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【第4話】
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その日以来、父が同じ醜態を見せることはなかったけれど、いま思えば、それだけ母のことを愛していたのだということがわかる。
いやきっと、いまでも母を愛しつづけているのだろう。
なぜなら父はずっと独り身を通しているし、浮いた話はひとつもなかった。
いつの日か、母が帰ってくると信じているのかもしれず、もしそうなったとしたなら、父は何事もなかったかのように迎えいれるのではないだろうか。
すべてを許してまでも。
けれど、紀子は違った。
ずっと母を許せずにいる。
許せるわけがなかった。
それだけに、「不倫」という文字を見ただけで吐き気をもよおすほどだった。
それがいま、その母と同じことをしている。
これも、血は争えないということなのだろうか。
そう思ったりもするが、それは違う。
それはただ、責任転嫁しているだけに過ぎない。
自分は自分であり、母は母なのだ。
その決断と行動のひとつひとつは、すべて自己の責任であってだれの責任でもない。
血の継がりを言い訳にするのは簡単だけれど、それは自分を見失うことになり、その結果、深い傷を負うことになる。
紀子は、できる限り傷つきたくないと思っている。
けれど、いまの関係をつづけていれば、いつか必ず傷つく日がくるだろう。
だからそのときは、その傷を最小限にとどめたい、そう思うのだ。
それだけに、いまのうちからその心構えをしておきたいとも思う。
そしてだれも傷つけたくなかった。
特に三浦の奥さんとその子供たちのことは。
三浦には、奥さんとのあいだにふたりの子供がいる。
上の子が小学3年生の女の子で、下の子が小学1年生の男の子。
写真を一度見せてもらったことがあり、女の子は口許が、男の子は眼元が三浦に似ていた。
顔をほころばせながら子供たちのことを語る彼が、紀子は嫌いではなかった。
その家庭を壊したくはなかった。
不倫をしていて言えることではないが、三浦には家庭を大切にしてもらいたいと思っている。
だから紀子には、奥さんから彼を奪い取ろうという気は一切ない。
恋は奪い取るものだと言うけれど、相手の家庭を壊してまでも、そんなことをしたいとは思いたくない。
それは紀子の偽りのない気持ちではあるが、その根底にはやはり母親のことがある。
母は父と離婚してから1年と経たずに、不倫相手の男と結婚をした。
奥さんと子供から男を奪い取ったのだ。
そこまでして得た幸せが、果たしてほんとうに幸福と言えるのかと考えれば、紀子にはそう思えない。
それを証拠に、男と結婚してから1年も経たずに母は不幸に陥った。
男が長年勤めたスーパーからリストラされたのだ。
さらに、そのショックを抱えながら就職活動をしているとき、男は不慮の事故に遭った。
ふらふらと赤信号の横断歩道を渡っているとき、スピードを上げていた車に撥ねられたのだ。
命は取り止めたが、男はもう自分の足で歩くことができなくなっていた。
周りでは、「自殺じゃないか」という噂が囁かれた。
その話や母の男の詳細も、紀子は父から聞いたことなのだが、父がなぜ、そんなことを知っていたのかはいまでも わからずにいる。
ともあれ、物事にはそれ相応の報いがあるというのを、紀子は感じずにはいられなかった。
それでも、車椅子での人生を余儀なくされた男と、いまでも変わらずに生活をつづけている母のことを思うと、そ れはそれであの人の幸せなのだと、近頃になって紀子はそう思うようになっていた。
「よしッ!」
ぼうっとしていても何も始まらないと、紀子は意を決したようにベッドから離れた。
バスルームの洗面台で歯を磨いて顔を洗う。
眼の下の隈が、ちょっと気になる。
「ま、いっか」と髪を簡単にブラッシングしてゴムでおさげにまとめると、パジャマを脱いでデニムのパンツを穿き、白のニットセーターに紺地の麻のジャケットを羽織った。
「準備OK!」
と、化粧もせずに紀子が向かった先は、近くにある公園だった。
いやきっと、いまでも母を愛しつづけているのだろう。
なぜなら父はずっと独り身を通しているし、浮いた話はひとつもなかった。
いつの日か、母が帰ってくると信じているのかもしれず、もしそうなったとしたなら、父は何事もなかったかのように迎えいれるのではないだろうか。
すべてを許してまでも。
けれど、紀子は違った。
ずっと母を許せずにいる。
許せるわけがなかった。
それだけに、「不倫」という文字を見ただけで吐き気をもよおすほどだった。
それがいま、その母と同じことをしている。
これも、血は争えないということなのだろうか。
そう思ったりもするが、それは違う。
それはただ、責任転嫁しているだけに過ぎない。
自分は自分であり、母は母なのだ。
その決断と行動のひとつひとつは、すべて自己の責任であってだれの責任でもない。
血の継がりを言い訳にするのは簡単だけれど、それは自分を見失うことになり、その結果、深い傷を負うことになる。
紀子は、できる限り傷つきたくないと思っている。
けれど、いまの関係をつづけていれば、いつか必ず傷つく日がくるだろう。
だからそのときは、その傷を最小限にとどめたい、そう思うのだ。
それだけに、いまのうちからその心構えをしておきたいとも思う。
そしてだれも傷つけたくなかった。
特に三浦の奥さんとその子供たちのことは。
三浦には、奥さんとのあいだにふたりの子供がいる。
上の子が小学3年生の女の子で、下の子が小学1年生の男の子。
写真を一度見せてもらったことがあり、女の子は口許が、男の子は眼元が三浦に似ていた。
顔をほころばせながら子供たちのことを語る彼が、紀子は嫌いではなかった。
その家庭を壊したくはなかった。
不倫をしていて言えることではないが、三浦には家庭を大切にしてもらいたいと思っている。
だから紀子には、奥さんから彼を奪い取ろうという気は一切ない。
恋は奪い取るものだと言うけれど、相手の家庭を壊してまでも、そんなことをしたいとは思いたくない。
それは紀子の偽りのない気持ちではあるが、その根底にはやはり母親のことがある。
母は父と離婚してから1年と経たずに、不倫相手の男と結婚をした。
奥さんと子供から男を奪い取ったのだ。
そこまでして得た幸せが、果たしてほんとうに幸福と言えるのかと考えれば、紀子にはそう思えない。
それを証拠に、男と結婚してから1年も経たずに母は不幸に陥った。
男が長年勤めたスーパーからリストラされたのだ。
さらに、そのショックを抱えながら就職活動をしているとき、男は不慮の事故に遭った。
ふらふらと赤信号の横断歩道を渡っているとき、スピードを上げていた車に撥ねられたのだ。
命は取り止めたが、男はもう自分の足で歩くことができなくなっていた。
周りでは、「自殺じゃないか」という噂が囁かれた。
その話や母の男の詳細も、紀子は父から聞いたことなのだが、父がなぜ、そんなことを知っていたのかはいまでも わからずにいる。
ともあれ、物事にはそれ相応の報いがあるというのを、紀子は感じずにはいられなかった。
それでも、車椅子での人生を余儀なくされた男と、いまでも変わらずに生活をつづけている母のことを思うと、そ れはそれであの人の幸せなのだと、近頃になって紀子はそう思うようになっていた。
「よしッ!」
ぼうっとしていても何も始まらないと、紀子は意を決したようにベッドから離れた。
バスルームの洗面台で歯を磨いて顔を洗う。
眼の下の隈が、ちょっと気になる。
「ま、いっか」と髪を簡単にブラッシングしてゴムでおさげにまとめると、パジャマを脱いでデニムのパンツを穿き、白のニットセーターに紺地の麻のジャケットを羽織った。
「準備OK!」
と、化粧もせずに紀子が向かった先は、近くにある公園だった。
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