10億円の思い出の人

momen0212

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後日談

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「お、お邪魔します」

 夏の暑さと蝉たちの大合唱が最高潮の葉月。例の一件からもう3ヶ月が経とうとしていた。

「いらっしゃい。外暑かったでしょ?」

 時計の針が午後3時を指している。
 あの日以来、明音は幸音の家へ頻繁に訪れるようになった。
 明音は緊張した面持ちで部屋の内側へと足を進める。他所の家より大きな作りで、来る度に従者達と話をしないといけないのが未だに慣れないようだ。

 明音を助け出した後は取り調べ等が重なったりと暫くバタバタする日が続いた。
 当然両親からも何事だとお咎めを喰らったが、警察側から長年手の出せなかった組織を壊滅まで追い込めたのは今回の情報があったからだと感謝され、両親達の声は程よく小さくなった。それに加えて全国的に報道されたニュースではこれが発端で芋づる式に麻薬密売に関わっていた組織等が大量に見つかり、そこらに蔓延っていた悪い組織が激減したとまで言われていた。それを目にしたのか、はたまたやる事はしっかりこなす幸音にぐうの音も出なくなったのか、幸音の両親はいつの間にか静かになっていた。

 明音の生活にも僥倖なことがあった。長年施設に馴染めていなかったのだが、本気で心配してくれる存在を知ることができたのだ。入院した病院に駆け付けた施設の職員が、泣きながらに抱き締めてくれたのが明音の心に微かな綻びを与えた。これまで多くの事を偏見で決めつけて生きてきたのだと、明音は自分の視野の狭さを反省した。
 その余裕ができた理由のひとつには、きっと幸音に再会できたことが大きく関係しているだろう。

幸音は出迎えるように扉付近に近づいた。流れるように日に焼けて赤くなった左頬に優しく触れると、くすぐったそうに色の違う瞳が瞼に隠れる。

「平気。暑いのは割と得意な方なんだ」

 緊張と恥ずかしさからか、視線が交わらない。壁か床に明音の視線を取られてしまう。その様子に幸音はやんわりと口角を上げた。

「結構な頻度で家に来ているのに、まだ緊張する?」

 小首を傾げて聞いてやれば、チラリと見上げられてすぐ視線を落とされた。

「...しねぇ方が無理だろっ」

 バツの悪そうな小さい声が聞こえた。更に顔ごと下を向かれてついに表情が伺えなくなった。明音の身長は食が細いせいか、幸音と比べると小さい方だ。顔を地面に向けられてしまうと幸音はいよいよ明音の考えを読み取って上げられなくなる。

「どれに緊張してるのかなあ」

 こういう時は仕方がないので、無理にその顔を覗くことはしない。真っ赤になった耳の軟骨部分に指を滑らせて、優しくなぞった。

「っ...どれって」

 ぴくりと反応を示して、指の動きを制止するように明音の手が幸音の指を引っぺがした。そのまま振り払うことなく、ぎこちない動作で手の甲の指股を通って、明音のゴツゴツした指が絡んできた。喧嘩ばかりしてきたせいだろう、明音の指の皮膚は幸音のものより分厚かった。

「幸音に、会いに来る方が...慣れねぇかも」

 上目遣いでそう言われた。明音との身長差は18センチもある。恐らく明音は必死で視線を合わせているだけだろう。故意に上目遣いをしているわけではない。たまたまそう見えてしまうだけなのだ。
 ギュッと掌を握りしめられ心臓が跳ねる。外の気温のせいか体温が高い。

「どうして?」

 1週間半前にもこの部屋に明音は訪れていたのに、今日が待ち遠しくて堪らなかった。可愛い反応を見せる目の前の彼に幸音の悪戯心が疼きだした。
 
「出迎えは嬉しい。けど、その...毎度距離が近すぎるんだよっ」

 明音に再会するまでの幸音は、自分の事を欲がない人種だと考えていた。実の所それは大きな勘違いで、執着心というものが明音にだけ存在していただけだったらしい。
 自分でも己の欲深さに嘲笑する。今日だって普通に過ごすつもりで出迎えた筈なのにこの調子だ。自然と明音との距離が縮まって、ジリジリと逃げる明音を逃すまいと壁まで追い込む構図が出来上がっている。

「それこそ慣れて貰わないと。てっきり入口での挨拶に緊張してるんだとばかり」
「今日は木吉きよしさんだったからそこにはあんまり...」

 木吉とは幸音のお目付け役の男性だ。明音との関係を個人的には良好な関係だと理解してくれており、こうやって明音が訪れる時はなるべく出迎えるようにしているらしい。その為か明音は木吉に懐いているようだ。
 幼い頃からの恩が幸音にもある。人として一目置ける部分が備わっている相手だからこそ、明音がすんなり懐くのも納得がいく。

「(さすが木吉さんだなぁ)」

 けれど、面白くはなかった。ニコニコと笑顔を貼り付けているが幸音の心は嫉妬していた。弟から大切にしていた玩具を取られた時でもこんな気持ちにはならなかったというのに。

「(独占欲ってこんな感じなんだな。こんなに余裕がないのも、やっぱりまだ最後まで出来てないからなのか...)」

 些細なことでも嫉妬に苛まれている自覚はしている。我ながら小さいと感じている部分すぎてわざわざ表には出してはいない。
 しかしあまりにもその機会が多いせいで、ふと考える。明音との関係で残してしまっている最後の一歩を進めさえすれば、この不満も解消するのではないかと。

 実はこの2人、まだ最後まで致すことが出来ていない。理由は様々であるが、一番を占めているのは明音への負担だ。使用する場所も相まっていつもしている戯れの先を望んでいると本人に伝えられずにいる。
 身体が目的だと思われたくもなくて3ヶ月も言い出せずに今日を迎えていた。けれど幸音も男だ。そろそろ頃合いではないか、頭の中で天秤がグラグラと揺れる。言ってしまえばお互いにもっと落ち着く所があるはずだ、と。
 絡んでいた手を引き寄せて、明音の手の甲に口付けを落とした。

「じゃあ俺にも早く慣れてほしい」
「...っ!」

 予想していなかったその行動に明音の顔は真っ赤に染まった。ちゅ、と厚い皮で覆われた骨に幸音の形のいい唇が触れた。その面の良さも相まって全身が熱くなるのを感じた。

「ばか!汚ぇって...っ」
「ねえ、明音くん」
「...なに、」

 初心な反応も勿論好きなのだが、ずっとこのままの関係で居続けるメリットはないだろう。嫉妬をする自分ともおさらばだ。幸音は覚悟を決めて口を開いた。

「ずっと伝えたかったんだけど、........................いつもしてるコトの先があるって知ってた?」
「先?」
「うん」

 真剣な眼差しを向けて、ギュッと明音の手を握りしめた。開かれた瞳が忙しなく揺らいでいる。言葉の意味を読み込んでいるのだろう。

「男同士でもセックスできるんだよ」
「はっ!?」

 ボワッと音が聞こえそうな程に明音は赤面した。色の違う双眼が見開かれる。

「なんだよいきなり!」
「俺は明音くんと最後まですることを望んでるって、ちゃんと伝えておくべきだと思って」
「なんで急にそんな、」
「もちろん、今日の話じゃない。この先いつかその時がきたらでいいんだ」

 手を解いて逃げ出しそうな明音を更に壁へと追い詰める。華奢な身体つきからは想像出来ないほどに強い力で押し返される。両手を壁に縫うようにして押さえつけた。

「明音くんの心の準備が出来たら俺を受け入れて欲しいって話で...本当はこういうの、こんな風に言うものじゃないんだろうけど...上手く伝えられなくて、ごめんね」

 口に出すと、とんでもない羞恥心と居た堪れない感情が幸音を襲った。これは所謂カッコ悪いに分類されるのではないだろうか。オブラートにも包まずに吐露した言葉に珍しく血液がザワザワと顔に集まって行くのが感じ取れた。

「ごめん、ほんとに...。余裕なくてかっこ悪いね俺」

 覚悟して放った筈なのに思わぬ打撃に、押さえつけていた両手を解放して自分の額に手を添えた。短くため息を吐く。明音の反応を見るのが怖いと感じた。

「(どストレート過ぎだ俺の馬鹿野郎...)」

 これじゃあどちらが初心なのか分かったもんじゃない。オブラートを2、3枚ほど重ねてやるつもりだったのに、まるでがっついているような言い回しに違う意味で穴があったら入りたい気持ちになった。

「............飲み物取ってくるね」

 返事を待つのが怖くなって、明音から距離を取ろうとした。

「幸音ッ」

 明音は逃げようとした幸音のTシャツの裾を咄嗟に掴んで阻止をした。踏み出した足を進めずに元の位置に戻す。

 「あのさっ!そういうの...、なんていうか俺があんま詳しくねぇから、多分だけどずっと困らせてたんだよな...?わりぃ。気付けなくて、ごめんっ」
 「明音くんは悪くないんだよ」
「っ、じゃあ幸音も悪くねぇじゃん!!どこ使うとか知らねぇけど男同士でも出来るなら、幸音が俺でいいっていうなら...その、.........しよう、せ...せっくす」

 エアコンの温度は適温だというのに、部屋が暑い。そう感じるほど二人して湯気が出そうなくらいに赤面し合った。幸音の脳内では明音が小さく発した「せっくす」という言葉がやまびこしていた。

「明音くんでいいじゃなくて、明音くんがいいんだよ。他の人にはこんな気持ちにならない」
「...俺が出来ることは頑張るつもりだし、遠慮なく言ってくれ」
「ははっ.........明音くん、めっちゃ男前だね」

 恥ずかしいだろうに必死に自分を思って言ってくれたであろう言葉が、ここ数年で一番嬉しいと幸音は貰ったばかりの単語を噛み締めていた。
 明音に向き直るとその身体を抱き寄せた。

「ありがとう、すごく嬉しい」

 数秒胸に閉じ込め頬に手を添えて顔を上げさせた。少し涙目になったオッドアイがたまに外されながらも力強くこちらを見返してくる。愛しくて堪らず唇に触れるだけのキスを落とす。

「だけど、色々と準備があるから今日はゆっくり過ごそうね」
「お、おう」
「あ、でも.........。気持ちいいコトも後でしてもいい?」
「...っ、............あとででいいのかよ」
「...............待てないかも」

 挑戦的に口角が上がった唇を噛み付くように、深く深く塞いだ。

  

 
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