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【第30話】
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店を出ると、里佳は無性に腹が立った。
もちろん、彼女に対してに違いないのだが、たった一度だけ電話を掛けてきた彼女の言葉を鵜呑みにし、彼の言うことを信じることができなかった自分への腹立たしさでもあった。
その後、彼とは元のさやに納まりはしたが、誤解だったとしても、一度ヒート・ダウンしてしまった結婚への想いは、さらなる高まりが起こることはなく、婚約は解消したままとなった。
そうなるとやはり、互いのあいだに溝ができてしまうのは避けられず、少しずつ歯車が合わなくなりはじめて、いまではほとんど馴れ合いの状態になっている。
「あのとき、元さやになんてもどらなければよかったのよ」
そう言いながら、いまだ別れられずにいるのはなぜだろう。
それも女のサガというものなのだろうか。
15分ほどして、ようやく席に通され、紀子と里佳はランチを頼んだ。
ランチには、メインのカレーにタンドリー・チキン、ナン、サラダがつき、そしてソフトドリンクがセットになっている。
本日のメインは、野菜とチキンのカレーなのだが、その主な野菜が大根だったことにふたりは驚いた。
大根の独特の甘みが、カレーの辛さをまろやかにし、そして引き立てている。
ナンにはほうれん草が練りこまれていて、焼きあがったばかりの芳ばしい香りが鼻腔を刺激した。
ふたりはじゅうぶんにランチを堪能した。
「あー、美味しかった。私も今度作ってみようかな。大根カレー」
セットのアイス・コーヒーを口にして里佳が言った。
「彼に食べさせるの?」
紀子もアイス・コーヒーを口にする。
「そんなわけないじゃない。私ひとりで食べるのよ」
「わ、それって寂しい」
「もう、慣れっこよ。それとも、寂しい私のために一緒に食べてくれる?」
「それは侘しい」
「ほんと。それじゃなくたって、侘しさのオンパレードなのに、これ以上に侘しくなったら、もう致命的だわ」
里佳はため息をこぼす。
「女も、26歳にもなるとダメね。合コンの相手も中々見つからないんだから。26歳って言ったら女ざかりなのに、男たちはなにもわかってない」
「だからって、男を責めてもしかたがないわ。私たちの歳って、どんなにはしゃいでいても、どこかで冷めてるっていうか、冷静になってるところがあるじゃない? それに、もうお遊びではつき合えないっていう危機感みたいなものもあるし。男もそういうのを敏感に感じ取るセンサーがあって、ビビっちゃうんじゃないかな。男って弱き生き物だから」
「そうかもしれないけど、これから女ざかりってときに男が寄りつかないなんて、どうして、人生うまくいかないのかしらね」
「うまくいかないっていうのは、ある意味で刺激なのよ。人生うまくいってばかりじゃ、退屈なだけじゃない」
「紀子って、ときどき、大人って感じになるわよね」
感心した顔で、里佳は紀子を見た。
「っていうか、私たちって四捨五入したら30歳なのよ。いいかげん大人にならなきゃ」
「いや! 歳を四捨五入なんてしないで。30歳なんて、まだまだ遠い先の話よ」
「私だってそう思いたいけど、でも、ついこの前20歳になったと思ったら、もういまの歳よ。30歳なんて瞬く間よ」
「あー、現実逃避したい」
里佳はがっくりと肩を落とし、そして急に、何かに思いあたったように紀子を見つめ、
「そういえば、紀子って、ゲイ・バーによく行くんでしょ?」
そう訊いた。
「まァ、そんなにちょくちょくってわけでもないけど」
ほとんど毎週のように行っているとは、とても言えない。
「だったら、今度連れていってくれない? 私もなんかこう、新しい刺激が欲しいわ。私の中でなにかが変われば、彼とのことも踏ん切りがつくような気がするし」
「それって、どっちの踏ん切り? 別れるほう? それとも結婚?」
「もちろん後者、って言いたいけど、前者ね」
「そう。だったら、今週の金曜か土曜っていうのは?」
「そうね。じゃあ、金曜にしない?」
「わかった、金曜ね」
予定はすぐに決まった。
「それにしても、男がダメならオカマですか」
「ちょっと、別に私は、男に飢えてるわけじゃないからね」
「やだ、冗談よ」
紀子はそこで、腕時計に眼をやった。
ランチの時間帯に長居はできない。
待ちの列は、まだ店の外までつづいているようだ。
「そろそろ、行こうか」
ふたりは、アイス・コーヒーを飲み終えると席を立った。
もちろん、彼女に対してに違いないのだが、たった一度だけ電話を掛けてきた彼女の言葉を鵜呑みにし、彼の言うことを信じることができなかった自分への腹立たしさでもあった。
その後、彼とは元のさやに納まりはしたが、誤解だったとしても、一度ヒート・ダウンしてしまった結婚への想いは、さらなる高まりが起こることはなく、婚約は解消したままとなった。
そうなるとやはり、互いのあいだに溝ができてしまうのは避けられず、少しずつ歯車が合わなくなりはじめて、いまではほとんど馴れ合いの状態になっている。
「あのとき、元さやになんてもどらなければよかったのよ」
そう言いながら、いまだ別れられずにいるのはなぜだろう。
それも女のサガというものなのだろうか。
15分ほどして、ようやく席に通され、紀子と里佳はランチを頼んだ。
ランチには、メインのカレーにタンドリー・チキン、ナン、サラダがつき、そしてソフトドリンクがセットになっている。
本日のメインは、野菜とチキンのカレーなのだが、その主な野菜が大根だったことにふたりは驚いた。
大根の独特の甘みが、カレーの辛さをまろやかにし、そして引き立てている。
ナンにはほうれん草が練りこまれていて、焼きあがったばかりの芳ばしい香りが鼻腔を刺激した。
ふたりはじゅうぶんにランチを堪能した。
「あー、美味しかった。私も今度作ってみようかな。大根カレー」
セットのアイス・コーヒーを口にして里佳が言った。
「彼に食べさせるの?」
紀子もアイス・コーヒーを口にする。
「そんなわけないじゃない。私ひとりで食べるのよ」
「わ、それって寂しい」
「もう、慣れっこよ。それとも、寂しい私のために一緒に食べてくれる?」
「それは侘しい」
「ほんと。それじゃなくたって、侘しさのオンパレードなのに、これ以上に侘しくなったら、もう致命的だわ」
里佳はため息をこぼす。
「女も、26歳にもなるとダメね。合コンの相手も中々見つからないんだから。26歳って言ったら女ざかりなのに、男たちはなにもわかってない」
「だからって、男を責めてもしかたがないわ。私たちの歳って、どんなにはしゃいでいても、どこかで冷めてるっていうか、冷静になってるところがあるじゃない? それに、もうお遊びではつき合えないっていう危機感みたいなものもあるし。男もそういうのを敏感に感じ取るセンサーがあって、ビビっちゃうんじゃないかな。男って弱き生き物だから」
「そうかもしれないけど、これから女ざかりってときに男が寄りつかないなんて、どうして、人生うまくいかないのかしらね」
「うまくいかないっていうのは、ある意味で刺激なのよ。人生うまくいってばかりじゃ、退屈なだけじゃない」
「紀子って、ときどき、大人って感じになるわよね」
感心した顔で、里佳は紀子を見た。
「っていうか、私たちって四捨五入したら30歳なのよ。いいかげん大人にならなきゃ」
「いや! 歳を四捨五入なんてしないで。30歳なんて、まだまだ遠い先の話よ」
「私だってそう思いたいけど、でも、ついこの前20歳になったと思ったら、もういまの歳よ。30歳なんて瞬く間よ」
「あー、現実逃避したい」
里佳はがっくりと肩を落とし、そして急に、何かに思いあたったように紀子を見つめ、
「そういえば、紀子って、ゲイ・バーによく行くんでしょ?」
そう訊いた。
「まァ、そんなにちょくちょくってわけでもないけど」
ほとんど毎週のように行っているとは、とても言えない。
「だったら、今度連れていってくれない? 私もなんかこう、新しい刺激が欲しいわ。私の中でなにかが変われば、彼とのことも踏ん切りがつくような気がするし」
「それって、どっちの踏ん切り? 別れるほう? それとも結婚?」
「もちろん後者、って言いたいけど、前者ね」
「そう。だったら、今週の金曜か土曜っていうのは?」
「そうね。じゃあ、金曜にしない?」
「わかった、金曜ね」
予定はすぐに決まった。
「それにしても、男がダメならオカマですか」
「ちょっと、別に私は、男に飢えてるわけじゃないからね」
「やだ、冗談よ」
紀子はそこで、腕時計に眼をやった。
ランチの時間帯に長居はできない。
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「そろそろ、行こうか」
ふたりは、アイス・コーヒーを飲み終えると席を立った。
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