カラスの鳴く夜に

木葉林檎

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出張編

4話

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彼が浴室から出てきたあと
私も入れ替わりで浴室に入った。

そして部屋に戻ると彼は背を向けて眠っている。


「悠…?」
小さく声をかけるが起きる気配は無い。

相当疲れていたのだろうと、私は起こさないようにそっとソファーに座りテレビをつけた。

さすがラブホテル…
電源ボタンを押した瞬間にAVが映る。
私は慌てて音量を下げ適当にテレビのチャンネルを変えた。

「何よ!罠じゃない!」

あまりにも焦りすぎて少し大きい声を出してしまう。
慌てて彼の方を見るが起きてなくてホッとした。


長時間の運転で疲れているからこそ
少しの物音ぐらいじゃ目を覚まさないみたいだ。


無事に普通のテレビが映って私は静かに見ていた。


だけどそんな私も
車で眠ってたせいか完璧には疲れは取れていなくて
段々とウトウトとしてくる。
そして気付けばソファーの上で眠ってしまっていた。


どれくらい眠ってたのだろうか?

「何でこんな所で寝てんだよ…
また風邪ひくだろ…?」

彼の声が聞こえて私はうっすらと目を開ける。

「社長…?」

「風邪ひいたらどうするんだよ。
ほら、寝るならちゃんとベッド使え」

「ん……」
私はまだ寝ぼけていて言葉の意味を理解できないでいた。
そんなことをお構い無しに彼は私をお姫様抱っこしベッドに連れていく。
「……え!?」

寝ぼけていた頭が一瞬で覚めた。

「気を使わせちまったな。
俺がベットで寝てたからだろ…?」

「…それもありますが、悠の隣で寝たら…」

「なんだよ?」

「悠が手を出さないって言ってくれたのに
逆に私が悠を求めてしまいそうで…」

「あんまり可愛いこと言うな
やっぱり我慢できなくなるだろ…?」

「えっ…と、我慢してくれてたんですね。」

私は急に恥ずかしくなり布団に隠れた。

「俺だって男だぞ…
 好きな女を前にすればそりゃ抱きたくなるだろ。」

彼の言葉を聞いてドキドキが止まらなくなり私は返事が返せなくなった。

「だからあんまり可愛いこと言うな。」

私が布団から少し顔を出すと
私の頭を優しくポンポンと撫でてくれる。

「もう少し梨乃は寝とけ。
俺はもう寝なくて平気だから。」

そう言ってベットから離れて
ソファーへ向かおうとする彼の腕を私は思わず掴み止めてしまう。

「なに……?」

「…少しだけ隣で一緒に寝てくれませんか…?」

「無理。」

「そんな即答で無理って…」

「この状況でお前の隣で寝たら約束破っちまう。
俺は嘘が嫌いだ。わかってるだろ?」

「我慢します…」

「ああ。おやすみ梨乃。」

「おやすみなさい悠…。」

彼は私を見つめて
額に優しくキスをしてくれた。

モンモンとする中…
彼がさっきまで眠ってたから
まだ彼の温もりが残っている。
その温もりと彼がそばにいる事に安心した私はそのままゆっくりと目を閉じて眠ることが出来たのだった。



***



「梨乃…?そろそろ休憩は終わりだ。
起きて準備しろ。」

「んぅ…おはようございます…」

「おはよう。」

社長に声をかけられて
私はのそのそとホテルを出る準備をした。

寝ぼけたままの私の手を握って
止めてあった車まで誘導してくれる。


「社長っ!おはようございます!
お陰で元気になりました!」

目を閉じたままの私の耳に黒崎さんの声が聞こえてくる。

「あっそ。」

社長は素っ気ない返事をした後ろの扉を開けて私を先に乗せてくれた。

「梨乃ちゃんはまだ寝ぼけてるの?」

後ろで先に待機していた影山さんに笑われる。

「眠たいです…」

ぼんやりする私の姿を見て笑ってた影山さんが何かに気付き毛布を後ろからとって渡してくる。

「なんですか…、もう起きますよ……?」

「いや、見えてるからさ…」

なんの事か分からず影山さんを見つめると

「黒崎さんに気付かれたら面倒でしょ…?」

自分の首筋をとんとん、と叩いてアピールしてくる。

その時に私はハッと思い出した。
そうだ…
ヤキモチを焼いた社長にキスマークを付けられたんだった…!

私は毛布を抱きしめて赤面する。

「…まあ何となく想像つくよ。」
影山さんは苦笑しながら前を向く。

黒崎さんは運転席へ
助手席に社長がマップブックを持って乗り込むと

「よし!じゃあ帰りましょう!」と、黒崎さんがそう言って車が動き出した。

私達はまた時間をかけて自分達の住む場所へ帰るのだ。

帰りは黒崎さんがほとんど変わらず運転をしてくれて
途中でパーキングエリアに寄ってご飯を食べたり
少し休憩したりを繰り返し
知っている景色を見る頃には日付が変わっていた。


「よっしゃあ…!戻ってきたぁ!」

運転席からおりた黒崎さんは背伸びをしている。

「みなさんお疲れ様でした!」

私は運転してくれた3人に改めてお礼を言った。


「今何時だー?
うげぇ…あと6時間ぐらいで仕事かよぉ…。」

自分の腕時計を見て黒崎さんは落胆する。

「この後どうしますか?
皆さん家に1度帰ります?
俺はこのまま事務所で休ませてもらおうかなって思ってるんですけど…」

「俺も影山の意見にさんせーい。
どうせ帰ってもすぐ仕事なら事務所のソファーで寝た方がいいよなー。」

2人が話していると

「俺はとりあえず鳥飼に車を返してくる。梨乃も事務所で休んどけ。」と、社長が助手席からおりたあと
運転席へと乗り込んだ

「社長っ!それなら俺もバイクで一緒に行きます!
帰り俺のバイクで2ケツして戻ってきた方が早いでしょ?」

その提案に社長は頷く。
「そうだな。
じゃあ影山と梨乃はそのまま事務所で休んでおけ。」

「わかりました。また何かあれば電話下さい。」
 影山さんが2人にそう声をかけて
私は2人が見えなくなるまで見送った。


「運転してない私でさえも
こんなに疲れたのに社長達凄いなぁ…」

事務所に戻って影山さんと話をする。
「ははっ、そうだね。
それより…それっ、黒崎さんに見られる前にどうにかした方がいいんじゃないの?」

首筋に付けられたキスマークに触れられて私は思い出す。

「あ…そうですね…。」

「社長、怒ったんでしょ?」

「…はい。」

「でもまさか、梨乃ちゃんが俺と一緒にホテルの部屋に入るとか言うから俺が1番驚いたよ。」

「すみません…巻き込むつもりはなかったんですけど…」

「んー…まあいいんだけどね。でもさ?」

私は絆創膏を手に取って鏡で自分の首を見てた。


「俺も男だってこと忘れないようにね?」

影山さんがそう言って私が手にしていた絆創膏を取り上げてくる。

「影山さん……?」

「社長にも言われた事あるだろうけど
梨乃ちゃんは少し無防備だよ。
俺が何もしないって保証はないよ。」

そっと私の首を触り絆創膏を赤くなってた所に貼ってくれた。

「……ありがとうございます。」

お礼を言って離れようとしたが
影山さんは何も言わずに私の頬にそっと手を添えてくる。


忘れていたけれど…この職場の中でも
そこら辺にいるカッコイイ人よりも
群を抜いて影山さんはイケメンで色気もある…。

嫌でもこんなに近いとドキドキしてしまう。

「あの…なんですか?」

平常心を装って私は聞いてみる。

「梨乃ちゃんは俺の事なんだと思ってんの…?」

普段と様子が違う影山さんに少し怖くなって私は後ろに1歩下がった。

「影山さんはこの職場の中で一番の良心があって
こんな私にも優しくて頼りになる先輩ですよ…?」

「…こんな仕事してるのに?」

「この職場の中では…少なくとも……」

「そっか、でも普段見せる俺が本当の俺とは限らないでしょ?」

「影山さん…あの…!」

どうすればいいか困ってしまう。
とにかくこの場を収めないと…
色々考えるも答えに辿り着けない…。

「なんてね…。
ふふ、そんな怯えた顔しないで?
梨乃ちゃんは普段から隙がいっぱいだから忠告しただけ。
俺も黒崎さんも一応男ってこと忘れないでね?」

いつもの影山さんに戻って私は心の底から安心する。

「もう、影山さんっ!」

「ははっ、俺はあっちのソファーで寝るから
梨乃ちゃんはこっちのソファー使うと良いよ。」

そう言って影山さんは奥の部屋へ行ってしまった。
私は仕方なくソファーに横になる。
確かに男の人に対して無防備すぎたのかも……
影山さんに言われたことを私はしっかり受け止めてこれからは気を付けようと思ったのだった。



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