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【チャプター 23】
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妻はどうやら、眠っているときスマート・フォンに着信があると、出るには出るが、そのままにしてまた眠ってしまうことが過去になんどもあったようだ。
中沢はひとまずほっとした。
しかし、妻のスマート・フォンに掛かってきた着信が男だと思い、確認もせずに出てしまったのはまずかった。
義弟が何の疑いも持たずに通話を切ったからよかったものの、もし姉からの応答がないことで何かあったのではないかと心配し、疑念をいだくようなことがあったなら、事態は急変していたに違いない。
すぐに警察へ通報するようなことはないにしても、車を飛ばして様子を見にくることはあっただろう。
もしそうだとしても、「もう寝ているから」とごまかすこともできるだろうが、義弟が疑念を深めるようなことになれば、そのときこそ警察へと通報するはずだ。
となれば、それほど日が立たぬうちに妻の殺害が発覚してしまうだろう。
いや、もしかすると、スマート・フォンを切ったあとでやはり心配になり、もうすでに義弟は車を走らせてこちらへと向かっているのではないだろうか。
そんな考えに一瞬、妻の死体を隠さなければと眼を走らせたが、自分がおなじ立場ならばもう一度電話を入れる。
そう思い直して手の中にある妻のスマート・フォンに眼を落とした。
すると、思い直したことが正解だと言わんばかりにスマート・フォンが鳴った。
だが、今度はメロディ音が違った。
ディスプレイの表示を確認すると、それは義弟からのメールだった。
『姉さん、電話に出たのにそのまま寝ちゃうっていうの、いいかげん直そうよ。ま、その話は置いといて、昨日話しに出た旅行の件だけど、清美も金沢に行きたいってさ。日程は姉さんに合わせるので、友明さんと相談してください。姉さんたちと一緒に旅行へ行くなんて初めてのことだから、清美もいまから楽しみにしてる。では、詳しいことはまた後日』
メールはそんな文面で終わっていた。
ディスプレイを見つめたままでいる中沢の眼が、哀しみの色へと変わっていった。
(そんな……)
妻は嘘をついていたわけではなかった。
昨夜の電話の相手は男などではなく、ほんとうに弟だったのだ。
携帯電話を持つ中沢の手が震えている。
妻は、夫と旅行をしようとしていた。
それはきっと、ふたりの歯車がいつの間にか合わなくなり、ぎくしゃくとしてしまった生活の中で何とか夫婦の絆を取りもどそうと計画を立てたのだろう。
そのために、ふたりきりの旅行ではやはりぎくしゃくするだけだろうからと、弟夫婦を誘ったに違いない。
その弟の返答を待って、夫には話すつもりだったのではないだろうか。
夫と、そして弟夫婦とともに行く旅行先の金沢の情景を、妻は想像していたのかもしれない。
それなのに、弟の返答を待つこともできずに、妻は命を奪われてしまった。
夫の伸ばした手によって。
(僕は、なんてことをしてしまったんだ……)
いまさらに、中沢はそう思った。
涙があふれてくる。
妻は夫婦の絆を取りもどそうとし、夫のために美しくなる努力をした。
なのに夫は、そんな妻に男がいると疑い、美しくなっていくのはその男のためだと思いこんだ。
思いこみはやがて苦しみとなって増大し、それは激情の炎となって燃え上がった。
そして夫は、妻を――
(すまない礼子。ほんとにすまない……)
涙がとめどなくあふれてくる。
唇を震わせながら、中沢はベッドの妻へと歩み寄った。
中沢はひとまずほっとした。
しかし、妻のスマート・フォンに掛かってきた着信が男だと思い、確認もせずに出てしまったのはまずかった。
義弟が何の疑いも持たずに通話を切ったからよかったものの、もし姉からの応答がないことで何かあったのではないかと心配し、疑念をいだくようなことがあったなら、事態は急変していたに違いない。
すぐに警察へ通報するようなことはないにしても、車を飛ばして様子を見にくることはあっただろう。
もしそうだとしても、「もう寝ているから」とごまかすこともできるだろうが、義弟が疑念を深めるようなことになれば、そのときこそ警察へと通報するはずだ。
となれば、それほど日が立たぬうちに妻の殺害が発覚してしまうだろう。
いや、もしかすると、スマート・フォンを切ったあとでやはり心配になり、もうすでに義弟は車を走らせてこちらへと向かっているのではないだろうか。
そんな考えに一瞬、妻の死体を隠さなければと眼を走らせたが、自分がおなじ立場ならばもう一度電話を入れる。
そう思い直して手の中にある妻のスマート・フォンに眼を落とした。
すると、思い直したことが正解だと言わんばかりにスマート・フォンが鳴った。
だが、今度はメロディ音が違った。
ディスプレイの表示を確認すると、それは義弟からのメールだった。
『姉さん、電話に出たのにそのまま寝ちゃうっていうの、いいかげん直そうよ。ま、その話は置いといて、昨日話しに出た旅行の件だけど、清美も金沢に行きたいってさ。日程は姉さんに合わせるので、友明さんと相談してください。姉さんたちと一緒に旅行へ行くなんて初めてのことだから、清美もいまから楽しみにしてる。では、詳しいことはまた後日』
メールはそんな文面で終わっていた。
ディスプレイを見つめたままでいる中沢の眼が、哀しみの色へと変わっていった。
(そんな……)
妻は嘘をついていたわけではなかった。
昨夜の電話の相手は男などではなく、ほんとうに弟だったのだ。
携帯電話を持つ中沢の手が震えている。
妻は、夫と旅行をしようとしていた。
それはきっと、ふたりの歯車がいつの間にか合わなくなり、ぎくしゃくとしてしまった生活の中で何とか夫婦の絆を取りもどそうと計画を立てたのだろう。
そのために、ふたりきりの旅行ではやはりぎくしゃくするだけだろうからと、弟夫婦を誘ったに違いない。
その弟の返答を待って、夫には話すつもりだったのではないだろうか。
夫と、そして弟夫婦とともに行く旅行先の金沢の情景を、妻は想像していたのかもしれない。
それなのに、弟の返答を待つこともできずに、妻は命を奪われてしまった。
夫の伸ばした手によって。
(僕は、なんてことをしてしまったんだ……)
いまさらに、中沢はそう思った。
涙があふれてくる。
妻は夫婦の絆を取りもどそうとし、夫のために美しくなる努力をした。
なのに夫は、そんな妻に男がいると疑い、美しくなっていくのはその男のためだと思いこんだ。
思いこみはやがて苦しみとなって増大し、それは激情の炎となって燃え上がった。
そして夫は、妻を――
(すまない礼子。ほんとにすまない……)
涙がとめどなくあふれてくる。
唇を震わせながら、中沢はベッドの妻へと歩み寄った。
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