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第六章

6-19.私見

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 ルーナリアが滞在している屋敷に夜遅く押しかけた玲奈たちを、ルーナリアは快く迎え入れた。ルーナリアはサラとシルフィにお茶の準備をさせ、サラとシルフィを除く面々がリビングのソファに座って真剣な表情で顔を突き合わせる。

「そうですか……。ジンが……」

 玲奈から仁の失踪を聞かされたルーナリアは目を見開いて驚きとショックを露わにしたものの、どこか落ち着きを感じさせた。そんなルーナリアの様子をリリーは見逃さない。

「皇女殿下。何か心当たりがあるんですかっ」

 リリーはルーナリアと初対面だったが、他でもない仁のために物怖じなどしている場合ではなかった。勢い込むリリーに、ルーナリアは一拍置いて口を開く。

「これはジンには話したことなのですが――」

 ルーナリアは修復された召喚魔法陣についてと、勇者召喚の研究が第二皇女に引き継がれたことを話して聞かせた。

「それを踏まえて、私見を聞いていただけますか?」

 玲奈たちは表情に緊張を滲ませながら大きく頷く。

「レナは知っての通り、あの召喚魔法陣はかつてジンを勇者として召喚した今は亡きラインヴェルト王国から接収したものです。帝国は100年の研究の中で、魔法陣の使い方と並行して、隷属魔法を組み込むために魔法陣の部分部分が何を意味し、それぞれにどんな効果があるのか、少しずつ検証していきました。その結果、曲がりなりにもジンとレナを召喚するに至ったわけですが、未だ多くは未知のままなのです」

 ルーナリアは玲奈たちを順に見回す。誰もが少しでも仁の失踪に関する手がかりを得ようと、一言一句聞き逃さないという強い意志を感じさせた。

わたくしはジンがかつての魔王とされた勇者だと知ってから、気になっていることがあるのです。それは、なぜ再びジンが召喚されたのかということです。わたくしの失敗でレナの奴隷という形ではありましたが、それでもジンなのです。これはとても偶然で片付けられるものではありません」

 この世界と仁や玲奈の世界の他に異世界と呼ばれるものが存在するのかわからないものの、仮に異世界が1つだったとしても、その世界からピンポイントでジンが選ばれる確率は相当低いはずだった。

「もしかしたらジンには特別な何かが存在し、その何かが作用している可能性も考えられますが、それよりも、わたくしはもっと単純な話ではないかと考えています」

 玲奈かリリーか、はたまたミルかロゼッタか。誰かがゴクリと喉を鳴らした。

「あの召喚魔法陣は、他でもない、ジン個人を召喚するものだということです」

 ルーナリアの仮説に、皆が一様に目を見開く。

「初めて召喚されたときにそうなったのか、何かしらの条件に合致したのがジンだったのか、それはわかりません。ですが、そう考えるのが一番単純でわかりやすいとわたくしは思います」

 もしルーナリアの仮説が正しいのであれば、仁の召喚に玲奈が巻き込まれた形になるが、玲奈にとってそれは何の問題にもならなかった。むしろ、玲奈は自分が仁を巻き込んでしまったと心の奥底で拭えないでいた罪悪感が薄れていくような気がした。

「それで、肝心の今回の件ですが、わたくしの妹のコーデリアがジンを召喚したものだと考えます。ただ、コーデリアにジン個人を召喚する意図はなかったと思います。そもそも、召喚魔法陣を真に起動するには膨大な魔力が必要なのですが、わたくしがコーデリアに引き継いだときの状況から推測するに、とてもではないですが充填されている魔力が足りないのです」
「それでは、ジンさんを召喚することはできないんじゃないですか?」
「いえ。膨大な魔力が必要なのは、異世界から召喚するためです。異世界の壁を超えるのはそれだけ大変だということなのですが、ジンはこの世界にいました」

 リリーをはじめ、玲奈たちが息を呑む。

わたくしも行っていたことなのですが、魔法陣の一部を調整した後、正常に動作するかどうか、魔法陣を少ない魔力で起動してみることがあるのです。おそらくコーデリアも同じことをしたのでしょう。ジンとレナを召喚した際のデータも残っていますし、コーデリアのことです。研究を早期に完成させようと躍起になっていたのでしょう。そして、その結果、期せずしてジンを召喚してしまった……」
「それでは、ジンさんは今、帝都にいるっていうことですかっ」
「確証はありませんが、その可能性は高いと考えます。レナとジンの隷属関係が解消されてしまったのも、もしかしたら魔法陣の力で上書きされたためかもしれません」
「上書き?」

 リリーが眉をひそめる。その横で、玲奈が顔を蒼白に染めた。

「帝国の研究の完成とは、召喚者、ひいては帝国に隷属する勇者を召喚することなのですから」



 広い屋敷のリビングに暫しの静寂が訪れた。仁が帝国の奴隷になっているかもしれないという可能性が皆の心を締めつけていた。帝国はただでさえ奴隷の扱いが厳しい上に、休戦条約を結んだとはいえ、帝国にとって仁はつい先頃戦争をしていた相手であり、多くの将兵を殺した仇と言ってもいい存在なのだ。その仁が奴隷としてどんな扱いを受けているのか、玲奈たちの脳裏にひどい光景ばかりが浮かんだ。

「ジンお兄ちゃんを助けに行くの!」
「レナ様! 一刻も早くジン殿をお救いしなければ!」
「う、うん……!」

 静寂を切り裂いていきり立つミルとロゼッタに、玲奈は悲壮な覚悟を込めた頷きを返して立ち上がる。

「レナ、ミル、ロゼさん。落ち着いてください。皆さんのはやる気持ちは十分理解できますが、今日のところはもう休みましょう。何をするにも体が資本ですよ」
「そうですよ、皆さん。ジンさんの居場所に目ぼしがついただけでも良しとしないと。もちろん今この時もジンさんがひどい目に遭っていたらと思うと胸が締め付けられる思いですけど、今すぐどうこうできる問題じゃないですよ。しっかり休んで、明日改めて計画を立てましょう」
「でも――」

 異議を唱えようとした玲奈だったが、きつく握りしめられているリリーの手を目にして口を閉じる。

「うん、そうだね。私がしっかりしないといけないのに……。リリーもルーナもごめんね。ありがとう」

 玲奈は薄く微笑み、ミルとロゼッタも納得したようにリリーとルーナに頭を下げた。

「明日から忙しくなりますよっ!」

 リリーが重たい空気を吹き飛ばすように明るく宣言し、その場はお開きとなった。玲奈とミル、ロゼッタはサラとシルフィに案内された客間に泊まることにした。この屋敷は仁と玲奈のものではあるが、部屋割りは仁が戻ってからすることに決めた。玲奈やルーナリアはリリーも泊まっていくよう勧めたが、リリーは自宅でやることがあるからと帰って行った。



「仁くん。待っててね。いつも助けられてばかりだったけど、今度は絶対私たちが仁くんを助けるから」

 玲奈は客間の窓から帝都のある方角の空を眺めながら、心に誓う。いつの間にか夜空は厚い雲に覆われていたが、玲奈の見つめる先、僅かな雲の切れ間から覗く一つの星が、暗雲を切り裂くかのように力強くまたたいていた。
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