10億円の思い出の人

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「...ーわくん」

  ふわふわして気持ちがいい。脳が麻痺してしまったのだろうか。明音の意識は現実と夢の狭間が分からないくらい朦朧としていた。
  けれど、なんだか安心する香りがする気がする。誰かに抱きかかえられた記憶は夢なのか、現実なのか。

「瀬見川くん」
「...っ?.........ん、ァっ」

 名前を呼ばれた気がした。するりと冷たい掌が熱くなった頬に触れた。
 その瞬間ビリッと電流が走るように、気持ち良さが駆け巡って肩が面白いくらい跳ねた。
 突然の快楽で現実に引っ張られて、驚きのあまり瞼を開けた。

「ごめんね、身体辛いのに。大丈夫...?」

 目の前に広がる整った顔とサラサラの髪の毛。心配そうにこちらを見つめる知らないはずなのに見覚えのある男に、明音は目を丸くして固まった。
 訳がわからなくてキョロキョロと眼球だけ動かして周りを窺う。どうやら車の中のようで車内を備え付けのライトが照らしていた。
  目の前の男と2人きりだという事をボヤっとした頭で把握する。

「...ぇ...??...っ?」

 そして幸音を捉えて数秒、明音の脳が動きを見せた。あの日の思い出を蘇らせて、目の前の男と思い出の小さな幸音が重なる。

「...ゆ、きと...?」

  無意識に何度も口にした名前が勝手に紡がれた。忘れた事のなかった思い出。探し続けていた存在。面影のある女の子と見まごう容姿。ずっとずっと会いたかった唯一の人間。
  色んな感情が目の前にいる幸音にズルズル引っ張り出されて、ポタリと涙が瞳の縁から零れ落ちた。

「ゆきと...?...は?ほんも、のか...?」

  震える唇で発された言葉に、幸音も目尻に涙を溜めた。明音が自分の名前を覚えてくれた事が、互いにとってあの日が大切な思い出だと知るには充分な発言だったからだ。

「うんっ、...俺だよ」
「うそだ...ゆ、めだろ...?」
「ううん、夢じゃない。俺ここにちゃんと居るよ」
「...!!」

  ギュッと優しく抱き締められた。漏れそうな声は歯を食いしばってなんとかやり過ごして、反射的に抱き締め返した。
  耳に届く声が低い。あんなに高かったのに。顔の面影はなんとなくあるけれど全体的に大きくなっている幸音を見て、変な感じだと明音は思った。次々溢れ出てくる涙をポタポタと流す。身体の熱さが鬱陶しかったが、今はそんな事より再会が何よりも嬉しくて堪らなかった。
  薬のせいか天邪鬼な性格は何処へやら。明音は素直に心の内を吐露する。

「おまえ、どこにも、いなくて...もう会えない、かと」
「うん、俺もだよ。公園にも行ったんだけど会えなくて...こんな所まで捜しにきちゃった」
「っ!そうだ...、どうやってここに?っ...まさかお前も...?」
「あはは!安心して。俺は君を助けに来たんだよ」

  あんまりくっついていると明音の身体がしんどいだろうと、ゆっくり距離を取った。
  持っていたハンカチで涙を拭ってあげる。くすぐったそうにギュッと目を閉じてされるがままになる明音。
 直ぐに瞼が開いて潤んだオッドアイが幸音を見つめる。幸音もその瞳を見つめ返す。
  ──ああ、やっぱり好きなんだ。
  その気持ちが溢れだしそうで、堪らず右頬に手のひらを添えた。

「どうしても会いたくなって、色々な人の手を借りて俺は今ここに居るんだ。すごく...すごく君に会いたかった」
「っ、ん...俺も、会いたかった...っ」
「あの日君に教えて貰った木登りのおかげで、辛くても頑張れば報われるって気付かされたんだ。だから今も頑張る事ができてるんだよ」
「俺の方こそ、オレの嫌いな部分お前が褒めてくれたから...っ、」

  添えた掌に明音の指が絡まる。熱い。お互い無意識にどんどん距離が縮まっていく。触れるまであと少し。
  このまま口付けをしても良いものか。勢いでするのは流石に不味いだろう。伝えることはしっかり伝えて、通じ合ってからにしなくては。
  目の前の唇に噛みつきたい衝動を必死に我慢して、口を開く。

「あの日から俺の心は瀬見川くんに夢中みたい。ずっと君を想っていた」
「俺もたぶん、同じ...っ、幸音がずっと」
「君が辛い時に言うべき事じゃないんだけど。ここに触れてもいい...?」

  しっとりした唇を親指でなぞる。
  ああ焦れったい。もう奪ってくれと明音は思った。溢れ出した感情が喉を塞いで、言葉が出ない。何度も首を縦に振ることしか出来なかった。

「...っ!」

  柔らかい幸音の唇が優しく重なる。冷たい。
 それは明音の体温がきっと馬鹿みたいに高いせいだ。
  角度を変えてまた重なる。ちゅ...と水の音が微かに響いて唇を割って幸音の舌が歯をなぞった。

「ふ、ぁっ、んぅ...ン...」

  明音のゾクゾクと肌が粟立つ。つま先が勝手に丸くなって腰がビクビクと跳ねた。
  にゅるりと遠慮がちに入ってきた幸音の舌先が明音のモノとぶつかって頭が真っ白になって行く。

「んンッ!...ん、んっ、ぅ...は、ん、っ」
「っ、瀬見川くん、...下、」
「...ぅ、んっ...は、ぁっ、さわっ、て、...さわって良い、からっ」

  嗚呼、止まらない。何が通じ合ってからだ。こんなにがっついてしまっては元も子もないだろうに。
  ダメだこんな事。そう思えば思うほど興奮は増して、身体が止まらなかった。
  自分が掛けてあげたジャケットの上着を乱暴に剥いで、裾から手を這わせて太ももを撫でた。手探りで登ってずっと反り返っていた明音の半身の先端を掴む。

「んぁっ!ゃっ..ぁああっ」

  一際大きく明音の身体が仰け反る。唇が逃げてビクンッと大きく揺れて数回小刻みに震えた。
  生暖かい雫が手の甲に数滴落ちてきて、明音が触っただけで果てたのだとわかった。

「は...ぁっ、ごめ、...はぁ...っ、ぁっ」
「ううん。変な薬使われてのはわかってるから...そんな時にこんな事してごめんね」
「ちげー...、俺が頼んだみたいなもんだし...っ」
「俺、自分がこんなに破廉恥だったなんて知らなかった」
「ひぁっ!ぁっ」

  出したばかりなのに、どんどん硬さを取り戻す明音の可愛い半身をやわやわと触りながら幸音は己の欲情を嘲笑した。我慢汁と精液を全体に馴染ませるようにぐちゅりと扱いてやる。息をする為に開いた口から色のある高い声が漏れ出た。
  幸音は自分の欲がこんなに凄まじい物だと、はじめて知った。明音の甘い声が熱を高まらせる。明音の乱れる姿が兎に角甘美で、眺めていたい。
  そんな思考が身体を支配して行く──。
  意地悪する様に何度も手を上下に動かしてやる。

「ぁ、んぁ...っ、だめ、いまイったばかり...っ」
「ん、気持ちいい?瀬見川くんかわいいね」
「ゃ、ら...っ、手、ぁっ、止め、ぁっぁっ」

 明音の腕がやんわり胸を押し返してくる。力を入れて押してるつもりだろうが、上手く力が入らないようでただ添えられているだけの様だ。
  静止の声を無視して反応のいい部分を擦ると、耐えきれず幸音の服をギュッと掴んで全身を震わせている。

「ぁっ、ぁ、ん...んぁ...っ、ゃっ」
「っ...」

  明音の声を聞いていると頭がクラクラした。昔に比べて低く男っぽい声が自分の手によって甘く高く上がる。
  八の字に歪んだ眉毛、気持ち良さに閉じかけている瞼。全てが愛しい。

「ゃあ、ぁ、ぁっ」
「はは。瀬見川くんの声えっちで、俺もおかしくなりそう」
「っ俺、普段、こんなんじゃ...ぁっ」
「薬のせいだもんね?」
「...ぁっ、あ!?ぁっ、ぁっ、そこ、ダメッ」

  先端の部分に少し力を込めて擦るとビクンッとまた明音の身体が跳ねる。幸音の服を掴む力が一層強くなる。

「...っ、ぁっ、や、ゃぁ、あ」

  気持ちが良すぎてやだやだと首を横に振って身体を駆け巡る快楽を逃すが、幸音の愛撫はその隙さえ埋めていく。
  喉を痛めるんじゃないかと思うくらい声が勝手に喉を通り出る。こんなの自分じゃない、思えば思うほど幸音の手に翻弄される。

「ゆ、ゆき、ィ、イく、から...ぁ、ァッ、手、弱くし、て」
「痛い?」
「ちが、ぁっぁっ...、ぁっ、おかしく、な、るっ」

  頭の奥が微かにチカチカしている気がする。きっと幸音は止めてはくれない。自分を見る目があの頃とは違う、雄のモノに豹変しているからだ。
  もう、ダメだ。そんな目で見られているというだけで明音の興奮も更に増していく。見てる、見られてる。幸音が自分を見て悦んでいる。そう思うだけでゾワゾワした。

「大丈夫。今日は全部薬のせいでしょ?」
「ぁっ、ぁっ、だ、め」
「ダメじゃない、見せて」

  わざと耳元でそう呟かれた。
  意地悪だ。明音はそう思った。あんなに可愛らしくて純粋そうだったのに、こんな事を言われるなんて。背徳感に苛まれ余計に欲情した。

「ゆき、とも...なんかッ、えっち、ぁっ」
「そりゃあそうだよ。ほら」
「っ...!」

  使ってない方の手で掴んでいた服から右手を剥がされ、幸音の下半身へと誘導される。布越しにだが、下から押し上げている熱いモノを掌に押し当てられて目を丸くした。

「こんなになるくらいには君で興奮してる」
「...!!、っ、それ」
「ん?大丈夫だよ。今日は君だけ」
「で、も...」
「また今度、一緒にね」
「ひぁ...っ、ぁっ」

  同じ男として絶対苦しいはずなのに、その言葉に胸が締め付けられた。施される愛撫は明音の身体を気遣ってのものだ。
  わけがわからないくらい、幸音に愛しさを感じた。好きという気持ちが止めどなく溢れてくる。
  好き、すき、スキ───。

「ゆ、幸音...、好き」
「俺も、好きだよ」
「っ、ぁっ、ぁぁあっ」

  もう少し余裕があると思っていたのに優しい声でそう囁かれて。撫でるような優しい愛撫だったというのに、明音は果てた。服の中で数回に渡り吐き出され、勢いの良い雫は鎖骨の下あたりまで飛び散っていくのがわかった。

「は...、はぁっ...」
「着替探しに行ってあげたいんだけど、あとちょっと我慢しててね」
「っ...?」

  呼吸を整えてる間に汚れたところを丁寧にハンカチで拭かれて、ブカブカなシャツの裾を整えられる。2回も熱を吐き出したおかげか、薬の効果が多少薄れているようだった。
  先程よりは思考回路がまともに戻っていて、身体の尖ってた性感も明らかに収まりを見せている。

「なあ、ここからどうやって帰るつもりなんだ...?」

  余裕が出てきた途端に湧いてきた疑問をジャケットの上着を、再び下半身に被せてくれている幸音に率直に尋ねてみると、少し驚いた顔をした後ニッコリと笑顔を向けられた。

「知り合いの警察官が中で奴らと交戦中だから、それが無事に終われば車を手配して病院に行く予定かな?応援も来てないようだし、優勢だと思うんだけど」
「し、知り合いの警察官?」
「うん。片付いたら中に置いてきたお金も凡そ返ってくる筈だから...。瀬見川くんを買ったって事実はあって無い様なものだし。気にしなくていいからね」
「ん?」
「え...?」

  隣のシートに背中を預けて軽く話をしてくれていた幸音から何やらとんでもないワードが飛んできて、明音の眉間に皺が寄った。明音からしてみればなんとなくではあるが、断片的に記憶が残っている程度。
  お互いに会えた感動と薬の副作用とで、一番説明のいる部分を聞かず話さずに盛り上がってしまっていたのを今更思い出した。
  不味った、と思った時には明音から怪しいものを見る目を向けられていた。

「買った...?」
「うん」
「何を?」
「...君を」
「誰が」
「オレが?」
「い、いくらで...っ!?」
「...あー」

  下手に濁して今後のわだかまりに繋がって欲しくもない。正直に事実を述べるに越したことはないはないか。
  じとっとした目で見つめる明音に向かって、幸音は口を開いた。
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