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あるじとして2
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「拓也、わしの体が曇り始めたのが分かるか? このままじゃとどんどん切れ味も落ちてゆく。鈍らになる前に一気に方を付けろ!」
「はい!」
ギンの声は先生というか、師匠という言葉がピッタリで頼もしい。
「あぁぁあっ!!」
巨大な鬼のような形になりつつあるケガレの胴体部分を薙ぎ払い、チラッと窓の外を見ると、ケガレだらけの窓の隙間から見えたのは「はっさむ」の駅看板。あと二駅で手稲だ。
ヤバイぞ。本当にあと短時間で決着を付けないと。
「うわあああぁああぁっ!! あぁああぁああぁっ!!」
両手でギンを握って振り回し、大きなケガレに叩き付ける。
背後からは槐のアトゥイソが聴こえ、藤紫が頑張って香りを強くさせてくれているのも分かる。
――今やるんだ!
俺は今ここで、ひい婆ちゃんの後継者をちゃんとやれるって事を証明するんだ!
ひい婆ちゃんが遺した家族である、七海と彩乃を守るんだ!
ひい婆ちゃんが遺してくれた槐たちとの絆で、絶対に守ってみせる!
そう思いながら歯を喰いしばってギンを振り回し、油断をした瞬間、鬼の形をしたケガレが腕を振り上げて俺に叩き付けてきた。
「わあぁっ!」
腹に重たい一撃を喰らって俺は後方に吹っ飛び、通路を滑る。乗客の所へ飛ばされなくて良かった。
くそ! ひい婆ちゃんはこんなの相手にしてたのかよ!
胃の辺りをやられて吐きそうになるのを堪え、目に浮かんだ涙を乱暴に拭う。ケンカなんてしたことないから、こんな衝撃を喰らうのは初めてだった。
でも、だからってここで諦めて堪るか!
「うわあああああぁあぁ!!」
俺はまたギンを構え、無我夢中で彼女を振るった。
「ギィッ! ギィィッ!」
切られた表面のケガレたちが悲鳴を上げるが、アリの巣を駆除しようとしているのに、地上に出ているアリだけを懸命に踏みつぶしているようなものだ。
このままじゃ――!
そう思った時、遥か後方から七海の声がした。
「あんた何やってんのォ!?」
「えっ!?」
不意を突かれた瞬間また俺は鬼の形をしたケガレにぶっ飛ばされ、高跳びの選手のように弧を描いてから床に叩き付けられた。
「わぁっ! 拓也が飛んだ!」
「七海ちゃん、そんなこと言ってる場合じゃないよ!」
彩乃の声もし、ドタドタと走る音がする方へ顔を上げると、二人が焦った顔でこっちに来る所だった。
「バカ! 来るな! ここ危ないんだって!」
「姉に向かってバカとはなんだ!」
「ねぇ、七海ちゃん。この車両みんな寝てるよ?」
俺が怒鳴ると七海は脊髄反応のように激怒し、その横で彩乃はちゃんと周囲を見ている。うん、いつもの二人だ。
「ちょっと拓也あんた何やってんの?」
「頼むからちょっと離れた所にいてくれよ。槐、藤紫、頼む!」
一両目の乗客は全員寝ていて、その一番先頭で俺が独りでに吹っ飛んでいたのを目撃したとなると、七海たちも自分たちが異常な状況にいるのが分かったようだ。
おまけに七海の足元にはケガレたちがワラワラと集まっていって、まるで角砂糖に群がるアリみたいだ。
「やめろ! 姉ちゃんに近付くな!」
そう言って七海の体を登ろうとするケガレを浄化した先で、七海がUFOでも見たような顔をしていた。
「拓也……あんた何やってんのぉ?」
そのセリフ三度目だよ。
俺は痛いし七海が好き勝手言ってるしで、とうとうキレてしまった。
「姉ちゃんがフラれて、汽車もろとも死にたいとか思うからこうなってんだろ!」
「…………」
七海が黙るのと同時に周囲のケガレたちがざわつき、まるで七海の心境に呼応しているようだ。
「なんであんた知ってんのよ!」
突然、火山の噴火のように七海が怒鳴り、同時にケガレたちが俺目がけて襲いかかってきた!
「わぁぁっ! だからだよ! お前がそうやって辛いとか悲しいとか、そういう気持ち煮えたぎらせてるから、俺がこうなってんだろ!」
俺に飛びかかってくるケガレは、まるで映画で見たイナゴの大軍だ。
必死になってギンを振り回していると、七海は足の怪我の事を思い出したらしく、困ったような顔になる。
「私……、私がこないだ怪我した時みたいな、何か悪いものを呼んでるの? 私が悪いの?」
「拓也はん、姉はん勘違いしてはるえ。自責の念が加わったら穢れはもっと強なるえ」
我慢して香りを保ったまま立っている藤紫の着物は、もうボロボロになっていた。髪も乱れ、綺麗な顔は苦しそうに歪んでいるのに、鬼気迫る表情で彼女は協力してくれていた。
車窓の外には、稲積のマンションが見える。
「違うよ! 姉ちゃんは悪くない! 悪いのは姉ちゃんをフッた奴だろ? 姉ちゃんすぐ怒るし、手出るけど、根は優しいし今は料理とか頑張ってるんだからさぁ! もっと自信持ってもっといい男見付けろよ!」
快速電車がゴオオオオ……と猛スピードで走る音がするなか、俺の叫びに近い声が車両に響く。
「拓也、あんた何言って……」
「姉ちゃんはさ、普段言わないけど、きっといい人見付かるよ! 俺が保証すっから!」
弟だから、照れ臭いから普段言えないけど、家族のこと大好きなんだよ!
だからこんな場所で、死にたくないし、死なせたくない!
「そうだよ、七海ちゃん。七海ちゃんいい子なんだから、次いっちゃえ!」
今がどう切羽詰まった状況か分からない彩乃が、いつも通り優しい笑顔を浮かべて七海の背中をポンと叩いた。
「もう……、分かってるよ……」
俺と彩乃に慰められ、褒められて、七海は照れ臭そうに笑いながら鼻の下をこする。
「拓也! ケガレたちが勢いを弱めてゆくぞ」
疲労を滲ませるギンの声がし、ハッとケガレたちを見ると七海の近くにいる奴から順番に黒い体の色を薄くさせて消えてゆく所だ。
「ギン、これは放っといてもいい奴なの?」
「拓也、気を緩めるな。小さい奴は消えてもあそこの大きな塊は、拓也の駅まで自然に消えてくれはせぬぞ」
「じゃあどうすれば……」
言いよどんだ俺に、槐が下から強い目で見上げてきた。
「拓也、今回のケガレは拓也の姉ちゃんが原因だ。手伝ってもらえ。拓也の姉ちゃんはギンには触れねぇけど、拓也の手には触れるだろ」
「あっ……」
そうか、七海の気持ちで小さいケガレたちが消えていったのなら、ギンを握る俺の手に七海の手を重ねれば、あの大きなケガレを浄化する力も強くなるかもしれない。
「姉ちゃん! 俺の手握ってくれないか?」
「はぁ? 何なの?」
「いいから早く! 文句なら後で聞くから! 今の状況を簡単に説明しておくけど、こないだ姉ちゃんに怪我させた奴が、今は運転室の壁にびっしりついてて、多分運転士さんが大変なことになってる。もしかしたらこの汽車そのものが大変なことになるかもしれないんだ」
「え……っ」
流石にそれには七海も絶句し、俺は冷や汗をかきながらケガレの間から見える外の景色を確認する。
「列車事故起こしたくないだろ! いいから早く俺の手を握って、今のその鬱々とした気持ちを解放してくれ!」
そう怒鳴ると七海もムキになったのか、「分かったよ!」と怒鳴り返してギンを握っている俺の手を、両手で握ってきた。
「どうしたらいいの!?」
「運転室の壁にべったり付いてるって言ったろ? それを切るから、そのイメージで頼む!」
「オッケ!」
俺は鈍い色になってしまったギンをゆっくり振り上げ、「いくよ」と七海に声を掛けた。
「拓也、槐は信じてるぞ」
ありがとう、槐。
「拓也はん、気張ってな」
ありがとう、藤紫。
「拓也、共にゆくぞ」
ありがとう、ギン。
窓の外にはもう手稲駅直結のスーパーが見えていて、それでもスピードが落ちる気配はない。
俺は、俺にできることを今やるんだ!
「頑張って! 七海ちゃん、拓也くん!」
彩乃のエールを背後に、俺と七海は呼吸を合わせて一気にギンを振り下ろし、その瞬間七海が叫ぶ。
「安藤寛臣のバカヤロー! 絶対いい女になって後悔させてやるー! さよならぁ!」
途端、ギンの刀身から眩い光が車両内を氾濫し、ケガレたちが悲鳴を上げる間もなく消えてゆく。
刀の柄ごしに、ギンが歯軋りをしながら頑張ってくれているのが伝わった。
俺の体からも、すさまじい勢いで気力や体力が奪われてゆく。
がんばれ。がんばれ。
皆で「いつもの通り」に帰るんだ。
眩い光が収まるとケガレは綺麗に消え、俺はガクンと膝から脱力して運転室の壁に手を着いた。
同時に運転室の方から「動いた!」と声が聞こえ、汽車はゆっくりとブレーキをかけていった。
グロッキーな状態で槐たちを「戻れ」と解放してから、ノロノロと顔を上げると、汽車は不自然ではない範囲で手稲駅に停車しようとしていた。まさかこの普通の停車が、ブレーキが効かないと運転士さんが困っていた後のものとは、乗客たちも思わないだろう。
藤紫がいなくなって一両目の乗客たちは目を覚ます。みんな誰かに寄り掛かっていたものだから、口々に「すみません」と言いながら不思議そうな顔で窓の外を見る。
「拓也、大丈夫?」
「うん……。サンキュー、姉ちゃん」
手を差し出されて俺は七海の手に掴まり、手すりにも頼ってゆっくり立ち上がる。
電車がオーバーランした時に嫌な顔をするのは、待っていて乗る側だが、乗っていた側はそれほどでもない。いつも通りの顔で、降りる人は立ち上がってドアが開くのを待つ。
「終わったの……? 拓也」
「うん、ここにいたケガレは消えたよ。姉ちゃん」
「でも、みんな見えないし気付かないものなんだね。私たちここであれだけ騒いでたのに」
彩乃がそう言いながらホームに下り、俺もゆっくり歩きだす。
ホームに降りて俺は「ちょっとごめん」と断ってから、ベンチに座る。七海と彩乃は何も言わずその両脇に座ってくれた。
それぐらいのタイミングで、汽車の開いたドアからアナウンスが聞こえる。
どうやら、ブレーキが効かないかもしれない恐れがある汽車を、このまま走らせる訳にもいかないらしい。緊急点検をする必要があると言われれば、乗客たちも下りざるを得ない。
しばらく、ホームは混雑する客とハプニングに対応する車掌さん、駅員さんで騒がしかったが、やはり日本の鉄道は素晴らしく、銀色の車体は小樽方面に向かって走って行った。
手稲の次には色んな汽車が停まっている稲穂駅があるから、あそこで点検するんだろうか? 汽車のことは俺は詳しくないから、憶測でしかないが。
人気のなくなったホームで、俺はポツリポツリと語り出す。
札幌駅で待ち合わせした時間に、七海が沢山のケガレを引き連れていたこと。汽車の中で槐たちが力を貸してくれたこと。
「そっかぁ……。それで一両目の人たちみんな寝てたんだね」
彩乃は立ち上がり、南口の路地裏を見ながら何か考えているようだったが、ハッとして俺たちを振り向く。
「やだ! おじさんもう迎えに来てくれてるんじゃない?」
「あっ! そうだ!」
「やべ!」
彩乃の言葉を皮切りに、俺と七海はそう言って立ち上がり階段を上がってゆく。
「何ていうかさ、こないだ拓也の話聞いた時も思ったけど、ひいお婆ちゃんが皆の平和を人知れず守ってくれたのなら格好いいって思ったし、あんたもやる時はやるんだね。ちょっと見直したよ」
階段を上がりながら七海が言い、それに俺は照れ臭いながらも「ありがと」と笑ったのだった。
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「はい!」
ギンの声は先生というか、師匠という言葉がピッタリで頼もしい。
「あぁぁあっ!!」
巨大な鬼のような形になりつつあるケガレの胴体部分を薙ぎ払い、チラッと窓の外を見ると、ケガレだらけの窓の隙間から見えたのは「はっさむ」の駅看板。あと二駅で手稲だ。
ヤバイぞ。本当にあと短時間で決着を付けないと。
「うわあああぁああぁっ!! あぁああぁああぁっ!!」
両手でギンを握って振り回し、大きなケガレに叩き付ける。
背後からは槐のアトゥイソが聴こえ、藤紫が頑張って香りを強くさせてくれているのも分かる。
――今やるんだ!
俺は今ここで、ひい婆ちゃんの後継者をちゃんとやれるって事を証明するんだ!
ひい婆ちゃんが遺した家族である、七海と彩乃を守るんだ!
ひい婆ちゃんが遺してくれた槐たちとの絆で、絶対に守ってみせる!
そう思いながら歯を喰いしばってギンを振り回し、油断をした瞬間、鬼の形をしたケガレが腕を振り上げて俺に叩き付けてきた。
「わあぁっ!」
腹に重たい一撃を喰らって俺は後方に吹っ飛び、通路を滑る。乗客の所へ飛ばされなくて良かった。
くそ! ひい婆ちゃんはこんなの相手にしてたのかよ!
胃の辺りをやられて吐きそうになるのを堪え、目に浮かんだ涙を乱暴に拭う。ケンカなんてしたことないから、こんな衝撃を喰らうのは初めてだった。
でも、だからってここで諦めて堪るか!
「うわあああああぁあぁ!!」
俺はまたギンを構え、無我夢中で彼女を振るった。
「ギィッ! ギィィッ!」
切られた表面のケガレたちが悲鳴を上げるが、アリの巣を駆除しようとしているのに、地上に出ているアリだけを懸命に踏みつぶしているようなものだ。
このままじゃ――!
そう思った時、遥か後方から七海の声がした。
「あんた何やってんのォ!?」
「えっ!?」
不意を突かれた瞬間また俺は鬼の形をしたケガレにぶっ飛ばされ、高跳びの選手のように弧を描いてから床に叩き付けられた。
「わぁっ! 拓也が飛んだ!」
「七海ちゃん、そんなこと言ってる場合じゃないよ!」
彩乃の声もし、ドタドタと走る音がする方へ顔を上げると、二人が焦った顔でこっちに来る所だった。
「バカ! 来るな! ここ危ないんだって!」
「姉に向かってバカとはなんだ!」
「ねぇ、七海ちゃん。この車両みんな寝てるよ?」
俺が怒鳴ると七海は脊髄反応のように激怒し、その横で彩乃はちゃんと周囲を見ている。うん、いつもの二人だ。
「ちょっと拓也あんた何やってんの?」
「頼むからちょっと離れた所にいてくれよ。槐、藤紫、頼む!」
一両目の乗客は全員寝ていて、その一番先頭で俺が独りでに吹っ飛んでいたのを目撃したとなると、七海たちも自分たちが異常な状況にいるのが分かったようだ。
おまけに七海の足元にはケガレたちがワラワラと集まっていって、まるで角砂糖に群がるアリみたいだ。
「やめろ! 姉ちゃんに近付くな!」
そう言って七海の体を登ろうとするケガレを浄化した先で、七海がUFOでも見たような顔をしていた。
「拓也……あんた何やってんのぉ?」
そのセリフ三度目だよ。
俺は痛いし七海が好き勝手言ってるしで、とうとうキレてしまった。
「姉ちゃんがフラれて、汽車もろとも死にたいとか思うからこうなってんだろ!」
「…………」
七海が黙るのと同時に周囲のケガレたちがざわつき、まるで七海の心境に呼応しているようだ。
「なんであんた知ってんのよ!」
突然、火山の噴火のように七海が怒鳴り、同時にケガレたちが俺目がけて襲いかかってきた!
「わぁぁっ! だからだよ! お前がそうやって辛いとか悲しいとか、そういう気持ち煮えたぎらせてるから、俺がこうなってんだろ!」
俺に飛びかかってくるケガレは、まるで映画で見たイナゴの大軍だ。
必死になってギンを振り回していると、七海は足の怪我の事を思い出したらしく、困ったような顔になる。
「私……、私がこないだ怪我した時みたいな、何か悪いものを呼んでるの? 私が悪いの?」
「拓也はん、姉はん勘違いしてはるえ。自責の念が加わったら穢れはもっと強なるえ」
我慢して香りを保ったまま立っている藤紫の着物は、もうボロボロになっていた。髪も乱れ、綺麗な顔は苦しそうに歪んでいるのに、鬼気迫る表情で彼女は協力してくれていた。
車窓の外には、稲積のマンションが見える。
「違うよ! 姉ちゃんは悪くない! 悪いのは姉ちゃんをフッた奴だろ? 姉ちゃんすぐ怒るし、手出るけど、根は優しいし今は料理とか頑張ってるんだからさぁ! もっと自信持ってもっといい男見付けろよ!」
快速電車がゴオオオオ……と猛スピードで走る音がするなか、俺の叫びに近い声が車両に響く。
「拓也、あんた何言って……」
「姉ちゃんはさ、普段言わないけど、きっといい人見付かるよ! 俺が保証すっから!」
弟だから、照れ臭いから普段言えないけど、家族のこと大好きなんだよ!
だからこんな場所で、死にたくないし、死なせたくない!
「そうだよ、七海ちゃん。七海ちゃんいい子なんだから、次いっちゃえ!」
今がどう切羽詰まった状況か分からない彩乃が、いつも通り優しい笑顔を浮かべて七海の背中をポンと叩いた。
「もう……、分かってるよ……」
俺と彩乃に慰められ、褒められて、七海は照れ臭そうに笑いながら鼻の下をこする。
「拓也! ケガレたちが勢いを弱めてゆくぞ」
疲労を滲ませるギンの声がし、ハッとケガレたちを見ると七海の近くにいる奴から順番に黒い体の色を薄くさせて消えてゆく所だ。
「ギン、これは放っといてもいい奴なの?」
「拓也、気を緩めるな。小さい奴は消えてもあそこの大きな塊は、拓也の駅まで自然に消えてくれはせぬぞ」
「じゃあどうすれば……」
言いよどんだ俺に、槐が下から強い目で見上げてきた。
「拓也、今回のケガレは拓也の姉ちゃんが原因だ。手伝ってもらえ。拓也の姉ちゃんはギンには触れねぇけど、拓也の手には触れるだろ」
「あっ……」
そうか、七海の気持ちで小さいケガレたちが消えていったのなら、ギンを握る俺の手に七海の手を重ねれば、あの大きなケガレを浄化する力も強くなるかもしれない。
「姉ちゃん! 俺の手握ってくれないか?」
「はぁ? 何なの?」
「いいから早く! 文句なら後で聞くから! 今の状況を簡単に説明しておくけど、こないだ姉ちゃんに怪我させた奴が、今は運転室の壁にびっしりついてて、多分運転士さんが大変なことになってる。もしかしたらこの汽車そのものが大変なことになるかもしれないんだ」
「え……っ」
流石にそれには七海も絶句し、俺は冷や汗をかきながらケガレの間から見える外の景色を確認する。
「列車事故起こしたくないだろ! いいから早く俺の手を握って、今のその鬱々とした気持ちを解放してくれ!」
そう怒鳴ると七海もムキになったのか、「分かったよ!」と怒鳴り返してギンを握っている俺の手を、両手で握ってきた。
「どうしたらいいの!?」
「運転室の壁にべったり付いてるって言ったろ? それを切るから、そのイメージで頼む!」
「オッケ!」
俺は鈍い色になってしまったギンをゆっくり振り上げ、「いくよ」と七海に声を掛けた。
「拓也、槐は信じてるぞ」
ありがとう、槐。
「拓也はん、気張ってな」
ありがとう、藤紫。
「拓也、共にゆくぞ」
ありがとう、ギン。
窓の外にはもう手稲駅直結のスーパーが見えていて、それでもスピードが落ちる気配はない。
俺は、俺にできることを今やるんだ!
「頑張って! 七海ちゃん、拓也くん!」
彩乃のエールを背後に、俺と七海は呼吸を合わせて一気にギンを振り下ろし、その瞬間七海が叫ぶ。
「安藤寛臣のバカヤロー! 絶対いい女になって後悔させてやるー! さよならぁ!」
途端、ギンの刀身から眩い光が車両内を氾濫し、ケガレたちが悲鳴を上げる間もなく消えてゆく。
刀の柄ごしに、ギンが歯軋りをしながら頑張ってくれているのが伝わった。
俺の体からも、すさまじい勢いで気力や体力が奪われてゆく。
がんばれ。がんばれ。
皆で「いつもの通り」に帰るんだ。
眩い光が収まるとケガレは綺麗に消え、俺はガクンと膝から脱力して運転室の壁に手を着いた。
同時に運転室の方から「動いた!」と声が聞こえ、汽車はゆっくりとブレーキをかけていった。
グロッキーな状態で槐たちを「戻れ」と解放してから、ノロノロと顔を上げると、汽車は不自然ではない範囲で手稲駅に停車しようとしていた。まさかこの普通の停車が、ブレーキが効かないと運転士さんが困っていた後のものとは、乗客たちも思わないだろう。
藤紫がいなくなって一両目の乗客たちは目を覚ます。みんな誰かに寄り掛かっていたものだから、口々に「すみません」と言いながら不思議そうな顔で窓の外を見る。
「拓也、大丈夫?」
「うん……。サンキュー、姉ちゃん」
手を差し出されて俺は七海の手に掴まり、手すりにも頼ってゆっくり立ち上がる。
電車がオーバーランした時に嫌な顔をするのは、待っていて乗る側だが、乗っていた側はそれほどでもない。いつも通りの顔で、降りる人は立ち上がってドアが開くのを待つ。
「終わったの……? 拓也」
「うん、ここにいたケガレは消えたよ。姉ちゃん」
「でも、みんな見えないし気付かないものなんだね。私たちここであれだけ騒いでたのに」
彩乃がそう言いながらホームに下り、俺もゆっくり歩きだす。
ホームに降りて俺は「ちょっとごめん」と断ってから、ベンチに座る。七海と彩乃は何も言わずその両脇に座ってくれた。
それぐらいのタイミングで、汽車の開いたドアからアナウンスが聞こえる。
どうやら、ブレーキが効かないかもしれない恐れがある汽車を、このまま走らせる訳にもいかないらしい。緊急点検をする必要があると言われれば、乗客たちも下りざるを得ない。
しばらく、ホームは混雑する客とハプニングに対応する車掌さん、駅員さんで騒がしかったが、やはり日本の鉄道は素晴らしく、銀色の車体は小樽方面に向かって走って行った。
手稲の次には色んな汽車が停まっている稲穂駅があるから、あそこで点検するんだろうか? 汽車のことは俺は詳しくないから、憶測でしかないが。
人気のなくなったホームで、俺はポツリポツリと語り出す。
札幌駅で待ち合わせした時間に、七海が沢山のケガレを引き連れていたこと。汽車の中で槐たちが力を貸してくれたこと。
「そっかぁ……。それで一両目の人たちみんな寝てたんだね」
彩乃は立ち上がり、南口の路地裏を見ながら何か考えているようだったが、ハッとして俺たちを振り向く。
「やだ! おじさんもう迎えに来てくれてるんじゃない?」
「あっ! そうだ!」
「やべ!」
彩乃の言葉を皮切りに、俺と七海はそう言って立ち上がり階段を上がってゆく。
「何ていうかさ、こないだ拓也の話聞いた時も思ったけど、ひいお婆ちゃんが皆の平和を人知れず守ってくれたのなら格好いいって思ったし、あんたもやる時はやるんだね。ちょっと見直したよ」
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