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【チャプター 16】
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妻の礼子とは、3年前に共通の友人の紹介で知り合い、交際はすぐに始まった。
人より秀でたところもなく、それでいて負けん気だけは強い中沢は、偏屈で扱いにくい男として通っていた。
それだけに友人も少なく、親友と呼べる人間は皆無といってもよかった。
そんな中沢だけに、女性とのつき合いも少なかった。
だが、礼子と初めてのデートのとき、なぜなのか素直な自分になっていた。
ふたりで映画を観た帰りにカフェへと入り、
「僕は偏屈だから嫌われているんだ。だから、人とのつき合いが苦手で……」
珈琲を口にした中沢はそう言った。
それまで、観てきた映画の話をしていたのに、どうしてそんなことを言い出したのか、中沢自身にもわからなかった。
そんな中沢を礼子はジッと見つめ、
「気にすることないですよ」
真面目な顔でそう返してきた。
「偏屈というのも個性のひとつじゃないですか。それに、言い換えれば、偏屈とは頑なであるってことでしょ? それって頑固な人ってことですよね。人がなにを言っても、頑固な人は自分を曲げないじゃないですか。プラスな頑固さなら、私はいいと思います。言いたい人には言わせておけばいいんです。ただ、卑屈になってはだめですけどね。すべてがマイナスになってしまいますから」
そう言う礼子を、中沢は驚きの表情で見つめた。
「あ、ごめんなさい。こんなこと。私、生意気ですよね」
礼子は恥ずかしさを隠すようにうつむいた。
「いや、違うんだ。いままで、そんなふうに言う人はいなかったから、少し驚いてしまって」
それまで出会ってきた人間は、男も女も中沢の偏屈ぶりを毛嫌いするばかりだった。
いまは確かに、礼子との初めてのデートで中沢も偏屈なところを見せてはいないが、それでも自分という人間が受け入れられた気がして、彼はいっぺんに礼子に惹かれた。
だからこそ、
「よかったら、また会ってくれないかな」
別れ際にそう誘いかけ、それに礼子は快く承諾したのだった。
それから1年が経ち、ふたりは結婚した。
結婚してからの1年ほどは、冗談を言い合っては笑い、会話が絶えることはなかった。
だが、新婚と呼べる時期は過ぎ去り、さらに2年が過ぎたころには、馴れ合いになったというよりそれが結婚の安定期に入ったということなのか、会話や笑うことも日々の生活の中に忘れていくようになった。
子供がいれば、まだ少しは違っていたのかもしれない。
中沢も礼子も子供が欲しいと思っていた。
そしてそれを望んだ。
しかし、そう望む気持ちに反して子供は授からず、お互い病院で検査も受けたが、ふたりに肉体的な欠陥はなかった。
子供が授かるならばと、できうることはなんでもやった。
だからこそ、愛は結晶すると信じていた。
しかし、愛は結晶へと結びつくことはなかった――
中沢は妻の顔を改めて見つめた。
思ったとおり、妻は浴室に入っていたらしい。
洗い髪にバスタオルを巻き、白いシルクのパジャマを着ている。
湯上りの素顔は少女のような幼さを残し、仄かに赤みを帯びて艶やかだった。
中沢は妻のその素顔がいちばん美しいと思った。
首筋に眼をやってみれば、やはり痣がない。
だが、そのときの中沢には、もうそのことを疑問に思うことはなかった。
人より秀でたところもなく、それでいて負けん気だけは強い中沢は、偏屈で扱いにくい男として通っていた。
それだけに友人も少なく、親友と呼べる人間は皆無といってもよかった。
そんな中沢だけに、女性とのつき合いも少なかった。
だが、礼子と初めてのデートのとき、なぜなのか素直な自分になっていた。
ふたりで映画を観た帰りにカフェへと入り、
「僕は偏屈だから嫌われているんだ。だから、人とのつき合いが苦手で……」
珈琲を口にした中沢はそう言った。
それまで、観てきた映画の話をしていたのに、どうしてそんなことを言い出したのか、中沢自身にもわからなかった。
そんな中沢を礼子はジッと見つめ、
「気にすることないですよ」
真面目な顔でそう返してきた。
「偏屈というのも個性のひとつじゃないですか。それに、言い換えれば、偏屈とは頑なであるってことでしょ? それって頑固な人ってことですよね。人がなにを言っても、頑固な人は自分を曲げないじゃないですか。プラスな頑固さなら、私はいいと思います。言いたい人には言わせておけばいいんです。ただ、卑屈になってはだめですけどね。すべてがマイナスになってしまいますから」
そう言う礼子を、中沢は驚きの表情で見つめた。
「あ、ごめんなさい。こんなこと。私、生意気ですよね」
礼子は恥ずかしさを隠すようにうつむいた。
「いや、違うんだ。いままで、そんなふうに言う人はいなかったから、少し驚いてしまって」
それまで出会ってきた人間は、男も女も中沢の偏屈ぶりを毛嫌いするばかりだった。
いまは確かに、礼子との初めてのデートで中沢も偏屈なところを見せてはいないが、それでも自分という人間が受け入れられた気がして、彼はいっぺんに礼子に惹かれた。
だからこそ、
「よかったら、また会ってくれないかな」
別れ際にそう誘いかけ、それに礼子は快く承諾したのだった。
それから1年が経ち、ふたりは結婚した。
結婚してからの1年ほどは、冗談を言い合っては笑い、会話が絶えることはなかった。
だが、新婚と呼べる時期は過ぎ去り、さらに2年が過ぎたころには、馴れ合いになったというよりそれが結婚の安定期に入ったということなのか、会話や笑うことも日々の生活の中に忘れていくようになった。
子供がいれば、まだ少しは違っていたのかもしれない。
中沢も礼子も子供が欲しいと思っていた。
そしてそれを望んだ。
しかし、そう望む気持ちに反して子供は授からず、お互い病院で検査も受けたが、ふたりに肉体的な欠陥はなかった。
子供が授かるならばと、できうることはなんでもやった。
だからこそ、愛は結晶すると信じていた。
しかし、愛は結晶へと結びつくことはなかった――
中沢は妻の顔を改めて見つめた。
思ったとおり、妻は浴室に入っていたらしい。
洗い髪にバスタオルを巻き、白いシルクのパジャマを着ている。
湯上りの素顔は少女のような幼さを残し、仄かに赤みを帯びて艶やかだった。
中沢は妻のその素顔がいちばん美しいと思った。
首筋に眼をやってみれば、やはり痣がない。
だが、そのときの中沢には、もうそのことを疑問に思うことはなかった。
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