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【第59話】
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正吉が駅に着くと、汽車が来る時間にはまだ間があるというのに、構内はたくさんの人だかりで喧騒としていた。
皆、戦場へと向かう若者を見送りにきているのだ。
正吉は人だかりを縫うようにして、プラットホームに出た。
ホームもやはり、おなじように人だかりでいっぱいだった。
その人だかりはいくつかにわかれていて、それぞれが、正吉と変わらぬ年頃の若者をかこみ、万歳三唱や軍歌を唄っている。
その中の一組の輪に眼がいく。
こらえきれず、顔を被って泣いているのは母親だろうか。
そのそばでともに泣くのは、若者の弟や妹たちだろう。
その光景が自分の家族のように思え、正吉はいたたまれなくなって、喧騒から逃れるようにベンチに坐った。
母はきっと、家族のあんな光景を見せたくなかったのだろう。
うしろ髪を引かれるような、心を乱す光景を眼に灼きつかせてはならない。
母はそう思ったに違いない。
そんな母の想いに正吉は胸をつまされた。
ふと思い立って、軍服の腹部のボタンを外し、懐から握り飯と母からの手紙を取り出した。
弟の正雄が抱きついてきたせいか、笹の葉に包まれた握り飯はみごとに潰れている。
やられたな、という顔で正吉は口端に笑みを作り、そして母の手紙を開いてもう一度読み返した。
読み終えると瞼を閉じて、手紙に書かれた言葉を心に刻んだ。
(この手紙が俺を護ってくれる。これは大切なお守りだ……)
念じるようにそう思うと、手紙を折って軍袴の尻のポケットに入れ、ボタンをしっかりと留めた。
そうしてから、手にした握り飯の紐を解いた。
車輌はきっと、坐ることもできないほど混むだろう。
そう思い、汽車に乗ってから食べるつもりでいたのをやめにした。
汽車が来る時間には、まだ充分に時間がある。
笹の葉を開くと、真っ白なおにぎりがみっつ、いびつに潰れて並んでいた。
正吉はひとつを手に取り、頬張った。
ゆっくりと咀嚼すると、ほのかな甘みが口の中に広がった。
塩の辛味が、おにぎりの甘みを尚のこと引き出している。
(母さんの握ったおにぎりを、また食べることができるだろうか……)
ふいに、そんな想いがこみ上げて、それをふり払うように、正吉はおにぎりにかぶりついた。
そのとき、
「美味しそうなおにぎりだ」
ふと、すぐ隣から聴こえてきたその声に驚いて、正吉は顔を向けた。
そこには、好々爺な老人が、しわの深い目尻に笑みをたたえて坐っている。
いつからそこに坐っていたのだろうか。
正吉がそのベンチに坐ったときにはだれもいなかったはずだ。
人の坐る気配もなかった。
正吉はおにぎりにかぶりついたまま、不可解な面持ちでその老人を見つめた。
「驚かせてしまったかな。申しわけない。さあ、私のことは気にせずに」
そう言われて正吉は、おにぎりを口に咥えたままであることに気づいた。
それを口から離し、
「おひとつ、どうですか。潰れてしまってますけど」
笹の葉に載ったおにぎりを差し出して、老人に勧めた。
「いやいや、あいにく私はお腹が空いていません。お気持ちだけはありがたく受け取っておきます。どうもありがとう」
丁寧な口調のその老人に、正吉は好感を持った。
「おじいさんも、見送りですか」
ふだんは人見知りするほうだが、老人に好感を持ったせいか、自然にそう訊いていた。
「まあ、そんなところです」
老人は笑みを崩さずそう言うと、正面に顔を向けた。
見られていては食べづらいだろうと、気を使ったのかもしれない。
正吉がおにぎりを食べているあいだ、老人は黙ったまま、どこを見るともなく見つめていた。
プラットホームでは軍歌や万歳三唱がつづいている。
「見知らぬ戦地へと向かうのは、恐いものです」
老人がそう言ったのは、正吉が最後のひとくちを口に入れたときだった。
皆、戦場へと向かう若者を見送りにきているのだ。
正吉は人だかりを縫うようにして、プラットホームに出た。
ホームもやはり、おなじように人だかりでいっぱいだった。
その人だかりはいくつかにわかれていて、それぞれが、正吉と変わらぬ年頃の若者をかこみ、万歳三唱や軍歌を唄っている。
その中の一組の輪に眼がいく。
こらえきれず、顔を被って泣いているのは母親だろうか。
そのそばでともに泣くのは、若者の弟や妹たちだろう。
その光景が自分の家族のように思え、正吉はいたたまれなくなって、喧騒から逃れるようにベンチに坐った。
母はきっと、家族のあんな光景を見せたくなかったのだろう。
うしろ髪を引かれるような、心を乱す光景を眼に灼きつかせてはならない。
母はそう思ったに違いない。
そんな母の想いに正吉は胸をつまされた。
ふと思い立って、軍服の腹部のボタンを外し、懐から握り飯と母からの手紙を取り出した。
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やられたな、という顔で正吉は口端に笑みを作り、そして母の手紙を開いてもう一度読み返した。
読み終えると瞼を閉じて、手紙に書かれた言葉を心に刻んだ。
(この手紙が俺を護ってくれる。これは大切なお守りだ……)
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そうしてから、手にした握り飯の紐を解いた。
車輌はきっと、坐ることもできないほど混むだろう。
そう思い、汽車に乗ってから食べるつもりでいたのをやめにした。
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笹の葉を開くと、真っ白なおにぎりがみっつ、いびつに潰れて並んでいた。
正吉はひとつを手に取り、頬張った。
ゆっくりと咀嚼すると、ほのかな甘みが口の中に広がった。
塩の辛味が、おにぎりの甘みを尚のこと引き出している。
(母さんの握ったおにぎりを、また食べることができるだろうか……)
ふいに、そんな想いがこみ上げて、それをふり払うように、正吉はおにぎりにかぶりついた。
そのとき、
「美味しそうなおにぎりだ」
ふと、すぐ隣から聴こえてきたその声に驚いて、正吉は顔を向けた。
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いつからそこに坐っていたのだろうか。
正吉がそのベンチに坐ったときにはだれもいなかったはずだ。
人の坐る気配もなかった。
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「驚かせてしまったかな。申しわけない。さあ、私のことは気にせずに」
そう言われて正吉は、おにぎりを口に咥えたままであることに気づいた。
それを口から離し、
「おひとつ、どうですか。潰れてしまってますけど」
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