輪廻の果てに咲く桜

臣桜

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 季節は巡り、美弥の大学生生活は順調に進んでいた。
 高校を卒業したのでモデルなどのスカウトへの反応もOKとなり、時人が入念に調査をして良さそうだと判断した事務所に、美弥は『沙良』という名前でモデルデビューした。
 沙良という名前は美弥が誕生した時に、候補に挙がっていた名前からだった。名前を切り替えて仕事をする事は、美弥にとってもいい心の切り替えにもなったのだ。

 美弥が大学三年生になり、二十一歳になる春。
 彼女は都内のホテルの最上階のフロアに、とびきりのお洒落をして降り立った。
 服はこの日のために時人が贈ってくれた、ブランド物のワンピースとハイヒール。それに合わせたバッグやアクセサリーまであった。
 自宅にそんな高価な物が届いて美弥はビックリしたが、もうすぐ美弥の二十一の誕生日だと知っている母は、「ご招待を受けなさい」と優しく言うのだった。
 富豪に愛されたヒロインを題材にした映画に出てくるような、豪華なプレゼントの中には、映画さながらに綺麗な封筒の中にカードが入っていた。
 そこには美弥の誕生日に、都内のホテルのレストランの名前と時間の指定があり、「予定がなければ贈った物を身に着けて、時間に合わせて来て下さい。待っています」と、時人の綺麗な字で書いてある。
 そんな映画の中だけでしか見たことのない招待を受け、美弥は嬉しくて仕方がなく、何度も自分の頬をつねってみた。
 荷物が届いてから二週間、ひたすら体を磨き上げることに専念する。
 その間、時人にメッセージを送っても、その招待については「お祝いをしたいから」という事以上には言ってくれない。
 ただただ美弥の中で色々な妄想が膨れ上がり、二週間の間、美弥は上の空で過ごすのだった。

 エレベーターを降りると、都内でも有数の高級ホテルなだけあって、とてもラグジュアリーなフロアが広がっている。
 天井には金色のシャンデリアが輝き、床は音が一切しないような絨毯が敷いてある。
 緊張しながら歩くと、すぐに目的のフレンチレストランが見つかった。
「いらっしゃいませ」
 ウエイターが近付いてきて品のいい笑みを浮かべ、目の前の美女に挨拶をする。
「あの、十九時から宇佐美という名前でご招待を受けているのですが……」
「宇佐美様のお連れ様でございますね。お待ちしておりました、ご案内致します」
 別世界なのではないかと思う優雅な空間には、その場を壊さない静かなクラシックが流れていた。
 ウエイターに案内されて個室まで行くと、東京の夜景を臨む窓辺に時人が立っていて、何やら考え事をしているようだった。
「失礼致します。宇佐美様、お連れ様がお着きです」
 その声に時人がこちらを振り向き、映画の中の二枚目の俳優のように完璧な笑顔を浮かべる。
「こんばんは、来てくれてどうもありがとう、美弥ちゃん」
「いいえ、今晩はお招きどうもありがとうございます」
 こんな改まった場は何だか恥ずかしく、美弥ははにかみながら指先を絡ませ、ペコリと頭を下げた。
「贈った物、想像した通りとてもよく似合っているよ、よかった」
「お姫様みたいな扱いをしてくれて、どうもありがとう」
 一般人に「ハイブランドと言えば」と尋ねて筆頭に挙がるようなブランドの服は、一般人なら服の持つオーラに負けてしまう所だが、美弥の圧倒的な美貌はそれを従えた女神のようだ。
 時人は自分が作り上げた美女に満足し、美弥に座るように促した。
 ウエイターが椅子を引いて二人が座り、食前酒のメニューが出される。
「美弥ちゃんは、もうお酒が飲めるんだもんね」
「そうだよ、本当は十八歳から飲めてるんだから」
「ふぅん、どういうのが好きなの?」
「……えへへ、でもまだ甘いジュースみたいなカクテルとか、酎ハイしか飲めないの」
 飲酒できると威張ってみたものの、実際のところは子供舌である事を明かした美弥が、恥ずかしそうに笑った。
「じゃあ、フルーティーなシャンパンにしようか」
 世間話かと思えば、時人は美弥の舌に合わせて食前酒を頼んでくれる。
「時人さん、今回は本当にどうもありがとう。……でも、どうして十八歳の成人式の時じゃなくて二十一の誕生日なの?」
「少し事情があって……、どうしても二十一歳の誕生日なんだ。詳しくは、食事が終わってからにしよう」
「……ふぅん?」
 アミューズが運ばれてきて、可愛らしい舌慣らしが目にも楽しい。
「……子供の頃からね、時人さんとこうやって映画の中の恋人みたいに食事をするのが夢だったの」
 今はきっと、あの夜とは違う。
 時人が料理を作ってくれた、中学三年生の夜。
 あの時は自分はまだ子供で、事情を何も知らないで『葵さん』に嫉妬をしていたけれど、今は――違う。
 映画のワンシーンのような今のシチュエーションに、美弥は自分自身に自信を持ち、期待をしている。
「子供の頃っていつから?」
 向かいの席に座っている時人は、高級レストランに溶け込んだ所作で上品にアミューズを口にしていた。
「……物心ついた時からだよ。ずっと、ずっと、ずぅっと……、時人さんが好きで堪らなかったの。それが……葵さんの気持ちなのか、私の気持ちなのか混乱した時期もあったけれど、今は綺麗に溶け合ってて、……それは二人の意思なんだと思う」
「……そうか」
 運ばれてきたシャンパンは、磨き抜かれた透明なグラスの中で淡い金色に光っていた。
「美弥ちゃん、グラスを持って」
「はい」
 こんなレストランで乾杯だなんて気恥ずかしいが、きっと人生の中で一度くらいはこんな舞台があってもいい。大好きな人と夢のような舞台で、夢なら夢で浮かれて振る舞いたい。
 グラスの中の透明な金の向こうに、二十一年間焦がれ続けた時人がいる。
 その人が、形のいい唇で笑みを作って祝福を告げた。
「二十一のお誕生日おめでとう、美弥ちゃん」
 グラスを軽く掲げて時人が甘く微笑み、美弥も顔を赤くしてそれに応える。
「どうもありがとう、時人さん」
 それから穏やかで優雅な空間のなか、美弥を祝うために最高級の料理が出された。
 文字通り「頬が落ちそう」なご馳走に舌鼓を打ち、美弥は大学生活やモデルの仕事の事などを話しながら、幸せな時間を過ごした。
 デザートが出される時には一緒に小さなバースデーケーキが出され、スタッフがバースデーソングを歌ってくれる。
 二人で食べられるぐらいのケーキは、小さいながらも有名レストランのシェフが手を掛けただけあって、フルーツがたっぷりで美味しそうだ。
 普段はあまり甘い物を食べない時人も、一緒にケーキを食べて祝ってくれた。
 美弥は幸せでどうにかなってしまいそうだと、ずっと感じていた。
 人生最大の幸福が訪れているのではないかと思うような、「嬉しい」が次々に溢れて言葉にならない。
 食後になって時人はコーヒーを飲み、美弥はミルクを入れた紅茶を口にしていた。
「先日出た雑誌、見たよ。綺麗に写ってた」
「本当? 嬉しい」
「……けど」
「ん?」
「……いや、こういう事を言うのはおじさんっぽいが、最近の若い子の流行りはスカート丈が短いんだね」
「うふふ」
 時人がそういう所を気にしてくれていると分かり、美弥は嬉しくなってテーブルクロスの下で膝をもじもじさせた。
「脚、出さない方がいい?」
「でも仕事なら我儘も言えないだろう。ご両親は何て言ってるの?」
「ママは鼻高々みたいだよ。パパも『ふぅん』って言ってる」
「そっか……」
 自分だけがいつまでも過保護なのかと思い、時人がチャーミングな笑みを漏らして苦笑する。
 窓の外は葵とデートをした時と比べて、高い建物が増え光の量が増えた街並みがある。

 ――あの時は幸せにしてあげられなかった彼女を、今度は幸せにできる。
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