奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~

Takachiho

文字の大きさ
350 / 616
第十五章

15-19.微風

しおりを挟む
「しばらくここで足止めか」
「はい。先触れは出したので、夜には入城できるはずです」

 仁たちは魔の森の切れ目の辺りで休息を取っていた。予定外の帰還であるため、余計な混乱を招かぬよう、セシルはエリーネ他1名を使者として放ち、今は暗くなるのを待っているところだ。

 奴隷騎士隊を不要な任務で帝都から遠ざけたガウェインのたくらみがどのようなものなのか、政治と無縁の仁には想像もできないが、コーデリアに魔王妃やユミラの情報を伝えれば、何かわかることもあるのではないかと思っていた。

「魔王様はお気に入りのエリーネが心配ですか?」

 隊員たちから少し離れたところで仁がセシルと並んでバイザー越しに帝都の方角を眺めていると、先ほどまで隊員たちにいろいろ指示を出していたファレスが兜を小脇に抱え、冷ややかな視線を寄越してきていた。

「ファレスさん。なんでそうなるんですか……」

 なぜか戻っている呼び方に、仁は肩を落とす。名前を呼んでくれるようになったファレスだったが、たまに魔王呼びに戻るのだ。当初は侮蔑の色の濃かった呼び方だったが、今ではからかうような場面で使われているだけマシかもしれないと仁は思うことにする。

「なんていうか、ファレスさんってちょっとコーディーに似ているよね」

 もちろん顔が似ているとかではなく、仁を魔王呼びしてからかったり、皮肉めいた言い回しをしたりするところが、だ。仁がそんなことを思いながらも素直な感想を口にすると、ファレスは顔を真っ赤に茹で上げて、顔の前でパタパタと手を振った。

「な、何を言うんですか魔王様は。わ、私なんかがご主人様に似ているなんて、ご主人様に失礼じゃないですか」

 仁を非難するファレスの頬には、ほんのりと笑窪(えくぼ)が浮いていた。仁は初めて会ったときのようなファレスの笑窪がいつかまた見られる日が来ればとは思っていたが、こんなにも早く見られるとは思っておらず、パチパチとまばたきを繰り返す。

「その、ファレスさんって、本当にコーディーが好きなんだね」

 仁は、ふと、玲奈のライブに行ったときのことを思い出す。ライブ会場の開場前に物販購入のための列に並んでいたとき、玲奈の衣装や髪形、メイクを真似た中高生くらいの女性ファンが、周囲の男たちから玲奈みたいだと言われて喜んでいたのだ。

 当時の仁はそれを見て「玲奈ちゃんの方が断然可愛いけどね」などと謎の対抗心を発揮して益体(やくたい)もないことを思っていたものだが、憧れの人に似ていると言われることは、本人にとってとても嬉しいことに違いない。

 ファレスの場合は内面が似ているという意味だが、それでもファレスが喜んでいることがわかるくらいには、仁にも女心がわかるのだ。

「あ、当り前じゃないですか。ご主人様は大変すばらしいお方なのです。例えば――」

 ファレスによるコーデリア語りが始まるかと思った仁だったが、鈴の音のようなセシルの笑い声が聞こえ、ファレスが口を紡ぐ。「ごめんなさい」と謝るセシルに、ファレスは咳払いで答えた。

「と、とにかく、ご主人様は素晴らしい方だということです」

 ファレスはそう言い放つと、セシルに少しは休むよう早口で進言してから隊員たちの元に戻っていった。

「あんなに生き生きしたファレスは初めてです」
「そうなの?」

 仁が聞き返すと、セシルは柔らかく微笑んだ。

「普段のファレスは凛々しい騎士の顔と、慎み深く優しい完全無欠の貴族のご令嬢の顔を使い分けていました。そのどちらも私に足りないもので、とても尊敬していたのですが、今思えば、どこか作り物のようだったかもしれません」

 きっと今のファレスが素なのだろうと語るセシルの言葉を聞きながら、仁はファレスの背中を見つめる。

「それに、コーデリア様のことも、普段は“ご主人様”ではなく、“姫様”って呼んでいるんですよ?」
「そういえば、セシルはともかく、隊のみんなもコーディーのことを“ご主人様”とは呼んでないんだね」
「はい。コーデリア様が、奴隷ではあっても騎士であることを自覚してほしいとおっしゃられて」
「なるほどね」

 仁は納得して頷くと同時に、ファレスは自覚できているのだろうかと疑問に思う。仁の気持ちが顔に出ていたのか、セシルが苦笑いを浮かべた。

「今のファレスも魅力的だと思いますけど、ご主人様呼びは改めないと、コーデリア様に叱られてしまいそうですね」
「それはちょっと見てみたい気もする」

 仁は歯を見せて笑い、ついでに自身の呼び名も完全に改めてくれないかと考える。

「それはそうと、ジンさん。ずっと兜を被っていると疲れませんか? バイザーまで下したままですし」
「あー……」

 道中でファレスに「どこに敵の目があるかわからない」と言った手前、仁はなんとなく被り続けていたが、正直に言えば、そろそろ兜を取って解放感を味わいたい気分になっていた。もちろん食事中はバイザーを上げていたが、寝る時まで甲冑を付けたままというのは、少々やりすぎだったかもしれない。

 兜を脱がないまでも、バイザーを開けるくらいはしてもいいかもしれない。そう思った仁はバイザーに手をかけて持ち上げた。

 直後、風が頬を撫でる。心地よさをもたらすはずの森の微風そよかぜは、なぜか仁には、どろどろしているように感じられた。仁が顔をしかめると同時に、仁の傍らで地面の草をんでいた八脚軍馬スレイプニルが顔を上げた。

 八脚軍馬スレイプニルがきょろきょろと辺りを見回す。

「どうかしたの?」

 仁が問うと、八脚軍馬スレイプニルは僅かに首を傾げた。

あるじ主。今、何かいたような気がしたんですけど、気のせいだったみたいです』
「そっか」

 仁はどこか釈然としない気持ちを抱きながら自身でも周囲の気配を探るが、特に異常は感じられなかった。いつの間にか、風は心地よいものに変わっていた。

「ジンさん?」
「ううん。何でもない」

 仁は両手を上に挙げて伸びをする。きっとずっと窮屈な思いをしていたからだろうと、仁は首を左右に交互に傾けながら思うことにするが、もやもやした違和感は心の端に居座り続けた。

「虫の知らせじゃないといいけど……」

 小さく呟いた仁の言葉が、夕暮れの空気の中に溶けて消えていった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...