ上げてきた。
その恐怖に叫びそうになる。
心を落ち着かせようとし、だがどうすることもできず、中沢はリビングを歩き回った。
(どうすればいいんだ……)
頭の中はただ混乱するばかりで、焦燥に苛立ち、鼓動が激しく胸を打った。
しばらく歩き回っていた中沢だったが、とつぜん何かに駆られたように2階へ上がっていった。
そうしてすぐにもどってきたその手には、白いシーツとガムテープがあった。
テーブルを動かし、床にシーツを敷く。
そこへ死体となった妻を横たえて、衣服を脱がせていった。
妻の身体はまだ温かく、肌はほのかに赤みを帯びている。
しなやかな肢体は、美しさを少しもそこなっていない。
その肢体を見つめる中沢のほうが、まるで死体であるかのように蒼ざめ、かすかに揺れている眼だけが生を宿しているかのようだった。
「礼子……」
妻の名を呼び、いとおしむように、中沢は彼女の豊かな乳房に指先を滑らせ、腹部へと這わせた。
「愛してる――」
そう呟くと、焦点のない妻の眼に手をやり、瞼を閉じさせた。
そして胸の上に両腕を重ね合わせ、身体をシーツで包むと、最後にガムテープを巻いていった。
中沢は何も考えずに行動していた。
そうでもしなければ、自分の犯した罪への恐怖に圧し潰されてしまいそうだった。
ガムテープを巻き終え、妻の死体を引きずるように外へ運び出すと、中沢は近隣に眼をやった。
どの家もまだ灯りは点いているが、窓のカーテンは閉められている。
中沢は、注意深く眼を配りながら妻の死体を車のトランクに担ぎ入れると、車に乗り、闇の中に沈む山林へとアクセルを踏んだ。
中沢の顔は怒りに高潮し、その眼は宙を睨んでいた。
これで妻の裏切りは明白となった。
いまのいままで、中沢の心の奥底には妻を信じたいという想いがずっとあった。
妻の裏切りが思いすごしであってほしいと望んでもいた。
その一縷(いちる)の望みが、いま絶たれた。
許せない――
またも、中沢の中に狂気が芽生えた。
キッチンを出ると、妻の背後に立った。
妻はそれに気づかないほど電話に夢中になっている。
中沢の怒りが増していく。
(この女は、僕をワインで酔いつぶらせて眠らせ、そのあいだにこうして男と……)
殺してやる――
嫉妬の炎が燃え上がる。
抑えきれぬほどの怒りと憎悪が、中沢の理性を断ち切った。
「――あ、うん、わかった。じゃあね。お休みなさい」
妻はスマートフォンを切り、そのときになって背後の殺気に気づいたのか、すっとふり返った。
「あ、あなた。いつからそこに……」
その眼には、驚きの色がある。
明らかにうろたえている。
中沢は答えず、妻を睨みつけている。
「もう、酔いは醒めたの?」
中沢はそれにも答えない。
「どうしたのよ、恐い顔をして。まさか、いまの電話、勘違いしているんじゃないでしょうね。いまのは弟よ。だから――」
妻はその先の言葉をつなぐことができなかった。
その刹那に、中沢が妻に飛びつき、首を絞めていた。
「ぐッ、く、苦し、い……」
首を絞める夫の手から逃れようと、妻はもがいた。
だが、中沢はそれを許さない。
「弟だって? よくもそんな――愛していたのに。君だけを愛しつづけていたのに。それなのに君は、僕を裏切ったんだ。クソッ!」
怒りを爆発させたその手は、妻の首をさらに強く絞めていた。
中沢の眼は血走り、その身を狂気が支配していた。
「うぐ、くッ……」
苦しさのあまり、妻は夫の手の甲を爪で掻きむしった。
手の甲にはいくつもの爪の痕がすじを作り、そこに血が滲んだ。
それにも構わず、中沢は手に力をこめた。
抵抗し、もがき苦しむ妻の動きがしだいに弱まっていく。
夫の手を引き離そうとする指先にも、もうその力はない。
そしてついに、妻の動きが止まり、両腕が力なくソファの上にぱたりと落ちた。
それでも中沢は、妻の首を絞めつづけた。
狂気の声が、吐き出す息に絡んでいた。
しばらくしてからようやく手の力を緩めて、中沢はその手をそっと離した。
光りを失くした妻の眼が、夫を見つめている。
生きているときには見ていなかったというのに、生を失ったいまになって、その瞳は夫の顔をしっかりと捉えていた。
中沢はふらりと立ち上がり、自分の手のひらを見つめた。
(こ、殺した。殺してしまった……)
自分のしたことの恐ろしさが、じわりとこみ上げてきた。
その恐怖に叫びそうになる。
心を落ち着かせようとし、だがどうすることもできず、中沢はリビングを歩き回った。
(どうすればいいんだ……)
頭の中はただ混乱するばかりで、焦燥に苛立ち、鼓動が激しく胸を打った。
しばらく歩き回っていた中沢だったが、とつぜん何かに駆られたように2階へ上がっていった。
そうしてすぐにもどってきたその手には、白いシーツとガムテープがあった。
テーブルを動かし、床にシーツを敷く。
そこへ死体となった妻を横たえて、衣服を脱がせていった。
妻の身体はまだ温かく、肌はほのかに赤みを帯びている。
しなやかな肢体は、美しさを少しもそこなっていない。
その肢体を見つめる中沢のほうが、まるで死体であるかのように蒼ざめ、かすかに揺れている眼だけが生を宿しているかのようだった。
「礼子……」
妻の名を呼び、いとおしむように、中沢は彼女の豊かな乳房に指先を滑らせ、腹部へと這わせた。
「愛してる――」
そう呟くと、焦点のない妻の眼に手をやり、瞼を閉じさせた。
そして胸の上に両腕を重ね合わせ、身体をシーツで包むと、最後にガムテープを巻いていった。
中沢は何も考えずに行動していた。
そうでもしなければ、自分の犯した罪への恐怖に圧し潰されてしまいそうだった。
ガムテープを巻き終え、妻の死体を引きずるように外へ運び出すと、中沢は近隣に眼をやった。
どの家もまだ灯りは点いているが、窓のカーテンは閉められている。
中沢は、注意深く眼を配りながら妻の死体を車のトランクに担ぎ入れると、車に乗り、闇の中に沈む山林へとアクセルを踏んだ。
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