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「………何やってんだか」
最低限の物しか揃っていない薄暗い部屋の中、明音は用意された食事すら摂ることもせず茫然と壁に背を預け座り込んでいた。
馴染めなかった教室には向かわず、その日も予定なく町をぶらついていた。たまたま通りがかった路地裏で、絡まれていた女性を助けようとしたのが事の発端だった。
相手は3人だし問題ないと思っていたのだが、どうやら絡まれていた女も共犯だったらしく優勢になりかけた所で首元に激痛が走って、気付けば知らない場所のホテルに連れて来られていた。
朦朧とする意識の中で部屋を見渡すと、スーツを着た男達が明音の容姿をイロモノだから物好きには売れるのだと談笑していた。
会話から察するに殺される心配はないと判り一先ず安堵した。であれば、監禁される先で逃げようと明音は考えていたが、現実はそう甘くはなかった。定期的に何かを投与しにくる人間が居て、身体に思うように力が入りづらい状況にあった。
鼻で笑うこともはばかれる程の大失態。兎に角ださいしかっこ悪い。この言葉に尽きる。
明音はここに来てから何度この言葉で自責したか覚えてすらいない。そもそも自分を売ろうだなんて、ここの人間の方が物好きだろう。 昔から容姿のせいで忌み嫌われる事が多かった明音にとっては、奴らも相当頭がイカれていると感じていた。
「…………」
けれど、過去に自分を嫌わずに接してくれた存在がいた事を明音は忘れていない。同じ音って漢字が名前に着くんだよって、拙い字を地面に書いて教えてくれた小綺麗な少年。最初彼を見た時女の子だと思うほど可愛くて驚いた。一人称で直ぐに明音の誤解は解ける事となった。
幸音は明音が嫌っていた瞳の色を真っ先に褒めてくれて、いつも一人ぼっちで過していた公園で一緒に遊んでくれた存在だ。
親が早くに亡くなり親戚にも断られ施設で育った明音は、オッドアイのせいで周りから差別される事が多かった。大人は優しかったけれど、それも親戚から受けた心ない言動のせいで信用に値するものではないと、心に蓋をしてしまっていた。
自分を守れるのは自分だけ。幼いなりに辿り着いたその答えを信じて明音は生きることを決めた。
喧嘩にすぐ走るのはそのせいだった。勝てば何を言われても響かない。意地悪をする奴らも拳で黙らせてきた。そのうち優しかった大人も呆れ果て、相手をしなくなってしまった。
だから、明音はいつも1人だった。そんな自分を頼ってくれる見ず知らずの彼が嬉しくて、慣れないながらも沢山のことを教えた。
自分の得意だった木登りを教えてあげると、彼は服が汚れることも気にせず着いて来てくれた。誰かと何かを一緒に成し遂げる事はほとんど初めてで、とても充実感があった。
彼と木の上から見た、あの日の景色が今も忘れられない。自分の瞳に似た色で綺麗だと幸音が零した。その言葉を今でも大切に思い出にしまっている。
同い年くらいの子供に向けられる言葉はいつだって気分の悪い言葉だった。鏡で自分の大嫌いな瞳を見る度、心ない言葉で眉を顰める度に、あの夕陽を思い出して勇気を貰っている。彼のおかげで少しだけ自分が好きになれたのだ。
「………ゆきと」
明音の心の中にこんなにも留まっている人間は、幸音以外にいない。この気持ちはなんなのだろうか。1人で考えてみても答えは出てこなかった。
これまでも親切にしてくれた人間はいたけれど、幸音だけが、何故か心の深くを温め続けている。
こんな事になるならもっと必死に捜せば良かったと今更後悔が胸を締め付ける。
公園には何度も足を運んだ。だけど会える事はなかったと悔やむ。狭いようで広い世界。いつかまた再会出来るのではないかと信じていたのに。
こんな危ない所に来てしまっては、売れようが売れまいがもう外には出して貰えない事だろう。
明音はこの先の未来を想像し瞼を伏せた。
「もっかい、会いたかった…。幸音」
叶わないと分かっていても言葉で紡ぐ。
そうするだけで少しだけ、安心すら出来る気がした。
「(絶対逃げ出してやる…諦めねー…)」
だんだん意識が遠のいて行く中で、買われた先で逃げられるという残された希望を考えた。
その裏であの日の記憶が一緒に再生される。
笑顔の幸音と一緒に笑った自分も蘇った。
「(あれ...おれ、最後に笑ったの、いつだっけ…?)」
思い出す前には明音の意識はすっかり夢の中へと落ちていた。
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