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【チャプター 34】
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玄関のドアを開け、中沢は中の様子を窺った。
リビングには灯りは点いていない。
まだ薄い闇を残した自宅の中は、静寂に包まれて物音ひとつしなかった。
廊下へ上がり、浴室の前に立つ。
中沢はためらいがちに、手を伸ばして扉を開けた。
浴室の床には、全裸の妻の死体が横たわっている。
右腕の手首からは血が流れ出していて、床を赤く染めている。
その傍らには、やはり血の付着したのこぎりが投げ出されたままである。
死体の妻には、まだ生き返る気配はない。
いや、妻の死体はいつもいつの間にか消え去り、そして夕刻になると姿を現す。
だから、死体であるいま――
(やるしかない……)
中沢はリビングに向かい、食卓に置いたままだったバーボンのボトルを手に取ると、また浴室へともどった。
仁王立ちで妻の死体を見下ろす。
(やるしかないんだ……)
あの声が言ったように、この夢から目醒めるためには、妻の死体が消える前に肉体をバラバラに切断してしまわなければならない。
その思いに、中沢は妻の傍らに跪き、鋸を手にした。
血の付着した鮫の刃は、まだ血を欲しているかのように鈍い光りを放っている。
中沢はバーボンをボトルのまま口にした。
酒を飲んだくらいで、肉体を切断する恐ろしさが払拭できるわけがない。
そんなことは、一度の失敗でわかっている。
だが、飲まずにはいられなかった。
むせかえるのもかまわずに、喉を鳴らして飲んだ。
半分ほどあったボトルは、あっという間に殻になった。
それでも、まったく酔いが回ってこない。
中沢は苦しまぎれに妻の右腕を押さえた。
腕が冷たくなっている。
血の流れはもう止まっているのに、腕を強く押さえているからなのか、傷口からは血がどくどくとあふれ出してきた。
それを眼にし、思わず怯んでしまう。
瞼を強く瞑る。
(こんなことで怯んでなんていられない。やらなければならないんだ!)
中沢は血があふれ出してくる傷に鋸の刃をあてた。
手に渾身の力をこめてのこぎりを挽く。
ぐちゅ――
血が飛沫をあげ、肉を切る嫌な感触がつたわってくる。
刃先はすぐに骨にあたり、更に今度は耐え難いほどのおぞましい音を立てはじめた。
ごり、
ごり、
ごり、
その音と手に伝わってくる感触に、悪寒のような怖気がぞわぞわと首筋にまとわりつくように這い上がってきた。
「うぐぐぐッ……」
堪えきれず、のこぎりを投げ出したくなる。
その衝動をぎりぎりのところで抑え、何とか妻の腕から手首を切り離した。
強烈な痛みが胃袋を襲う。
それとともにみぞおちが痙攣を起して収縮をくり返して、中沢はなんども嘔吐したが、吐き出されるのは苦い胃液ばかりだった。
それでものこぎりを手から放さず、刃先を今度は肘の関節にあてて、力をこめて挽いた。
ぐちゅう――
「ぐぐぐぐ……」
迸る血を顔に浴び、全身総毛立ちながらも、中沢は鋸を挽きつづける。
ぐちゅり、
ぐちゅう、
ごり、
ごり、
ごり、
血に染まった中沢の顔がしだいに狂気を帯びてくる。
つり上がった眼は真っ赤に充血し、その形相は人とは思えないほどの狂乱を見せていた。
浴びつづける血が目尻にたまり、やがてそれは赤いすじとなって伝い落ちる。
それはあたかも血の涙を流しているように思えた。
いや、中沢はじっさいに哭(な)いていた。
ぎりぎりと奥歯を噛みしめて、叫びたいほどの苦痛に耐えながら哭いているのだった。
我を忘れて妻の肉体を切断していく。
そうして切断した四肢は、浴槽の中へと落としていった。
赤く彩られていく浴室は、粘りつく血の臭気で充満した。
リビングには灯りは点いていない。
まだ薄い闇を残した自宅の中は、静寂に包まれて物音ひとつしなかった。
廊下へ上がり、浴室の前に立つ。
中沢はためらいがちに、手を伸ばして扉を開けた。
浴室の床には、全裸の妻の死体が横たわっている。
右腕の手首からは血が流れ出していて、床を赤く染めている。
その傍らには、やはり血の付着したのこぎりが投げ出されたままである。
死体の妻には、まだ生き返る気配はない。
いや、妻の死体はいつもいつの間にか消え去り、そして夕刻になると姿を現す。
だから、死体であるいま――
(やるしかない……)
中沢はリビングに向かい、食卓に置いたままだったバーボンのボトルを手に取ると、また浴室へともどった。
仁王立ちで妻の死体を見下ろす。
(やるしかないんだ……)
あの声が言ったように、この夢から目醒めるためには、妻の死体が消える前に肉体をバラバラに切断してしまわなければならない。
その思いに、中沢は妻の傍らに跪き、鋸を手にした。
血の付着した鮫の刃は、まだ血を欲しているかのように鈍い光りを放っている。
中沢はバーボンをボトルのまま口にした。
酒を飲んだくらいで、肉体を切断する恐ろしさが払拭できるわけがない。
そんなことは、一度の失敗でわかっている。
だが、飲まずにはいられなかった。
むせかえるのもかまわずに、喉を鳴らして飲んだ。
半分ほどあったボトルは、あっという間に殻になった。
それでも、まったく酔いが回ってこない。
中沢は苦しまぎれに妻の右腕を押さえた。
腕が冷たくなっている。
血の流れはもう止まっているのに、腕を強く押さえているからなのか、傷口からは血がどくどくとあふれ出してきた。
それを眼にし、思わず怯んでしまう。
瞼を強く瞑る。
(こんなことで怯んでなんていられない。やらなければならないんだ!)
中沢は血があふれ出してくる傷に鋸の刃をあてた。
手に渾身の力をこめてのこぎりを挽く。
ぐちゅ――
血が飛沫をあげ、肉を切る嫌な感触がつたわってくる。
刃先はすぐに骨にあたり、更に今度は耐え難いほどのおぞましい音を立てはじめた。
ごり、
ごり、
ごり、
その音と手に伝わってくる感触に、悪寒のような怖気がぞわぞわと首筋にまとわりつくように這い上がってきた。
「うぐぐぐッ……」
堪えきれず、のこぎりを投げ出したくなる。
その衝動をぎりぎりのところで抑え、何とか妻の腕から手首を切り離した。
強烈な痛みが胃袋を襲う。
それとともにみぞおちが痙攣を起して収縮をくり返して、中沢はなんども嘔吐したが、吐き出されるのは苦い胃液ばかりだった。
それでものこぎりを手から放さず、刃先を今度は肘の関節にあてて、力をこめて挽いた。
ぐちゅう――
「ぐぐぐぐ……」
迸る血を顔に浴び、全身総毛立ちながらも、中沢は鋸を挽きつづける。
ぐちゅり、
ぐちゅう、
ごり、
ごり、
ごり、
血に染まった中沢の顔がしだいに狂気を帯びてくる。
つり上がった眼は真っ赤に充血し、その形相は人とは思えないほどの狂乱を見せていた。
浴びつづける血が目尻にたまり、やがてそれは赤いすじとなって伝い落ちる。
それはあたかも血の涙を流しているように思えた。
いや、中沢はじっさいに哭(な)いていた。
ぎりぎりと奥歯を噛みしめて、叫びたいほどの苦痛に耐えながら哭いているのだった。
我を忘れて妻の肉体を切断していく。
そうして切断した四肢は、浴槽の中へと落としていった。
赤く彩られていく浴室は、粘りつく血の臭気で充満した。
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