カラスの鳴く夜に

木葉林檎

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出張編

3話

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凄く心地がいい…
大好きな彼の香りが私を包んで離さない。
だけど太陽の差し込む光で私は目を覚ました。

目を開けると凄く近い距離に社長の綺麗な顔があって
私は思わず慌てて飛び起きる。

部屋にいる感覚で飛び起きたせいで
私は車内の天井に頭をぶつけた。

「痛ったー…!」

助手席で地図を見ていた黒崎さんが驚いて私を見る。

「なにやってんだよ…!」

「目を覚ましたら社長が近かったからビックリして…」

ぶつけた頭をさすってると黒崎さんは大きな口を開けて笑ってくる。

「ぶははっ!今更かよ!
もう何度か抱かれてんだろ?慣れろよー。」

きっと悪気がある訳でも
セクハラだと思ってもなく言ってるのだろう。
私は思わず下を向く。

「はあ?なに、まだ社長…手出してねぇの?」

私はのそのそと毛布の中へと戻った。

「黒崎さん…相変わらずデリカシーないですよね。」
耳に影山さんの声だけが入ってくる。

そんな中…社長も目を覚ましたようだ。
きっと黒崎さんが煩かったからだろう。

寝起きがあまりよくない社長は私を見て距離が近いことに驚き同じように飛び起きた。

「痛ってぇ…。」

黒崎さんはそれを見てさっきより声を出して笑う。

「はははっ!もう何っすか、2人して…!あー…腹痛てぇ…!」

その光景が気に食わなかったのか
社長は何も言わずに黒崎さんの頭を一発殴ってゴロンと横になった。

「痛っ!何するんっすか!」

「うるせえ…静かにしろ」

腑に落ちない顔をしながら黒崎さんは地図に目を戻す。

その光景を見てた影山さんと私だけはクスクスと笑いを堪えていた。


***



「もうすぐですね。」

社長が車を運転して
助手席で影山さんが地図を見て案内する。


私は後ろで眠っている黒崎さんの名前を呼んで起こした。

「ふわぁ…もう着いたのか?」

目を覚ました黒崎さんと
みんなで車をおりて清水の実家に向かう。

「おい、お前だけでちょっと様子見てこい。」

社長にそう言われて一先ず先に私だけが様子を見に行く
そんな大きな葬儀でもなく見た感じ家族葬のようだ。

私はみんなの元へと戻ってそのことを伝えた。

そして次はみんなで清水の実家に押し掛ける。


「すみません。」

門の前で私が声を掛けると外に出ていた清水の兄らしき男が私達に気付きこちらにやって来た。

「なんですか…?」

私達の服装は葬式に来るような服装ではまず無い。
私はまだスーツだからマシかもしれないが
みんなは普段通りの私服だ。

「清水洋平さんのお兄さんで間違いないですか?」

社長が私の前に立ちそう訊ねる。

「はい…そうですが…」

怖い見た目の男が亡くなった弟の名前を知っているのだからそりゃ怖いだろう…

困惑した表情で社長を見ている。

社長はそんなことお構い無しに淡々と説明する。

「洋平…あいつ借金してたんですね…。」

そう言って暗い顔をした。

「でも貴方たちどう見ても普通の金融屋さんには見えないんですけど
闇金とかじゃないんですか…?」


「銀行でも闇金でも関係ねえ。
借りた金は返さねえと
今すぐ用意できないならまた来るだけだ。
どうする?今全て払えばもう二度とウチは来ねえけど。」

「あの…わかりました。
いくら借りてたんでしょう…?」


「56万6000円。」

「ごっ、56万…!?
そんな大金は今…、」

「今払わないならまた来るし
そのうちもっと利子が増えるけど
どうする?」

「ちょっと…俺だけじゃ話に…
両親に相談して来ていいですか…?」

お兄さんがそう言うと、黒崎さんが後ろから声を出す。
「あのさぁー
俺達も暇じゃねぇんだよ。
わざわざここまで来てやったんだ。
本当ならここから出張費も貰わなくちゃ行けねえのに
今決めれねぇならそれも上乗せさせて貰うぞ?」

怖い声色で黒崎さんが言ったあと逆に社長は

「息子さんが自殺してご両親もさぞかし参ってるだろ?
これ以上、子供が親に心配かけるのは可哀想だ、
そうだろ?」
と同情するような様子で声をかけた。

実際は何も思っていないのだろうが
相手に考える暇を与えてはいけない。
人間考えれば考えるほど冷静になって払わなくていい事に気付いてしまう。

次から次にいろんな情報を相手に与える事で判断力を鈍らせるのだ。

社長は男の横を通り過ぎて中へ入っていこうとする。

「ちょ、ちょっと、どこ行くんですか!?」

「立派な家だねー。
なあ?本当はすぐにそれぐらいの金用意できるでしょ?
それとも何?払わないつもり?」

無言の圧をかけられた男は
「わかりました…香典もあるので
すぐ持ってきます。待っててください…。」

そう言って移動しようとする。

「待って下さい。一緒に行きます。」

そう言って私は男を止めてついて行く。
変なことを考えられたら面倒だ。
少しでも隙を見せてはいけない。

社長と黒崎さんと違い私だからまだ安心しているのか
着いてくるな!なども言わずに素直に従った。

香典袋からお金を数えたあと
足りないぶんは自分の財布からお金を取り出す。

すると
「何をしているの…?」と、
年老いた母親が心配そうに話しかけてきた。

私は近寄り穏やかな笑顔で
「大丈夫です。直ぐに帰りますので。
立派なお兄さんをお持ちでとても助かりました。
洋平さんもきっと感謝していると思います。」

「あなた…洋平の…」

「洋平さんのです。」
私は表情を変えずにそう言った。

男がお金を用意したのを確認して
「それでは…あと少しだけお兄さんをおかりしますね?」

私は笑顔で頭を下げて社長の元へと男を連れ戻した。


「用意できたの?」

社長がそう言って男からお金を受け取る。

社長はきっちり数えて
「これで完済だ。じゃあな」

そう言って1枚の紙を渡してその場から
私達は足早に立ち去った。


「アイツ以外に誰かと会った?」

車に乗る前に社長がそう聞いてくる。

「はい。多分母親です。
でも大丈夫です。うまく誤魔化せたと思います。」

「そうか。」

それ以上は何も聞いてこなかったから
私も何も話はしない。

普通の神経なら心が痛むのだろうか…
わからない。
だってこれが私の生き方なんだから。



***


帰りはそんなに慌てなくていい。
私達はゆっくりと自分達の住む街へと帰ることにした。


「社長…狭い車内で寝て運転の繰り返しで体がバキバキなんすけど…」

私に比べてみんな背も高いし体も大きい。
そりゃ車内で寝れば体も痛くなるはずだ。

「どっかで休んで帰りません?
どうせ今戻っても仕事は明日になるんですし…!」

黒崎さんが必死で社長に訴え掛けている。

「梨乃は?」
すると、社長はいきなり私に声をかけてきた。

「なんですか?」

「直ぐに帰るか少し休んで帰るか」

運転している黒崎さんが
バックミラー越しに
キラキラした目で訴えかけてくる。
きっとどこかで休んで欲しいんだ…。

「ビジネスホテルがこの辺りにあれば…」
私がそう伝えると

「わかった。」と社長は言った。

下道で少し走るとビジネスホテルは無いがラブホテルが密集している場所にたどり着く。

私は何だか気まずくて窓の外が見れなくなった。

「お、ここなんて良いんじゃないっすか!?
安いっすよ!」

「黒崎さん…本気で言ってます…?」

私の様子を心配して影山さんが止めに入ってくれた。

「だってよー、ビジネスホテルなんか一つもねぇじゃん!
高速道路の近くって殆どラブホだしよぉ
ぶっちゃけ風呂はいって寝れりゃー
普通のホテルでもラブホでも変わりはしねぇだろ!」

「確かにそうかもしれませんが…」

「社長と梨乃は一緒の部屋で
俺と影山は一緒の部屋に入れば安いしそれでいいだろ!ねぇ?社長?」

「黒崎さん…何を勝手なこと…」

影山さんが止めようとしたとき

「じゃあそこでいいだろ。」

社長がサラッとOKを出した事に驚く。

「やったー!休めるー!」

黒崎さんは嬉しそうにラブホテルの駐車場のカーテンをくぐって空いてる場所に車を止めた。

「あの…男同士で入れるんですか?」

私も慌てて止める。

「はあ?影山ならゴリ押しで女でいけるだろ。」

「そうでしょうか…?」

皆が車から出るから私も車から出た。

受付まで行くとオバサンが鍵を2つ渡してくる。

「すみませんが…暴力団関係の人達じゃないですよね?」

顔は見えないがオバサンがそう声を掛けてくる。

私は黒崎さんに背中を押されたので
「はい、違います」と声を出した。

それを聞いて安心したのか
「ごゆっくりどうぞー。」と返事が返ってくる。
私達はエレベーターに乗って部屋に向かった。

「あの…私、影山さんと一緒に…」

なぜそんなことを言ってしまったのかわからない。
だけど社長とこんな場所に入ってしまったらいよいよ本当に抱かれてしまう気がして
なんだか怖くなってしまった。

「はあ?」社長は案の定怒った声を出し

「いや…別にそういう意味じゃ…」

「じゃあどういう意味だよ?」

私はエレベーターの端にまで追い詰められてしまう。

「だっ、だって…!社長とラブホテルで2人きりとか、
何だか緊張するんだもん!!」

私がそう言うと
2人は呆気にとられてこっちを見ている。

社長はというと…
「指一本触れねえよ」と言って私から離れた。

エレベーターが開き何も言わずに先に出ていき部屋の前で足を止める。
私は足早に社長の後を追い
「じゃあ…あとで」
黒崎さんと、影山さんにそう言って私は社長と部屋に入った。

社長は不機嫌にソファーにドカッと座る。

「社長…」

「あぁ?」

どうやら凄く怒ってるようだ…。

「お風呂入ります…?」

「知らねえよ、勝手にしろ。」

社長は目も合わせてくれない。

私はお風呂場に行き浴槽を綺麗に洗ってからお湯をためる。

「あの…」

部屋に戻るとベットに先に入っていて
こちらに背を向けて横になっていた。

「悠…?」

名前を呼ぶが反応してくれない。
私もベットに寝転び彼の背中にそっと触れた。

「触んな。」

私はビクッとその言葉に反応する。

「ごめんなさい…さっき別に
影山さんと何かしたいとかそういう事じゃなくて…
本当にそんなつもりで言ったんじゃないの…。」

「あっそ」

「…ごめんなさい……」

彼は何も答えてくれない…
それが不安で私は1人で話し始める。

「でも普通に考えて好きな人が
他の男と一緒に部屋に入りたいなんて言ったら
冗談でも嫌だよね…本当にごめん。
自分のことだけしか考えなかった…。
悠と今こんな形で結ばれるのかなとか
そんなこと考えるとなんか怖くなって…。
大事にしてくれてるのはわかってるし
私が嫌だって言ったら悠も手を出して来なかっただろうけど…
でも…もう少し初めてだから大事にしたくて…。
私もきっと悠に触れられたら止まらなくなること自分でもわかってるから…
ねえ、嫌いにならないで…
ごめん…本当にごめんなさい…」

私は座って横になっている彼の背中を見つめていた。

彼が人一倍、嫉妬深いことを知ってて
私の一言に傷ついちゃうことも知ってるはずなのに…

嫌われてしまったと思うと怖くなってそれ以上何も言えなくなってしまった。

彼はゆっくり起き上がり私の目を見て
「二度とあんなこと言うなよ」と念を押してくる。

「うん…言わない……」

「今日は手を出さない。約束する。」

そう言って私をゆっくりベットの上に押し倒し彼は私の上に乗っかった。

「でも…お仕置だ。」

彼は私の首筋に優しく吸い付いてくる。

「んっ…あっ……、」

「梨乃は俺の女だ。」

「うん…っ。」

器用に片手でワイシャツのボタンを外すと
胸元にも優しく吸い付いてくる。

「俺が独占欲が強いって知ってんだろ…?」

気付けば何ヶ所かにキスマークを付けられたようだ。

「今日はこれで許してやるよ。」

そんなに刺激はされていない。
少しの刺激だったはずなのに
私はもう体に熱を持って涙目になる。

「そんな顔しても抱いてやらねえよ?」

彼は意地悪な笑顔で私を見ている。

「うん…」

「じゃあ先に風呂入ってきていいか?」

「うん…」

私は体の熱を抱き締めるように
今日は抱かれたくないっと願ってた自分を呪ったのだった。
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