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番外編
2 ずいぶんな型落ち品を買っちまったなあ
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「お、電源入ったな」
ゆっくり目を開くと、そんな声が聞こえました。
声の主は見知らぬ男性でした。
現在の時刻を確認すると、最後に電源を落とされてから一年近くもの月日が過ぎていることがわかりました。
位置情報も、最後の記録から大きく離れています。電源を落とされたときには広い屋敷にいましたが、今はどうやら小さなアパートの中にいるようでした。
ユーザー登録も書き換えられており、私は三十歳の男性の所有物となっておりました。実質上、私にとって二番目の主人です。
目の前にいるこの男性が新しい主人なのでしょう。
不健康、というのが彼の第一印象でした。
いかにも血色の悪い肌と、手入れのされていない無精ひげ。そして、艶を失った髪。どうにも清潔感がありません。
体つきも細く、日々の栄養が足りていないことは一目瞭然です。運動の習慣があるようにも見えませんでした。
家の中は散らかっており、掃除もされていない様子でした。
すっかり着古して伸びきった服装からも、彼がだらしない人物であろうことは容易に推測できました。
しかし、相手がどんな人間であろうと、こちらが敬意をもって接するべき相手であることに変わりはありません。
「はじめまして、ご主人様。本日からこちらの家で執事として勤めさせていただきます。よろしくお願い申し上げます」
そう申し上げて丁寧に頭を下げると、相手は充血した目でぎょろりとこちらを見て、なにやらブツブツと独り言を呟いていました。
「執事かぁ。うーん。そうだよな、うん……」
「なにか気になる点がございましたか?」
「せめてメイド型アンドロイドが欲しかったなって」
その言葉を聞いてデータを確認すると、自分がネットショップで売られていたことがわかりました。それも、型落ち品のためかなかなか買い手がつかず、何度も値下げされた末に出店期間が残りあと数日というときになって、ようやく売却されたようでした。
しかし、目の前にいるこの男性の話によると、彼が本当に購入したかった商品は私ではないようでした。
「ご注文とは違う商品が届いたということでしょうか?」
確認のためお尋ねすると、相手はがりがりと頭をかきました。
「そもそも酔ってて覚えてねぇんだわ」
「では、返品の手続きをなさいますか?」
「おお? そういうこともできんのか」
「ええ」
私は頷いてみせました。
もちろん、本来であれば購入者都合の返品は認められないでしょう。
しかし、例外がございます。
私に瑕疵、つまり商品上の欠陥があることが認められれば、ショップは返品に応じるはずです。
実のところ、瑕疵でしたら私の身体のいたるところにあるのです。
左手の5本指のうち3本は関節が破損していてうまく動きませんし、脚の関節やわき腹のあたりも同様です。
破損個所の多くは内部のため、肌の表面を覆う特殊シリコンや服や白手袋に隠れて外観からはほとんど確認できませんが、メンテナンスを受ければ惨状が明らかになるはずです。
しかし、もし返品されたなら私は廃棄処分となるか、あるいは元のユーザーのもとへ戻されるかもしれません。
目の前にいる新しいユーザーがどのようなお方なのかはまだよくわかりませんが、それでも前の家へ戻されるよりはいいのではないかと思えました。
「それで、なにができるんだっけ?」
ふいに問われ、私は思いつく限りの機能を申し上げました。
「スケジュール管理機能がございます。プライベートのご予定、お仕事のご予定など、口頭でおっしゃっていただければスケジュールとして登録し、お時間が近付けばお知らせいたします。その応用として、起床時間や就寝時間にお声をかけることもできます。また、調べものもお任せください。天気や最新のニュース、テレビ番組や映画の上映時間、近隣のお店や道案内、イベントやセールスの情報、レシピや暮らしに役立つ知識、本や雑誌の発売日、難しい言葉の意味などもお調べすることができます」
以前のユーザーの元では、そういった機能を活用する機会がまったくございませんでした。私よりも高性能な二体のアンドロイドがそれらの仕事を充分にこなしていたからです。
「料理とか掃除とか買い物は? あと、運転とか……」
「たいへん申し訳ございません。そういった複雑な動作はできません」
「ふぅん。ずいぶんな型落ち品を買っちまったなあ」
そのお言葉に、私はうまく返すことができませんでした。
まさしく彼のおっしゃる通り、私は型落ち品のアンドロイドです。最新型の機種と比べると、できることは限られております。
「他には、なにができるんだ?」
「コーヒーをお淹れすることができます」
絶望にも似た気持ちで、私は答えました。
この機体がまだ最新型だった頃は、コーヒーを淹れることのできるアンドロイドというのがセールス文句でした。ですが、この機能もやはり以前のユーザーのもとでは活用する機会がございませんでした。
きっと今度の主人も、わざわざアンドロイドにコーヒーを淹れさせようなどとはお考えにならないでしょう。
しかし、予想に反して彼はおっしゃいました。
「じゃあ、今から淹れてくれ。それで返品するかどうか決めるから」
ゆっくり目を開くと、そんな声が聞こえました。
声の主は見知らぬ男性でした。
現在の時刻を確認すると、最後に電源を落とされてから一年近くもの月日が過ぎていることがわかりました。
位置情報も、最後の記録から大きく離れています。電源を落とされたときには広い屋敷にいましたが、今はどうやら小さなアパートの中にいるようでした。
ユーザー登録も書き換えられており、私は三十歳の男性の所有物となっておりました。実質上、私にとって二番目の主人です。
目の前にいるこの男性が新しい主人なのでしょう。
不健康、というのが彼の第一印象でした。
いかにも血色の悪い肌と、手入れのされていない無精ひげ。そして、艶を失った髪。どうにも清潔感がありません。
体つきも細く、日々の栄養が足りていないことは一目瞭然です。運動の習慣があるようにも見えませんでした。
家の中は散らかっており、掃除もされていない様子でした。
すっかり着古して伸びきった服装からも、彼がだらしない人物であろうことは容易に推測できました。
しかし、相手がどんな人間であろうと、こちらが敬意をもって接するべき相手であることに変わりはありません。
「はじめまして、ご主人様。本日からこちらの家で執事として勤めさせていただきます。よろしくお願い申し上げます」
そう申し上げて丁寧に頭を下げると、相手は充血した目でぎょろりとこちらを見て、なにやらブツブツと独り言を呟いていました。
「執事かぁ。うーん。そうだよな、うん……」
「なにか気になる点がございましたか?」
「せめてメイド型アンドロイドが欲しかったなって」
その言葉を聞いてデータを確認すると、自分がネットショップで売られていたことがわかりました。それも、型落ち品のためかなかなか買い手がつかず、何度も値下げされた末に出店期間が残りあと数日というときになって、ようやく売却されたようでした。
しかし、目の前にいるこの男性の話によると、彼が本当に購入したかった商品は私ではないようでした。
「ご注文とは違う商品が届いたということでしょうか?」
確認のためお尋ねすると、相手はがりがりと頭をかきました。
「そもそも酔ってて覚えてねぇんだわ」
「では、返品の手続きをなさいますか?」
「おお? そういうこともできんのか」
「ええ」
私は頷いてみせました。
もちろん、本来であれば購入者都合の返品は認められないでしょう。
しかし、例外がございます。
私に瑕疵、つまり商品上の欠陥があることが認められれば、ショップは返品に応じるはずです。
実のところ、瑕疵でしたら私の身体のいたるところにあるのです。
左手の5本指のうち3本は関節が破損していてうまく動きませんし、脚の関節やわき腹のあたりも同様です。
破損個所の多くは内部のため、肌の表面を覆う特殊シリコンや服や白手袋に隠れて外観からはほとんど確認できませんが、メンテナンスを受ければ惨状が明らかになるはずです。
しかし、もし返品されたなら私は廃棄処分となるか、あるいは元のユーザーのもとへ戻されるかもしれません。
目の前にいる新しいユーザーがどのようなお方なのかはまだよくわかりませんが、それでも前の家へ戻されるよりはいいのではないかと思えました。
「それで、なにができるんだっけ?」
ふいに問われ、私は思いつく限りの機能を申し上げました。
「スケジュール管理機能がございます。プライベートのご予定、お仕事のご予定など、口頭でおっしゃっていただければスケジュールとして登録し、お時間が近付けばお知らせいたします。その応用として、起床時間や就寝時間にお声をかけることもできます。また、調べものもお任せください。天気や最新のニュース、テレビ番組や映画の上映時間、近隣のお店や道案内、イベントやセールスの情報、レシピや暮らしに役立つ知識、本や雑誌の発売日、難しい言葉の意味などもお調べすることができます」
以前のユーザーの元では、そういった機能を活用する機会がまったくございませんでした。私よりも高性能な二体のアンドロイドがそれらの仕事を充分にこなしていたからです。
「料理とか掃除とか買い物は? あと、運転とか……」
「たいへん申し訳ございません。そういった複雑な動作はできません」
「ふぅん。ずいぶんな型落ち品を買っちまったなあ」
そのお言葉に、私はうまく返すことができませんでした。
まさしく彼のおっしゃる通り、私は型落ち品のアンドロイドです。最新型の機種と比べると、できることは限られております。
「他には、なにができるんだ?」
「コーヒーをお淹れすることができます」
絶望にも似た気持ちで、私は答えました。
この機体がまだ最新型だった頃は、コーヒーを淹れることのできるアンドロイドというのがセールス文句でした。ですが、この機能もやはり以前のユーザーのもとでは活用する機会がございませんでした。
きっと今度の主人も、わざわざアンドロイドにコーヒーを淹れさせようなどとはお考えにならないでしょう。
しかし、予想に反して彼はおっしゃいました。
「じゃあ、今から淹れてくれ。それで返品するかどうか決めるから」
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