王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

最後の一線

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※背後注意

──────────────────────

ぽたぽたと、熱い雫が頬に落ちる。

「拒絶して。ヴォルガ」

苦しげな彼の声が、嫌でも耳に残る。
声に込められた冷たい魔力が、背の焼印に反応し、ヴォルガの自由を奪っていく。

呆然と彼を見上げながら、ヴォルガは突然の出来事に動揺を隠せずにいた。

このまま、手篭めにされると思っていた。
まさか、『烙印』の呪力を使ってまで、殴れだなんて言われるとは思ってもいなかった。

どうして、彼は泣いているのだろう。
いつもあんなに自由で、飄々と生きているのに。
どうして、こういう大事な場面では、自分を押し込めてしまうのだろう。

……いや、分かってる。
彼が自分を思ってくれているからだということは。
『烙印』という絶対的な命令手段を、服従ではなく拒否のために使ってくれたのは、彼の優しさ故だとは。

『俺は、お前と……肉体関係を持つ気は、ないぞ』

かつて、自分はそんなことを言った。
今だって、それに生理的嫌悪を抱いている自分はいる。
誰彼構わずなんて言語道断だ。
彼の性質を知った上で、ヴォルガは確かにそう思っている。

せっかく作ってもらった逃げ道だ。
それは無理だと切り捨ててしまえば、余計なことを考えずに済む。
シルビオの問題に自分を巻き込んで、複雑化させずに済む。

……でも。

「……ヴォルガ?」

シルビオがごしごしと涙を拭い、濡れた瞳で自分を見下ろしてくる。
ヴォルガは押し倒されたまま、ぴくりとも動かない。
それを見て、彼は不安そうな顔をする。

「あれ、命令……聞こえてたよね?こうやって、はっきり言えば伝わるはずなんだけど……」

ぺたぺたと濡れた頬を触ってくるシルビオ。
ヴォルガは強ばった頬を震わせ、緊張で乾いた唇を微かに開く。

「…………ない」
「え?」

掠れた声は言葉に成らず、シルビオはきょとんとこちらを見つめてくる。
紫紺の瞳に映る自分の顔は、滑稽なくらい答えを滲ませているのに。
ヴォルガはぷいっと顔ごと目を逸らし、投げやりな声ではっきりと告げた。

「……できない、って言った」
「………………」

顔は見れなかった。
でも、彼の呼吸が徐々に浮ついているのは分かった。
さっきより上擦った声が聞こえてくる。

「な、んで……命令、効いてないの……?」
「違う……」

身体が熱い。
どんな顔をしたらいいのか分からない。
でも、燃え上がるように熱を帯びた背が、早く言えと急かしてくる。

震える指先をぎゅっと握り、自分のものじゃなくなったような細い声で、ぽつりと。
絶対に言いたくなかった本心が零れる。

「……嫌、じゃない……から」

一瞬、世界の時が止まったような錯覚を覚えた。
自分の鼓動も、シルビオの呼吸も、時計の音すら聞こえなくなった。
誤魔化しようがないくらい顔が熱い。

これ以上は無理だ、限界だ。
これで伝わらなかったら、本気でぶん殴ろう。
そんなことを思いながら、シルビオの反応を待つ。

…静寂は、五秒ほど続いた。
そして。

どこからか、後戻りのできないスイッチが押された音が聞こえた気がした。

「──ヴォルガ」

彼の手が、ヴォルガの腕にするりと伸びる。
手首を掴まれ、自由を許されていた腕は寝台に押し付けられる。

彼の胴が、ゆっくりと沈んでくる。
押し付けられた胸元から、どちらのものかも分からない、昂る鼓動が響いてくる。

彼の足が、自分のものに絡む。
自然と足を開かされ、間に潜り込んでくる。
腰元に、硬いものが当たる。

「最後……最後だよ。逃げないの?」

吐息混じりの、落ち着いた低い声。
いつもの陽気で無垢な優しい声音とは別人のような、一人の男の声が聞こえる。

惹かれるように視線を吸い寄せられ、目が合う。
見たことのない熱が篭っていた。
ぞくりと背筋が震える。
これは、獲物を見つけた捕食者の目だ。

手が滑り、互いの指が絡む。
汗ばみそうなくらい火照ったその手を、ヴォルガは振り払うことなく、優しく握り返した。

「逃げない。……逃げたく、ない」

確かめるように、そう呟いた。
返事はなかった。

その代わりに、優しく唇が奪われた。

「……っ、ん…………」

人生で初めてのキスだった。
触れる感触は、柔らかくて心地良かった。
上手く、息ができない。

喘ぎながら微かに声を漏らすと、彼は離すどころか更に顔を寄せ、唇を食んできた。
口から溢れるものを、全てシルビオに奪われる。

頭がふわふわする。
手足から力が抜けていく。
こんなに気持ちいいことだなんて知らなかった。
ただただ無防備に、されるがままに貪られる。

しばらくすると、ぬるりと生温かい感触が唇を滑り、口内に入り込んできた。

「……っ!?」

知らない、どうしたらいいか分からない。
いつもだったらキャパオーバーで弾き飛ばしてしまうのに、今日ばかりは身体が動いてくれない。

……いや、正確には動くことを許されていない。
シルビオは、『嫌だったら拒絶して』と言った。
それは逆に言えば、『嫌じゃないなら拒絶できない』という意味でもある。

未知の体験に恐怖もあるが、それ以上にシルビオを信頼していた。
意味もなくヴォルガを辱めたり虐げることはしないと。
だから、もう心から嫌だとは思えなかった。
無意識に口がそろそろと開き、彼を受け入れる。

「……んぅ、は……っ」

シルビオが興奮しているのは伝わってきた。
漏れる吐息に篭もる熱がいつもと全く違う。
薄い舌が、器用にヴォルガのそれと絡み、ねっとりと愛撫される。

息の仕方が分からなくなる。
彼の熱に溶かされて、自分の輪郭すら曖昧に感じる。
ただひたすらに唇を重ね、互いの意思を確認し合う。

離れたのは、秒針が何周したかも数え切れなくなる頃だった。

「……は、ぁ…………」

ぐったりと力を抜く。
混ざり合った唾液が糸となってまだ互いを繋げていたが、拭う余力もなかった。
朦朧とする視界の中で、シルビオが火照った瞳をこちらに向けているのが辛うじて理解できた。

「無理はさせない。苦しかったらすぐ言って。でも……最後まで、付き合ってもらう。全部、欲しいから」

彼がぐっと腰を擦り寄せる。
さっきより明らかに硬くなったそれが、しっかりと押し付けられた。
ただでさえ熱を帯びた頬が更に熱くなる。
もう、まともに目を合わせる余裕はなくなっていた。

「……俺、本当に、何も、知らない……」
「分かってる。全部教えるから、大丈夫」

もう一度、触れる程度のキスをされた。

「明日、休みだから。……限界まで、付き合って」
「…………ぅ、ん」

逃げる気は捨てたが、本当に逃げられないと悟った。

彼の手が、ヴォルガの服のボタンに触れた。
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