カラスの鳴く夜に

木葉林檎

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潜入編

3話

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‌ ‌

席に戻ったあとも自分が出来ることをする。
相手のことを知るにはもっと男に気に入ってもらわなければならない。

でもそのお陰で場内指名を貰えた。
それは大きな一歩だ。

気に入った女の子が今までおらずフリーで入っていたらしいが
次からは私を指名してくれると言ってくれた。

私は事前に渡されていた飛ばし携帯を使いそれで連絡先を交換する。

「スケジュール送っといてな?
姫華ちゃんがおる時じゃなきゃ来ても意味ないやろ?」

「はいっ、譲さんにまた会えるの楽しみですっ!」

「おう、また来るわな?」

店の外へ出て見送りまでちゃんとこなす。
勿論、後ろ姿が見えなくなるまで頭を下げた後店内へと戻った。


「姫華さん、お疲れ様。
早速だけどVIP席行ってくれる?」

影山さんにそう言われて私はVIP席に向かった。

すると、大鷹が来たことで黒崎さんが連絡を入れたのか社長がVIP席に座っていた。

「いつの間に…」

私が来たことでキャストの女の子達に下がるよう社長が声をかける。
入れ替わる前に女の子達に頭を下げたあと私は社長と黒崎さんの間に座った。

「どうだった?」

社長にそう言われて自分が出来ることはやったと話す。

「まあ初日だしな、気に入られることが最優先か。」

そう言って社長はグラスの中に入ってたお酒を飲み干した。

私は直ぐにグラスを手にとってお酒を作ろうとするが「止めろ、自分でする」そう言って作らせて貰えない。

その時ボソッと私にだけ聞こえるように「社長…来てからずっと
ここからお前の様子を心配そうに見てたから」と、黒崎さんに言われた。


確かにここのVIP席は大鷹と私が居た場所がよく見えた。
影山さんもわかってて大鷹をその席に案内してるのだろうけど…。

「まだスタートラインに立ったばっかりだ。気を抜くなよ?」

社長がそう言ってグラスにウィスキーを注いで飲み始める。

私は静かに「はい。」とだけ答えた。


そういえば社長が今、飲んでるウィスキーはセット料金に入ってないから個人的に頼んだのかな…?

そう思っていると黒崎さんが
「今日はこの後どうします?
アイツも帰ったことだし
ずっとここにいてもしょうがないっすよね?」
そう言って社長を見た。

「黒崎、先に帰っていいぞ。
俺はここでもう少し梨乃と一緒に過ごす。
影山もまだ仕事してるしな。」

黒崎さんはそれを聞き慌てて
「いやいや、それなら俺もまだここにいるッスよ!」と、社長と話を始める。

二人の会話を聞きながら
私は影山さんに目線を移した。

潜入してるだけなのに影山さんは淡々と仕事をこなしている。

きっと闇金じゃなくても影山さんなら何処にでも溶け込んで仕事が出来るタイプなんだろうな…。
そんなことを思って影山さんを見ていたのに
急に社長が、何を思ったのか
ドンッ!とグラスをテーブルに置いた。

ビックリして社長の方を見る。

「どうかしました…?」

手でクイクイと近付くように言われ
「なんですか…?」と
顔を少し近付けると私の頬を両手で包んできて
口の中に度数が強いお酒の味が広がってくる。

何故か私はウィスキーを口移しで飲まされたらしい。
急なことで何も出来ずにいると
そのまま社長の柔らかい舌が入ってくる。
何時もならこのまま流されてしまうが
隣に黒崎さんがいることを思い出して
私は我に返り社長から無理やり離れた。


「もうお前の仕事は終わったろ。
他の男のこと見てんじゃねえよ。」

「なっ…!」

大鷹の時とは違い本気で体が熱くなり顔に熱がこもるのがわかる。
黒崎さんの方を見ると、焼酎の水割りを片手に何も見てないよと言わんばかりに携帯を弄っていた。

「お前…今度は黒崎のこと見んのか?」

普段と様子が違う社長に気付いて
「…あの……珍しく社長酔ってます?」と
私が黒崎さんに話しかけると
「…まあ、待ってる間にそのウィスキーのボトル1人で3本開けてるからな」と小さく言った。


見た目が全く変わってないから全く気付かなかった…。

きっと私が大鷹を接客している時、心配して気が気じゃなかったんだろう…。

「おい。」

不機嫌な声がまた聞こえる。

「社長…?飲み過ぎですよ、水にしましょうね?」

ずっと一緒にいてここまで酔った姿を見たのは初めてだ。
私は自分のグラスに水を入れて社長に渡した。

だけど全く受けとって貰えない…。

すると黒崎さんが耳打ちして来る。

「…なあ梨乃?俺も初めての事でどうしたらいいか分かんねぇけど、影山の仕事が終わるの俺がここで待つから
お前は社長連れて帰ったらどうだ…?」

「そうします…。」

私は静かに立ち上がり
「社長待ってて下さいね?着替えてくるんで…。」
そう言って立ち上がろうとしたのだけれど、ドレスを凄い力で引っ張られて胸がはだけそうになった。
すぐに掴み何とかズレ落ち着ずに済んだが
そのおかげでバランスを崩し私は社長の方へと倒れ込む。

「ちょ、ちょっと社長!!もう少しで裸になるところでしたよ!!」

私が怒ってそう言うと

「…どこ行くんだよ。」と私を後ろから抱きしめた状態で社長が耳元で呟いた。

「何処って…服を着替えに…」

「何処にも行くな。俺のそばにいろ…」

こんな姿を見た事なくて私はどうしたらいいのか分からなくなる。

「社長…?」

「2人きりなんだから名前で呼べ…」

「いや、黒崎さんいるから…!」

私がそう声に出すと黒崎さんは何も言わずに立ち上がって席を外そうとする。
私が手を伸ばして黒崎さんを掴もうとするも

「トイレ行ってくるわ」と、にやにやしながらそう言ってVIPルームから出ていってしまった。

「なあ梨乃…」

「なんですか…?」

「俺を1人にしないでくれ…」

「1人になんかにしませんよ…」

酔った彼はいつもの強気な彼じゃなくて
心配になるほど孤独に見えた。


「悠…?私は離れたりしないよ、ずっと一緒にいるから」

私がそう伝えると彼は私にキスを求めてくる。
それが可愛く見えていつもの彼と違い守ってあげたくなった。

「おいで…?」

私から彼にそう伝えて
優しく抱きしめてキスをする。
愛おしい気持ちが溢れて止まらない。
母性本能がくすぐられるってこんな気持ちなのだろうか…?

「梨乃…抱きたい。」

そう言って胸に顔を埋めてくる。
ヤバい…このままじゃお店だと言うのに彼に流されて私自身も求めてしまう…!

「続きは帰ってからね…?」

「…やだ。」

私は困りながらも笑った。

「すげぇ我慢した…他の男に触られてるの見て……。」

「うん…。我慢してくれてありがとう。」

「俺の梨乃なのに…」

「そうだね、」

子供をあやす様に優しく返事をし頭を撫でる。
今の私に出来る精一杯の行動だった。
これ以上彼に触れられてると
私も歯止めが効かなくなってしまう。

「それより黒崎さん遅いですね、トイレで何かあったのかな…?」

「……俺といるのにまた他の男の話…」

「ち、違いますよ!だって私は黒崎さんのこと男としてみてないですもんっ!」

「じゃあなに?」

「えっと…」

なんて答えるのがいいのだろうか…
私が困って出した答えは

「ペッ……ペット!」

意味のわからない答えだ。
自分でもわかってる。
それにそんなこと思ってない。
大切な仲間であり先輩だ。
だけど、そう伝えてもきっと彼が納得しないだろうと思って変なことを言ってしまった。

「…なにそれ」

「えっと…」

「くくっ、あんな可愛くないペットいねぇだろ…。」

社長がこのお店に来てから初めて笑ってくれた。
それだけで何だかホッとする。

「…なあ…帰ったら抱いていい?」

「うん…。いいよ?」

私がそう言うとやっと体から離れてくれた。

「じゃあすぐ戻るから着替えてくるね?」

「ああ、待ってる。」

私は直ぐにその場から立ち上がり彼の気が変わらないうちに服を着替えて
影山さんに事情を話して帰った。

彼を部屋まで送ると何事もなく
ごろんっとベットに寝転がって暫くすると眠ってしまう。

私は寝顔を見つめ優しく微笑むと
彼が起きたあと寂しくならないようにと、
手紙を置いて自分の部屋へと帰ったのだった。


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