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【チャプター 33】
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(なにを考えてる。僕はそれどころではないじゃないか……)
とつぜん脳裡に聴こえてきたあの声は、ここは夢の中の現実なのだと言った。
醒めることのない夢なのだと。だが、
中沢にはどうしても、自分がいま夢を観ているとは思えなかった。
眼の前にある町並みはすべて鮮明であるし、鳥たちの囀りや朝の新鮮な空気も、なにもかもが現実的なのだ。
有り得ないものが存在するとか、信じられない現象が起きるとか、そういった不確かなものはなにひとつとしてない。
そう、なんど殺そうとも生き返ってくる妻の存在を除いては。
もうなんど妻を殺したことだろう。そのたびに妻は生き返ってくる。
なぜ、そんなことが起きてしまったのか。
その問いでさえ、なんど考えたことだろうか。そしてなんど、妻を殺したくないと思ったことだろう。
今日は殺すまい、今日こそは殺すまいと、呪を唱えるかのように。
なのにまた、かならず殺してしまうのだ。
なんどもなんども同じように首を絞めて。
殺したくない、そう思っても、中沢の手は意思に反して妻の首に伸びている。
いや、そうではない。
そのとき、彼には意思がないのだ。
意識が途絶えてしまっているのだ。
妻の首を、中沢はいつも無意識のうちに絞めている。
だから彼には、妻の首を絞めている認識はなく、ただあるのは忘我の中で味わう悦楽感だった。
それは、ベッドへといざなう妻の眼を、その肢体を見たときから始まる。
いや、違う。
それはもっと前だ。
妻と会話を交わしながら食事をし、言葉に触れ、声に触れ、微笑みに触れ、やさしさに触れ、そのしなやかな指先が頬に触れてきたときから、すでにはじまっているのだった。
中沢の意識はしだいに薄れはじめて、身体の芯が痺れ、その奥底で何かが殻を破り、弾けて、本能の赴くまま欲情の塊へと化していく。
そしてそれは、強く烈しく交わることを求め、溶けて、螺旋を描きながら高みへと昇っていくのだ。すべてを吐きつくして果てるまで。
意識を取りもどしたとき、傍らの妻は死に絶えている。
いつもそうだ。
なぜそうなるのか。
それがあの声が言っていた、「自分の中にあるもの」によって引き起こされることなのだろうか。
わからない。
どんなに思い出そうと試みても、頭に浮かんできそうでいて、それは靄のかかった闇へとすぐに消えていってしまう。
それを思い出せ、と声は言った。
それこそが真実なのだ、と。
その真実とはいったい何なのか。
それをどうやって思い出せばいいのか。
わからない。
だが、どうにかしてでも、思い出さなければならない。
そうしなければ、このまま永遠に妻を殺しつづけなければならないのだ。
その思いを胸にいだき、気づくと自宅の前に着いていた。
とつぜん脳裡に聴こえてきたあの声は、ここは夢の中の現実なのだと言った。
醒めることのない夢なのだと。だが、
中沢にはどうしても、自分がいま夢を観ているとは思えなかった。
眼の前にある町並みはすべて鮮明であるし、鳥たちの囀りや朝の新鮮な空気も、なにもかもが現実的なのだ。
有り得ないものが存在するとか、信じられない現象が起きるとか、そういった不確かなものはなにひとつとしてない。
そう、なんど殺そうとも生き返ってくる妻の存在を除いては。
もうなんど妻を殺したことだろう。そのたびに妻は生き返ってくる。
なぜ、そんなことが起きてしまったのか。
その問いでさえ、なんど考えたことだろうか。そしてなんど、妻を殺したくないと思ったことだろう。
今日は殺すまい、今日こそは殺すまいと、呪を唱えるかのように。
なのにまた、かならず殺してしまうのだ。
なんどもなんども同じように首を絞めて。
殺したくない、そう思っても、中沢の手は意思に反して妻の首に伸びている。
いや、そうではない。
そのとき、彼には意思がないのだ。
意識が途絶えてしまっているのだ。
妻の首を、中沢はいつも無意識のうちに絞めている。
だから彼には、妻の首を絞めている認識はなく、ただあるのは忘我の中で味わう悦楽感だった。
それは、ベッドへといざなう妻の眼を、その肢体を見たときから始まる。
いや、違う。
それはもっと前だ。
妻と会話を交わしながら食事をし、言葉に触れ、声に触れ、微笑みに触れ、やさしさに触れ、そのしなやかな指先が頬に触れてきたときから、すでにはじまっているのだった。
中沢の意識はしだいに薄れはじめて、身体の芯が痺れ、その奥底で何かが殻を破り、弾けて、本能の赴くまま欲情の塊へと化していく。
そしてそれは、強く烈しく交わることを求め、溶けて、螺旋を描きながら高みへと昇っていくのだ。すべてを吐きつくして果てるまで。
意識を取りもどしたとき、傍らの妻は死に絶えている。
いつもそうだ。
なぜそうなるのか。
それがあの声が言っていた、「自分の中にあるもの」によって引き起こされることなのだろうか。
わからない。
どんなに思い出そうと試みても、頭に浮かんできそうでいて、それは靄のかかった闇へとすぐに消えていってしまう。
それを思い出せ、と声は言った。
それこそが真実なのだ、と。
その真実とはいったい何なのか。
それをどうやって思い出せばいいのか。
わからない。
だが、どうにかしてでも、思い出さなければならない。
そうしなければ、このまま永遠に妻を殺しつづけなければならないのだ。
その思いを胸にいだき、気づくと自宅の前に着いていた。
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