13 / 52
二章 成長した愛し子
六話 すれ違う
しおりを挟むルゥが泣いていた。確実に私のせいだ。
空腹が過ぎて、理性が飛びかけていたのがいけなかった。
あの子からすれば、とんでもない裏切り行為に映っただろう。
ぎゅ、と手を握りしめていると、まだ少し目元が赤いイルファが話しかけてきた。
「早いうちに誤解を解くといい」
イルファに口付けた理由は言っていないが、私の状態から察したのだろう。さして抵抗しなかったのはその辺が関係しているだろう。
精霊も顕現していると、糧は違えども空腹を覚えるようだから。
一つ頷いて樹家を出た。
郊外というだっけあってまるで人気がない。
どこに行ったんだろう。
まさか、嫌気が差して旅に出てしまった?
もし、そうだとすれば追いかけない方が良いのかもしれない。
でも、誤解は解いておきたい。
嫌われていてもいい。
覚悟は出来てないけど、こればかりは仕方ない。家族に嫌われるのは堪えるから。
そして今はもう、一人の男の子として見てしまっている。
もう、遅い。
もう、ただの家族として見ることができない。
好いてしまったから。
大好きだから。
お願い、まだどこにも行かないで。
私から離れないで。
傍に、いて……。
──戻ってきて。私の、最愛。私の唯一。
どれだけ走っただろう。
探しても、探しても見つからない。
まさかもう……。
諦めかけた、その時。風が吹いた。
涙の匂い?
そうだ、ルゥは泣いていた!幸いにして涙の匂いは覚えている。
不思議なことにあの子からは匂いがしない。だから、いつもあの子が迷子になった時、苦労した。
ルゥが泣き出した途端、天啓が差したように居場所がわかった。匂いの元を辿れば、それは涙だった。
今のところ、あの子から香るものは涙しかない。
ならば、その匂いを辿る他に術はない。
どれだけ遠くにいても、必ず追いついてみせる。
どうか、まだ近くにいて……!
✻ ✻ ✻ ✻
あれ以上、あの場に居たくなくて逃げ出してきたは良いけど……。お姉ちゃん、心配、してないかな……。するのかな……?
駄目だ、思考が暗くなる。
あの場面を思い出すだけで胸が傷む。
「……ふ、くっ……」
次から次へと、涙が溢れてくる。
泣いちゃ駄目だ、お姉ちゃんに居場所がバレてしまう。
小さい頃、食材を探しに行っていて、迷子になって途方に暮れて泣いていた時は必ずと言っていいほど、お姉ちゃんが迎えに来てくれた。
居場所がわかるのは、僕の涙のおかげらしい。
だからそれ以来、迷子になったらわざと泣くことが増えた。そしたら来てくれるから。
けど今は、ここに居るってバレたくない。
今はまだ、お姉ちゃんの顔を見る勇気がない。
会った瞬間、酷いことをしそうで。制御できそうにない自分が怖い。
「ぅう……う、く……」
嗚咽が止まらない、止まって、くれない。
泣き止みたいのに、どうして。
「……あ、うぅ……ひ、く……」
いっそ、お姉ちゃんなんて嫌いになってしまいたい。
でも、大きくなりすぎたこの気持ちは、もうどうしようもない。誰にも、どうすることも、できない。
精霊族特有の精神感能力を使えば良かったのにとか言われそうだけど、そんなことはしない。たまに、ついうっかり心を覗いてしまうことはあるけど。
大好きなお姉ちゃんに、そんなことはしたくないし、しない。嫌われたくない。
お姉ちゃんは一体……どんな気持ちで僕を……。
やっぱり、体だけが目的、なのかな。
お姉ちゃんに限って?
耳が目的なら許せる。体が目的ならそれは……。
好きなのに、好きだから、許せない。
大切にしたいのに、できなくなる。
僕を否定されてるみたいで。
「好き……」
どんなに拒まれても、この気持ちは変わらない。
いくらでも樹の上にいれば分からづらいだろう。
見つかるまではまだ時間があるはず。
雨も降り始めたし、足止めを食らってどこかで雨宿りをしてるだろう。
あまり考えたくないけど……あのまま、致しているのかもしれない。
お姉ちゃんが他の人と交わると思うと、頭がおかしくなる。
胸が痛い、苦しい。息ができない。
「はっ、は……」
呼吸の仕方を忘れたように短い息を繰り返す。
苦しい……!助けて、お姉ちゃん……!
お姉ちゃんのせいで、こんなに苦しいのにそれでもお姉ちゃんに助けを求めるなんて、滑稽だね……。
苦しくて辛くて、また涙が出てきた。
過呼吸が止まらない。
意識が薄くなる。
「……ね……ちゃ、ん……」
どうなるのかな、僕は……?
そのまま意識が遠くなって気を失った。
✻ ✻ ✻ ✻
──ね─ちゃ、ん──
不意に声が聴こえた。
幻聴かと思うほどか細い声だった。
風の精霊が声を運んできたのだろうか?
雨が降ってきたせいで涙の匂いが流されて消えてしまった。
これではもう、探しようがない。
でも、あの子が、ルゥが、私を呼んだ。
今すぐにでも飛んでいきたい。
……飛ぶ?
そうだ、上から探せば……!
ばさり、と翼を出して空を飛ぶ。
木々を見渡せるほどの高さを保ちながら懸命に探す。
どれだけ探しても見当たらず、地上に降りたところで、ふと一本の大樹が気になった。
立派な樹……。他の木々と比べ幹周りが三倍ほどある。余程長命でない限りここまで太くはならないだろう。
夕闇の中で桃色の光が見えた気がしたのだ。
確かこの樹から光が……。
上に向かって飛ぶ。
「あ……」
枝分かれした、少し寛げる場所に耳飾りがあった。
「これ、ルゥの……」
どうしてこれがこんなところに。
この桜色の繊細な耳飾り。間違いなくあの子の物だ。
何故、これだけがここに?
きらり、と下の方で何かが光った。
降りてみると、そこにはちぎれた首飾りがあった。
これも耳飾りと同様、桜色の美しい装飾品だ。
耳飾りが落ちていたのはまだわかる。けれど、こんな下の方に、それも大樹とはそれなり離れた場所に落ちるものではない。
もし、あそこにいたとして、落ちるのはせいぜい四歩歩いた辺りが限界だろう。この首飾りが落ちていたのは七歩歩いた辺りだ。
これは何かが、あった。
ルゥ……あなた、どこにいるの?
どうか、無事でいて。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる