10億円の思い出の人

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鐘司かねつかさくん、先日頼まれていた件でそれっぽい人が見つかったよ」

  中庭でクラスメイトの井地知いじちくんと昼食を済ませた後の事だった。さわさわと風が木の葉を揺らしている。その音に耳を傾けていると、井地知くんから食い気味に話を切り出された。

「もう情報を掴むなんて。さすが井地知くんだね」
「それほどでもないよ。それでね、頼まれていた人の現在なんだけど…」

  小学3年生頃の話だ。鐘司グループの跡取り息子として産まれ育てられていた俺は1度だけ、使用人達の目を盗んで1人で遊びに出掛けた事があった。
  当時の俺はどこに行くにも親や従者達の目があるのが気に食わなかった。自由の利かない毎日が息苦しくて、どこでも良いから空気を吸いに出掛けたかった。家から出られればどこでもよかったんだ。
  ドキドキしながら裏庭から抜け出して、夢中で走って辿り着いた公園。
 そこで出会ったのは同い年くらいの男の子。真っ黒の髪の毛と瞳の色が左右で違う彼が未だに忘れられない。
  純粋に綺麗だと感じた俺は、自分のと目とは違うって素直にその容姿を褒めたんだ。そうしたらその子はとても嬉しそうに、けれどどこか照れくさそうに控えめに笑った。

  名前は瀬見川 明音せみかわ あかねくん。女の子みたいな名前なのが、本人は恥ずかしかったらしい。ボソリと顔を赤らめて教えてくれた。
 なんとなくそれが可笑しくて、俺が笑うと笑ってんじゃねー!なんて更に顔を真っ赤にして声を荒げてきた。こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。喉が少し痛いくらい大きな声で笑った。
 あかねってどういう字で書くのか聞いた時、明るい音であかねだと教えてくれた。俺の名前にも音がついてるんだよって、地面に書いて教えあったな。お揃いがなんだか嬉しくて、そう伝えると彼も照れ臭そうに返事をしてくれた。
 今までも同い年の子とは遊んだことはあるけれど、所詮は親が用意した存在で、自分で選んだわけではなかったし。使用人の目が疎ましく感じられるようになってからは、本当の意味で楽しめたことはなかった。
  時間が許す限り瀬見川くんは俺に付き合って、色んな遊びを教えてくれた。はじめて木にも登ったんだ。危ないからそんな事はしてはいけないと、止めに入る大人はその日はいない。恐怖がなかったわけではないけど、ゆっくりと様子を窺いながら瀬見川くんがリードしてくれた。

 何もかもが初めての日だった。何かを一人で決めて成し遂げた達成感。登った木の上に広がる光景に息を飲んだ。狭かった自分の視野が開けたような気さえもした。
  色素の薄い方の瀬見川くんの目の色みたいに空が染まっていて、凄く惹かれた空の色。濃い黄色が建物を色付ける。あんなに息苦しかったのに、胸に詰まった何かがスッと溶けて空気が美味しいとまで錯覚する程だった。
 心の底から楽しいと感謝を伝えると、瀬見川くんも嬉しそうに笑みをこぼした。初めは笑顔がどこか覚束なかった彼だったけど、その時の顔は自分が感じている楽しさを共有しているんだと分かるくらいに弾けた笑顔だった。

  その後、すぐ従者達に見つかってしまって引き剥がされるように公園を後にした。
  それ以来、彼に出会うことはできなかった。
  何度か公園の前を通りかかった際に、無意識に瀬見川くんを探したけれど会えず終いだった。
  彼の目の色みたいな夕陽を見るとあの日の事を思い出す。今何をしているだろうか?あの日君に会ったおかげで、俺は鐘司を継ぐものとして頑張れていると伝えたい。

  ー思えば、これは初恋だったのかもしれない。

  そう考えると再び瀬見川くんに会いたいという気持ちが膨らんでいった。
  そんな時だ。入学時から仲良くしてくれている同級生がハッキングが得意な事を知ったんだ。 なんでもご家族がIT関係の仕事をされているとかで、幼い頃から調べ物が大好きなんだと、彼...井地知 響也きょうやくんは自己紹介の時に語っていた。
  藁をも掴む思いで可能であれば人を捜して欲しいとお願いしてみると、二言返事で承諾してくれた。いくらでも待つと伝えていたのに、彼の腕は確かなものだった様だ。
  たった1週間で捜し人を見つけてきたのだから。

「瀬見川明音さんの歳は僕達と同い年みたいだね。在籍している高校は不明で…最近の痕跡を調べてみたんだ。どうやらここら辺では悪い意味で有名な組合に入って行った所でサーチできなくなっちゃってさ。あ...そうだ。これが現在の瀬見川さんだよ」

  スーツを着た男達がパーカーを着た男を囲んで事務所に入っていく様子が写った画像を井地知くんは見せてくれた。背も高くなっているし雰囲気は当時に比べると固い印象だが、間違いなく瀬見川くんだろう。

「すごいな、これって井地知くんが1人で調べたの?」
「うん。瀬見川さんは日本人には珍しいオッドアイって聞いてたから、それっぽい人物をAIに書き込んでもらって俺が作ったソフトで検索掛けて運良くヒットした感じ。検索範囲をここら辺に絞ったらこの人だけが出てきて、多分この人かなって。見たこともない人を捜すのは苦労するね…。今回はAIに助けられた所があるよ。そんなことよりさ!」
「…?」
「本題はここからなんだよ!念の為調べられる所まで調べてみたんだ。そうしたら裏オークションの出品リストまで辿り着いた。それで、その…瀬見川さんの名前がそこにあって...」
「つまり、彼はこれから売られる身の上にあるということだね?」
「俄に信じられない話だけど、そうみたいだね。あのさ、...この人は鐘司くんのお友達だったの?」
「んー...初恋の人かな」
「え!?」

  大変聞き辛そうに井地知くんが問うもんだから、思わず冗談っぽく本音を返した。まさか鐘司の次期跡取りが同性を好いているなんて誰も信じないだろう。これ以上にない冗談だ。知名度の高さも相まって大変尖ったジョークになったに違いない。

「か、鐘司くんの初恋の人!?」
「まあ端的に言えばそんな感じかな。まさかこんな所にいるなんて思わなかったよ。井地知くんに危ない橋を渡らせてしまった。軽率だったね…本当にごめん」
「僕は大丈夫だよ!趣味の延長線みたいなものだし。気にしないで」
「ありがとう、とても助かった。だけど...もうこの件に関わらないようにしよう」
「え...っ!瀬見川さんを見捨てるの!?」

  すんなりと俺の初恋を否定せずに受け入れ、終いには会ったことはない瀬見川くんの心配までしてくれる井地知くんに驚いた。人柄の良い子だとは思っていたけど、ここまでとは。

「ううん。知り合いにちょっとツテがあって。相談してみようと思う」

  普通に生活している相手を捜してもらう軽い気持ちで頼んだというのに少々難ありと来たもんだ。私事を大事にはしたくなかったが、人命が懸かっているかもしれない案件だ。動かない理由はなかった。
  動かなければきっとこの先夕陽を目にする度、今日の自分の判断を悔い続けるに決まっているからだ。

「鐘司くんも将来のことがあるからさ、無理だけはしないでね。ごめん僕にもっと技術があれば…」
「大丈夫。井地知くんの技術はとても素晴らしいものだった。また頼らせて貰ってもいい?」
「うん、もちろんだよ」

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