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良縁
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ガタンゴトン、と電車に揺られる。行きの電車は空いていて座るところは沢山あった。
「……まだお金について気にしてる?」
窓の曇り空を眺めていた真斗が問いかけてくる。私は素直にうなずく。気にしないはずがない。
「だってウチはお金持ちだからさ。……燈寿だから当然っちゃ当然なんだけど。苦労して稼いだお金だけどそれ以上に知名度があるから稼げるわけだし。真斗に気軽にああいう質問しちゃってごめんって思って」
ぶっちゃけた話うちは本当に大金持ちだ。だから心配してしまう。幼馴染だろうが腐れ縁だろうがなんだろうが、昔から独りぼっちな彼がどうやって一軒家を維持しているのか。
そう思うなら彼の両親も両親だろう、一度も見たことが無いけれど、逆にここまで一度も見たことが無いのもなんだか悲しみを通り越して怒りが浮かんでくる。
「大丈夫、うちは両親がお金を送ってくれて……」
「悲しくないの?」
その言葉に対して反射的に返してしまう。
「え?」
「だって真斗の両親と私、一度も顔を合わせたことがないのよ?ここ十年以上、一度も見たことがないのよ?
……一度ぐらい見ていてもおかしくないのに。帰ってきてないのでしょう?」
電車はガラガラで、周りに人がいなかった。だから聞いてしまう。つい、話しかけてしまう。
「私だったらおじいちゃんやおばあちゃん、お母さんやお父さんが10年以上いなかったら……きっと、幼馴染に甘え切っているわ。だって、考えるだけで寂しいもの。育ててくれる人がいないなんて」
「そう……かもしれない。自分は珊瑚の家の人に育てられたも同然だからね」
そう言う目は全然悲しそうでなくて。むしろ私の家に育てられたから幸せとまで言っているようで。
本当に、変な奴。そう思わざるを得なかった。
目的地の駅に到着すると、真斗がスマホでマップを開きながら案内してくれる。
「ここを右に行って、後は道なりにまっすぐみたいだね」
「……」
別に方向音痴なわけではない。けれど、彼に合わせる顔がなくて、つい案内役を任せてしまった。
「珊瑚。これから依頼の人に会うのだから悲しい顔はやめないと」
「……そう、そうよね!今の私は『燈寿』なんだから!」
「……」
何故か、燈寿という言葉を聞いて顔を無理やり笑顔にした私を真斗は少し悲しそうに見ていた。
「どうしたのよ、アンタが悲しい顔はやめろっていうからやめたのに」
「……なんでもない。なんでもないんだ……」
妙に調子が狂う、と思いながら依頼人の家のピンポンを鳴らす。
『はい。どちら様でしょうか』
「依頼を受けた燈寿家の娘、珊瑚です」
それを聞くと中でバタバタっと音がして、玄関が開いた。
「いらっしゃいませ、燈寿様!……おや、横のお方は?」
真斗の事だろう。生憎燈寿家に男子は産まれなかったので、真実をオブラートに包む。
「ボディガードのようなものです。燈寿家の娘が一人で出歩く、となればどのような事態が起きるか分かりませんので……」
「なるほどなるほど!そうでしたか、ささ、御二方ともお入りください」
新築の家に上げてもらう。真斗も礼儀正しく靴を脱いで床に立つと、ピクっと眉を動かした。
(……?どうかしたのかしら)
少し嫌な予感がしながらも、相談相手と書かれた人に会うべくリビングへと行った。
「遠くまですみません、燈寿様。実はお腹の中の事でして……」
そこには膨らんだ腹を摩る女性……つまり、妊婦さんがいた。
「新築で暮らしていたのですが、医者から中の子に問題があるかもしれないと言われまして。それで依頼させてもらった次第です」
なるほど、状況は理解した。
しかし傍で妙に落ち着かない真斗が気になる。何かあるのだろうか。
とりあえず質問をいつものように幾つかする。
医者にはなんと言われたのか、妊娠が発覚してから何ヶ月か、ココ最近の生活はどうか。
全て丁寧に答えてもらってから、手を差し出す。
「ありがとうございます。では、最後に手を握って目を見つめて貰えますか」
「はい」
私と手を握って、目を見つめる。
(……っ!)
結果、見えたのは『死産』。つまり、産まれて来ないということである。
しかし原因が分からない。確かに医者の言う通り少し成長が遅いが、生活は至って健康そのもので胎児に影響は無いはずだ。
結果は結果。伝えるしかない。
「……結果を申しますと、『死産』……。その子は、産まれてくることは、ありません……」
その言葉に若い妊婦さんは泣き出し、男性は慌てて問い詰めてくる。
「ど、どうにかならないんですか!?」
「……すみません。私が出来るのは占い。あくまでも、相性や先を見ることでそれを変える事は……出来ません……」
そんな、そんなと咽び泣く男性を見ながらギュッと胸の部分を掴んだ。
(……無力だ、私は……何も出来ない……!)
そう思った。この子は死産。それが燈寿珊瑚が見た未来だった。
燈寿家の占いは絶対であり、覆ることの無い予言。だからこそ、真実を伝える残酷さが虚しく感じる。
私も影響されて泣きそうになると、ふと横にいる真斗が声を出した。
「……自分も少しいいですか、旦那さん」
「は、はい……」
何時にもなく真剣な声の真斗が、問いかけた。
「この家、何年前に建てました?」
「五年前、です……」
「……その前の土地については?慣らされた、普通の土地でしたか?」
「は、はい。駅からは少し遠いですが、自然が近くて……ここにしようと……妻と決めて……」
何を言っているのだろう、そう思った時真斗は驚愕の発言をした。
「すみません、台所の下。土地を見させて貰っていいですか?」
「え、あ、はい……」
土地を見て何になるのだろう。私も地面を見るまでそう思っていた。
「……っ!?」
土地を見れば分かる。この土地は、何かに『呪われている』。
「……やっぱり。珊瑚も分かった?」
真斗に問いかけられて頷くと、どういう事だという顔の男性に言う。
「……この土地は、呪われています。何かは分かりません。燈寿の力で払えるか、と言われると既に上に家が経っているので厳しいです」
「の、呪われ……!?そんな、そんな……」
真斗が恐らくソワソワしていたのはそれなのだろう。第六感か何かが、私にも分からない土地の呪いを見出した。
そんな時、真斗が言った。
「……奥さん、旦那さん。貴方は『燈寿家の土地神様』を信じますか?」
「……え?」
「燈寿家には土地神様がいる。その伝承を、信じますか?」
そう問いかけると、夫婦揃って頷いた。
「勿論です!昔から、燈寿様の所には神様がおわすと……」
「ええ、何度も何度も祈りましたもの……」
そして最後に私に振り返った。
「……珊瑚。君は?」
「……え?」
「信じるかい?土地神様が自分の家にいるって」
その問いかけは、重かった。
私は先代みたいに家の中でも完璧じゃなくて、外だけ取り繕って。正直神様が見限っても仕方ないと思っている。
けれど。いるか、いないか。その二択で問いかけられて信じるとすれば。
「……います。燈寿家には、太古より土地神様がついておられます」
そう言うと、にこやかに笑って真斗は言った。
「……その信仰心。努々忘れるな。我はいつも、愛しき民を見守る者である」
「……えっ?」
そう言うと、真斗は地面に手を当てて、ふっ!と声を上げて押し込んだ。
何をしたのか分からない。ただ、押し込んだ。それだけなのに。
悪い気が、飛んだ
「……確かに。燈寿の力ではこの呪いは払えまい。だが別の……信仰心による力ならば違う。もう一度、手を握り、目を見ると良い」
それを言われて、慌てて奥さんの手を握って目を見る。
私が見た未来は、赤ん坊が元気にこの家で仲睦まじく家族と暮らす未来だった。
「……あ、ああ……!産まれます、その子は……産まれます……!」
その言葉に先程まで泣いていた奥さんが顔を上げた。
「ほ、本当に……?」
「本当です……!」
そうか、やっと分かった。
彼が家族の事をよく知っている理由。彼の家族と会ったことがない訳。不幸にしてしまう、と断っていた全てが。
「……土地神、様……!」
そう言われて、真斗はにこやかに笑った。
「悪い気も祓われた。この住まいを大切にすると良い。……それが、自分からのお願いだ」
帰りの電車を降りて、家に向かう途中。彼は色々話してくれた。
「……ごめんね。今まで騙すような事して」
「その、真斗……様……」
よく分からない。私自身、理解が追いつかない。
「……そ、自分は燈寿家を見守ってきた土地神そのものだよ。
両親が姿を見せないのは、そもそも居ないから。
お金はあるんじゃない。逆なんだ。あの家には信仰心を綺麗な宝珠として生み出す機能がある。それをただ質屋に売ってただけだよ。
……昼ごはんの時、寂しくないのかって聞いたよね。寂しいわけがない。だってこうやって、自分の見守ってきた燈寿の家系が穏やかに続いているんだから」
「……っ!」
彼は敬うべき存在だ。燈寿家の皆が知れば、家族はおろか、その恩恵に授かってきた人々は真斗に頭など上がらないだろう。
でも、真斗はそのまま続けた。
「でもさ、珊瑚。なんで今になって土地神が現れたのか。気にならない?」
「えっ……?」
その言葉に振り向く。
「土地神様なら最初から自分が土地神と言えばいい。それは珊瑚の先代だって、先々代だって。いつでも良かったはずだ」
「……言われれば」
思えば、神託も何も無かった。ただ、燈寿に土地神様がいるとだけ伝わっていた。
「でも自分は人間として、真斗として近づいた。……なぜだか分かるかい?」
「……なんで、ですか」
その問いに返って来たのは、驚きの言葉だった。
「昔からね。燈寿はこうあるべき、こうするべきという人はいた。それは私生活も律する人も多かった。
けどね。珊瑚、君は違った。永く永く見守ってきた中で、君が初めて、『普通の人間の感性』を持った燈寿の子だったんだ。
お金が欲しい?そんなの当然だ。人間誰もお金を欲しがる。それは燈寿だって誰だって関係ない。
家では猫を被らない?それでいいんだ。家でまで自分を律する必要はない。
永い時を得て、自分は初めて『人』として触れ合いたかった。燈寿家ではない。珊瑚、君と」
それは、今までの私が全て肯定されていて。同時に、ようやく分かった。
珊瑚、珊瑚、珊瑚。燈寿ではなく『珊瑚』として見ているのは、家族を除けば彼だけだったのだ。
だから誰にも取られたくなかった。彼女を作らないで欲しかった。
「これは土地神ではなく、真斗としての告白だ。
珊瑚、燈寿に生まれても人間らしい君がずっと好きだった。腐れ縁だって言いながら、自分を叩き起してくれる君が好きだった。……素の君が、ずっと好きだった。どうか、土地神とかじゃなくて夜摩真斗として、恋人になって欲しい」
それは言われたくて、ずっと望んでいた言葉で。
だから私は返した。嬉しくて、涙を流しながら。
「こちらこそ、お願いします……っ!」
後日。朝六時に燈寿家で朝ごはんを食べる真斗の姿があった。
「いや、珊瑚料理上手いな。初めて食った気がする」
「お母さん仕込みの朝ごはんよ?どう?参ったらこの後二度寝しないで学校来てもらえる?」
「それは保証しかねる」
「寝ないのこのバカ真斗!」
そう言いながら横で食べる。
あの日から、私たちは恋人になった。学校でも噂になったけれど、燈寿が認めたなら……と言う人ばかりだった。
それに不貞腐れながら『皆珊瑚の事は見ないのかよ』と真斗が言うものだから、笑ってしまった。
「だって皆燈寿って所しか見てないじゃんか」
「いいのよ。珊瑚を見てくれる、最愛の恋人がここに居るんだもの」
そう返すと照れくさそうに頭を掻きながら、ぎゅっと抱きしめられた。
天気予報の時間になり、一応見ながらご飯を食べる。
どうやら昼から夕方にかけて雨になるらしい、が。
「これは晴れね」
「ああ、午後は晴れるな」
母が首を傾げながら、真斗君も分かるの?と言う。
何となくですよ、と笑う彼に微笑みを向ける。
私が分かって、彼が分からないはずがない。
でも、そんなの関係ない。
私は土地神様に『人として愛された』、初めての人間。
土地神様である真斗は、『人として愛したかった』初めての人間。
それだけで、私たちは満足だった。
「ご馳走様。腹一杯になったから寝ていいか?」
「ダメに決まってんでしょ。……ん、そこの座布団なら良いわよ」
キョトンとしながらも彼は見て笑った。
私の立った座布団に頭を乗せてスヤスヤと寝息を立て始める。
本当に寝るのが早いんだからと思いつつ、そんな彼が愛おしい。
願わくば、この関係が長く続きますように。そう思った。
「……まだお金について気にしてる?」
窓の曇り空を眺めていた真斗が問いかけてくる。私は素直にうなずく。気にしないはずがない。
「だってウチはお金持ちだからさ。……燈寿だから当然っちゃ当然なんだけど。苦労して稼いだお金だけどそれ以上に知名度があるから稼げるわけだし。真斗に気軽にああいう質問しちゃってごめんって思って」
ぶっちゃけた話うちは本当に大金持ちだ。だから心配してしまう。幼馴染だろうが腐れ縁だろうがなんだろうが、昔から独りぼっちな彼がどうやって一軒家を維持しているのか。
そう思うなら彼の両親も両親だろう、一度も見たことが無いけれど、逆にここまで一度も見たことが無いのもなんだか悲しみを通り越して怒りが浮かんでくる。
「大丈夫、うちは両親がお金を送ってくれて……」
「悲しくないの?」
その言葉に対して反射的に返してしまう。
「え?」
「だって真斗の両親と私、一度も顔を合わせたことがないのよ?ここ十年以上、一度も見たことがないのよ?
……一度ぐらい見ていてもおかしくないのに。帰ってきてないのでしょう?」
電車はガラガラで、周りに人がいなかった。だから聞いてしまう。つい、話しかけてしまう。
「私だったらおじいちゃんやおばあちゃん、お母さんやお父さんが10年以上いなかったら……きっと、幼馴染に甘え切っているわ。だって、考えるだけで寂しいもの。育ててくれる人がいないなんて」
「そう……かもしれない。自分は珊瑚の家の人に育てられたも同然だからね」
そう言う目は全然悲しそうでなくて。むしろ私の家に育てられたから幸せとまで言っているようで。
本当に、変な奴。そう思わざるを得なかった。
目的地の駅に到着すると、真斗がスマホでマップを開きながら案内してくれる。
「ここを右に行って、後は道なりにまっすぐみたいだね」
「……」
別に方向音痴なわけではない。けれど、彼に合わせる顔がなくて、つい案内役を任せてしまった。
「珊瑚。これから依頼の人に会うのだから悲しい顔はやめないと」
「……そう、そうよね!今の私は『燈寿』なんだから!」
「……」
何故か、燈寿という言葉を聞いて顔を無理やり笑顔にした私を真斗は少し悲しそうに見ていた。
「どうしたのよ、アンタが悲しい顔はやめろっていうからやめたのに」
「……なんでもない。なんでもないんだ……」
妙に調子が狂う、と思いながら依頼人の家のピンポンを鳴らす。
『はい。どちら様でしょうか』
「依頼を受けた燈寿家の娘、珊瑚です」
それを聞くと中でバタバタっと音がして、玄関が開いた。
「いらっしゃいませ、燈寿様!……おや、横のお方は?」
真斗の事だろう。生憎燈寿家に男子は産まれなかったので、真実をオブラートに包む。
「ボディガードのようなものです。燈寿家の娘が一人で出歩く、となればどのような事態が起きるか分かりませんので……」
「なるほどなるほど!そうでしたか、ささ、御二方ともお入りください」
新築の家に上げてもらう。真斗も礼儀正しく靴を脱いで床に立つと、ピクっと眉を動かした。
(……?どうかしたのかしら)
少し嫌な予感がしながらも、相談相手と書かれた人に会うべくリビングへと行った。
「遠くまですみません、燈寿様。実はお腹の中の事でして……」
そこには膨らんだ腹を摩る女性……つまり、妊婦さんがいた。
「新築で暮らしていたのですが、医者から中の子に問題があるかもしれないと言われまして。それで依頼させてもらった次第です」
なるほど、状況は理解した。
しかし傍で妙に落ち着かない真斗が気になる。何かあるのだろうか。
とりあえず質問をいつものように幾つかする。
医者にはなんと言われたのか、妊娠が発覚してから何ヶ月か、ココ最近の生活はどうか。
全て丁寧に答えてもらってから、手を差し出す。
「ありがとうございます。では、最後に手を握って目を見つめて貰えますか」
「はい」
私と手を握って、目を見つめる。
(……っ!)
結果、見えたのは『死産』。つまり、産まれて来ないということである。
しかし原因が分からない。確かに医者の言う通り少し成長が遅いが、生活は至って健康そのもので胎児に影響は無いはずだ。
結果は結果。伝えるしかない。
「……結果を申しますと、『死産』……。その子は、産まれてくることは、ありません……」
その言葉に若い妊婦さんは泣き出し、男性は慌てて問い詰めてくる。
「ど、どうにかならないんですか!?」
「……すみません。私が出来るのは占い。あくまでも、相性や先を見ることでそれを変える事は……出来ません……」
そんな、そんなと咽び泣く男性を見ながらギュッと胸の部分を掴んだ。
(……無力だ、私は……何も出来ない……!)
そう思った。この子は死産。それが燈寿珊瑚が見た未来だった。
燈寿家の占いは絶対であり、覆ることの無い予言。だからこそ、真実を伝える残酷さが虚しく感じる。
私も影響されて泣きそうになると、ふと横にいる真斗が声を出した。
「……自分も少しいいですか、旦那さん」
「は、はい……」
何時にもなく真剣な声の真斗が、問いかけた。
「この家、何年前に建てました?」
「五年前、です……」
「……その前の土地については?慣らされた、普通の土地でしたか?」
「は、はい。駅からは少し遠いですが、自然が近くて……ここにしようと……妻と決めて……」
何を言っているのだろう、そう思った時真斗は驚愕の発言をした。
「すみません、台所の下。土地を見させて貰っていいですか?」
「え、あ、はい……」
土地を見て何になるのだろう。私も地面を見るまでそう思っていた。
「……っ!?」
土地を見れば分かる。この土地は、何かに『呪われている』。
「……やっぱり。珊瑚も分かった?」
真斗に問いかけられて頷くと、どういう事だという顔の男性に言う。
「……この土地は、呪われています。何かは分かりません。燈寿の力で払えるか、と言われると既に上に家が経っているので厳しいです」
「の、呪われ……!?そんな、そんな……」
真斗が恐らくソワソワしていたのはそれなのだろう。第六感か何かが、私にも分からない土地の呪いを見出した。
そんな時、真斗が言った。
「……奥さん、旦那さん。貴方は『燈寿家の土地神様』を信じますか?」
「……え?」
「燈寿家には土地神様がいる。その伝承を、信じますか?」
そう問いかけると、夫婦揃って頷いた。
「勿論です!昔から、燈寿様の所には神様がおわすと……」
「ええ、何度も何度も祈りましたもの……」
そして最後に私に振り返った。
「……珊瑚。君は?」
「……え?」
「信じるかい?土地神様が自分の家にいるって」
その問いかけは、重かった。
私は先代みたいに家の中でも完璧じゃなくて、外だけ取り繕って。正直神様が見限っても仕方ないと思っている。
けれど。いるか、いないか。その二択で問いかけられて信じるとすれば。
「……います。燈寿家には、太古より土地神様がついておられます」
そう言うと、にこやかに笑って真斗は言った。
「……その信仰心。努々忘れるな。我はいつも、愛しき民を見守る者である」
「……えっ?」
そう言うと、真斗は地面に手を当てて、ふっ!と声を上げて押し込んだ。
何をしたのか分からない。ただ、押し込んだ。それだけなのに。
悪い気が、飛んだ
「……確かに。燈寿の力ではこの呪いは払えまい。だが別の……信仰心による力ならば違う。もう一度、手を握り、目を見ると良い」
それを言われて、慌てて奥さんの手を握って目を見る。
私が見た未来は、赤ん坊が元気にこの家で仲睦まじく家族と暮らす未来だった。
「……あ、ああ……!産まれます、その子は……産まれます……!」
その言葉に先程まで泣いていた奥さんが顔を上げた。
「ほ、本当に……?」
「本当です……!」
そうか、やっと分かった。
彼が家族の事をよく知っている理由。彼の家族と会ったことがない訳。不幸にしてしまう、と断っていた全てが。
「……土地神、様……!」
そう言われて、真斗はにこやかに笑った。
「悪い気も祓われた。この住まいを大切にすると良い。……それが、自分からのお願いだ」
帰りの電車を降りて、家に向かう途中。彼は色々話してくれた。
「……ごめんね。今まで騙すような事して」
「その、真斗……様……」
よく分からない。私自身、理解が追いつかない。
「……そ、自分は燈寿家を見守ってきた土地神そのものだよ。
両親が姿を見せないのは、そもそも居ないから。
お金はあるんじゃない。逆なんだ。あの家には信仰心を綺麗な宝珠として生み出す機能がある。それをただ質屋に売ってただけだよ。
……昼ごはんの時、寂しくないのかって聞いたよね。寂しいわけがない。だってこうやって、自分の見守ってきた燈寿の家系が穏やかに続いているんだから」
「……っ!」
彼は敬うべき存在だ。燈寿家の皆が知れば、家族はおろか、その恩恵に授かってきた人々は真斗に頭など上がらないだろう。
でも、真斗はそのまま続けた。
「でもさ、珊瑚。なんで今になって土地神が現れたのか。気にならない?」
「えっ……?」
その言葉に振り向く。
「土地神様なら最初から自分が土地神と言えばいい。それは珊瑚の先代だって、先々代だって。いつでも良かったはずだ」
「……言われれば」
思えば、神託も何も無かった。ただ、燈寿に土地神様がいるとだけ伝わっていた。
「でも自分は人間として、真斗として近づいた。……なぜだか分かるかい?」
「……なんで、ですか」
その問いに返って来たのは、驚きの言葉だった。
「昔からね。燈寿はこうあるべき、こうするべきという人はいた。それは私生活も律する人も多かった。
けどね。珊瑚、君は違った。永く永く見守ってきた中で、君が初めて、『普通の人間の感性』を持った燈寿の子だったんだ。
お金が欲しい?そんなの当然だ。人間誰もお金を欲しがる。それは燈寿だって誰だって関係ない。
家では猫を被らない?それでいいんだ。家でまで自分を律する必要はない。
永い時を得て、自分は初めて『人』として触れ合いたかった。燈寿家ではない。珊瑚、君と」
それは、今までの私が全て肯定されていて。同時に、ようやく分かった。
珊瑚、珊瑚、珊瑚。燈寿ではなく『珊瑚』として見ているのは、家族を除けば彼だけだったのだ。
だから誰にも取られたくなかった。彼女を作らないで欲しかった。
「これは土地神ではなく、真斗としての告白だ。
珊瑚、燈寿に生まれても人間らしい君がずっと好きだった。腐れ縁だって言いながら、自分を叩き起してくれる君が好きだった。……素の君が、ずっと好きだった。どうか、土地神とかじゃなくて夜摩真斗として、恋人になって欲しい」
それは言われたくて、ずっと望んでいた言葉で。
だから私は返した。嬉しくて、涙を流しながら。
「こちらこそ、お願いします……っ!」
後日。朝六時に燈寿家で朝ごはんを食べる真斗の姿があった。
「いや、珊瑚料理上手いな。初めて食った気がする」
「お母さん仕込みの朝ごはんよ?どう?参ったらこの後二度寝しないで学校来てもらえる?」
「それは保証しかねる」
「寝ないのこのバカ真斗!」
そう言いながら横で食べる。
あの日から、私たちは恋人になった。学校でも噂になったけれど、燈寿が認めたなら……と言う人ばかりだった。
それに不貞腐れながら『皆珊瑚の事は見ないのかよ』と真斗が言うものだから、笑ってしまった。
「だって皆燈寿って所しか見てないじゃんか」
「いいのよ。珊瑚を見てくれる、最愛の恋人がここに居るんだもの」
そう返すと照れくさそうに頭を掻きながら、ぎゅっと抱きしめられた。
天気予報の時間になり、一応見ながらご飯を食べる。
どうやら昼から夕方にかけて雨になるらしい、が。
「これは晴れね」
「ああ、午後は晴れるな」
母が首を傾げながら、真斗君も分かるの?と言う。
何となくですよ、と笑う彼に微笑みを向ける。
私が分かって、彼が分からないはずがない。
でも、そんなの関係ない。
私は土地神様に『人として愛された』、初めての人間。
土地神様である真斗は、『人として愛したかった』初めての人間。
それだけで、私たちは満足だった。
「ご馳走様。腹一杯になったから寝ていいか?」
「ダメに決まってんでしょ。……ん、そこの座布団なら良いわよ」
キョトンとしながらも彼は見て笑った。
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