文字の大きさ
大
中
小
380 / 880
大切な話 編
新生活
四月に入り、私は副社長秘書として働き始めた。
どんな仕事をするかは事前にエミリさんが纏めた分厚い資料を見て、大体の事を頭に叩き込んでいる。
大雑把に言えば、秘書は副社長のあらゆるサポートをする係で、スケジュールを組むために各部署から連絡を受けて調整したり、出張するにもホテルや会食のためのレストランをアテンドするなど、多岐にわたる。
会食をするにも相手の趣味嗜好やご家族についても調べ、円滑な会話ができるように準備する。
副社長ともなれば責任が重くなるから、うっかりした一言で地雷を踏み抜くなんてあったら大変だ。
尊さんは細やかな性格の人だから、失言はしないだろうけど、思ってもみない事が地雷になる場合もあるから、入念に調査する必要がある。
副社長就任にあたって取締役会、株主総会での決議は済んでいて、法務局での登記の変更、登記簿の発行、その他諸々の名義変更は四月一日付で更新するようになっている。
異動の発表時に、社員は新社長や新副社長が誰になるか分かっているはずだけれど、改めて社内通知をする他、取引先への通知、HPの記載なども済ませておく。
大株主や大切な取引先には、社長、副社長交代の挨拶状をいい紙に印刷し、総務部の人たちがひたすら折って封筒に入れ、郵送する予定だ。
加えて就任パーティーも予定されているので、準備委員会の人たちと連携して色々決めていかなくてはならない。
予定では都内の高級ホテルの大ホールを使って社員、来賓を招待し、挨拶やら祝辞、鏡割りののちに乾杯して、飲食しつつ芸能人を招いてショーをしてもらうなど、かなり大がかりなものになる予定だ。
招待する人たちは大株主にメインバンク、主な取引先相手や関連会社、下請け会社の役員、マスコミに飲食関係の業界紙の記者、同業会社の役員たちなどだ。
本社の社員も参加できるけれど、格式張った所は苦手という人もいるので、事前に参加か不参加かを聞いておく必要がある。
うちの会社に関しては亘さんや怜香さんの不祥事があったばかりだから、交代してすぐに華々しくパーティーするのは不謹慎だから……という事で、GWが終わって落ち着いた頃、株主総会のある六月中旬に行う予定だ。
本来なら就任パーティーは、交代してから遅くても一か月内には行ったほうが好ましいのだけれど、マスコミも招待する以上慎重に動くべきだと風磨さんが判断した。
招待客のためにホテルの駐車場を確保したり、記念品を用意したり、会場にカメラマン席を用意するなどの用意もしつつ、経理部にはしっかり予算の確認をしてもらう必要がある。
新生活になり、副社長づきの運転手、鉢村一史さんが行動を共にするようになった。
四十八歳の彼は無事故・無違反のベテラン運転手で、風磨さんの運転手のツテで紹介してもらった人らしい。
鉢村さんは温厚そうな礼儀正しい男性で、役員の運転手として働いた経験があるので、口も固く信頼できる人だそうだ。
風磨さんは社長、尊さんは副社長に就任して早速役員会議で挨拶をし、今後の指針などを打ち合わせたあと、その日は役員のみで挨拶代わりの飲み会をする事となった。
これも事前に言われていたので、私はエミリさんと協力して銀座の個室のある料亭を予約し、会長の有志さんや役員、他の秘書たちと共にお上品な懐石料理に舌鼓を打つ。
ありがたかったのは、お酌をしたり気を遣わないといけないかと思っていたけれど、有志さんがそういう風潮を嫌い、「酒が飲みたかったら自分で」という方針を貫いてくれた事だ。
**
「はぁ……、疲れた……!」
四月五日の金曜日、尊さんと一緒に帰宅した私は、ドッとソファに倒れ込む。
「お疲れさん」
尊さんは私のお尻をポンと叩き、クスクス笑う。
「お疲れ様です。これから仕上げをしますね」
町田さんは私たちを迎えたあと、キッチンに戻って食事の準備をし始める。
「今日はなんですか?」
「慣れないお仕事で一週間お疲れでしょうから、ご褒美気分を味わっていただくために、フレンチ仕立てにしました。旬はまだ少し早いのですが、アスパラを使った前菜に、ホタルイカや筍、鰆、仔羊を使っています」
「わああ……! ご馳走だ! 手洗ってきます!」
私はガバッと起き上がると、スプリングコートを脱いでパタパタと自室に駆け込む。
秘書として働き始めてから、エミリさんからアドバイスを受けて服装が少し変わった。
以前は実験の邪魔にならない程度で自由度の高い服だったけれど、秘書になってからは取引先のお偉いさんに会う確率が高くなるので、いつ誰にお会いしても失礼にならない服を着るようになった。
大体はパンツやスカートにジャケットを合わせ、ワンピースにジャケットも可で、とにかくジャケットは着ていたほうがいいみたいだ。
柄物は避けてシンプル、きれいめを心がけ、ピアスは揺れない物にしている。
ネイルは篠宮フーズではNGではないけれど、常識的な範囲で……という事になっている。
エミリさんいわく、いつご不幸があるか分からず、社長の代走をする時はジェルネイルだとすぐに落とせないので、普段は落ち着いた色のポリッシュネイルにして、週末にお洒落をしたい時だけ、簡単に脱着できるつけ爪をして楽しんでいるらしい。
私もそれを見習い、初心者秘書なので大人しくいこうと、素爪にトップコートを塗って勤務している。
ロンTにクラッシュデニムに着替えた私は、洗面所でメイクを落とし、フェイスケアをしてからハンドクリームをつけ、リビングダイニングに向かう。
「あぁ~、いい匂いなんじゃぁ~」
私はクンクンしながらキッチンに行き、いつものようにダイニングにカトラリーの準備をし始める。
すでに着替えた尊さんは料理の内容を見ながら、ワインセラーからワインを出していた。
どんな仕事をするかは事前にエミリさんが纏めた分厚い資料を見て、大体の事を頭に叩き込んでいる。
大雑把に言えば、秘書は副社長のあらゆるサポートをする係で、スケジュールを組むために各部署から連絡を受けて調整したり、出張するにもホテルや会食のためのレストランをアテンドするなど、多岐にわたる。
会食をするにも相手の趣味嗜好やご家族についても調べ、円滑な会話ができるように準備する。
副社長ともなれば責任が重くなるから、うっかりした一言で地雷を踏み抜くなんてあったら大変だ。
尊さんは細やかな性格の人だから、失言はしないだろうけど、思ってもみない事が地雷になる場合もあるから、入念に調査する必要がある。
副社長就任にあたって取締役会、株主総会での決議は済んでいて、法務局での登記の変更、登記簿の発行、その他諸々の名義変更は四月一日付で更新するようになっている。
異動の発表時に、社員は新社長や新副社長が誰になるか分かっているはずだけれど、改めて社内通知をする他、取引先への通知、HPの記載なども済ませておく。
大株主や大切な取引先には、社長、副社長交代の挨拶状をいい紙に印刷し、総務部の人たちがひたすら折って封筒に入れ、郵送する予定だ。
加えて就任パーティーも予定されているので、準備委員会の人たちと連携して色々決めていかなくてはならない。
予定では都内の高級ホテルの大ホールを使って社員、来賓を招待し、挨拶やら祝辞、鏡割りののちに乾杯して、飲食しつつ芸能人を招いてショーをしてもらうなど、かなり大がかりなものになる予定だ。
招待する人たちは大株主にメインバンク、主な取引先相手や関連会社、下請け会社の役員、マスコミに飲食関係の業界紙の記者、同業会社の役員たちなどだ。
本社の社員も参加できるけれど、格式張った所は苦手という人もいるので、事前に参加か不参加かを聞いておく必要がある。
うちの会社に関しては亘さんや怜香さんの不祥事があったばかりだから、交代してすぐに華々しくパーティーするのは不謹慎だから……という事で、GWが終わって落ち着いた頃、株主総会のある六月中旬に行う予定だ。
本来なら就任パーティーは、交代してから遅くても一か月内には行ったほうが好ましいのだけれど、マスコミも招待する以上慎重に動くべきだと風磨さんが判断した。
招待客のためにホテルの駐車場を確保したり、記念品を用意したり、会場にカメラマン席を用意するなどの用意もしつつ、経理部にはしっかり予算の確認をしてもらう必要がある。
新生活になり、副社長づきの運転手、鉢村一史さんが行動を共にするようになった。
四十八歳の彼は無事故・無違反のベテラン運転手で、風磨さんの運転手のツテで紹介してもらった人らしい。
鉢村さんは温厚そうな礼儀正しい男性で、役員の運転手として働いた経験があるので、口も固く信頼できる人だそうだ。
風磨さんは社長、尊さんは副社長に就任して早速役員会議で挨拶をし、今後の指針などを打ち合わせたあと、その日は役員のみで挨拶代わりの飲み会をする事となった。
これも事前に言われていたので、私はエミリさんと協力して銀座の個室のある料亭を予約し、会長の有志さんや役員、他の秘書たちと共にお上品な懐石料理に舌鼓を打つ。
ありがたかったのは、お酌をしたり気を遣わないといけないかと思っていたけれど、有志さんがそういう風潮を嫌い、「酒が飲みたかったら自分で」という方針を貫いてくれた事だ。
**
「はぁ……、疲れた……!」
四月五日の金曜日、尊さんと一緒に帰宅した私は、ドッとソファに倒れ込む。
「お疲れさん」
尊さんは私のお尻をポンと叩き、クスクス笑う。
「お疲れ様です。これから仕上げをしますね」
町田さんは私たちを迎えたあと、キッチンに戻って食事の準備をし始める。
「今日はなんですか?」
「慣れないお仕事で一週間お疲れでしょうから、ご褒美気分を味わっていただくために、フレンチ仕立てにしました。旬はまだ少し早いのですが、アスパラを使った前菜に、ホタルイカや筍、鰆、仔羊を使っています」
「わああ……! ご馳走だ! 手洗ってきます!」
私はガバッと起き上がると、スプリングコートを脱いでパタパタと自室に駆け込む。
秘書として働き始めてから、エミリさんからアドバイスを受けて服装が少し変わった。
以前は実験の邪魔にならない程度で自由度の高い服だったけれど、秘書になってからは取引先のお偉いさんに会う確率が高くなるので、いつ誰にお会いしても失礼にならない服を着るようになった。
大体はパンツやスカートにジャケットを合わせ、ワンピースにジャケットも可で、とにかくジャケットは着ていたほうがいいみたいだ。
柄物は避けてシンプル、きれいめを心がけ、ピアスは揺れない物にしている。
ネイルは篠宮フーズではNGではないけれど、常識的な範囲で……という事になっている。
エミリさんいわく、いつご不幸があるか分からず、社長の代走をする時はジェルネイルだとすぐに落とせないので、普段は落ち着いた色のポリッシュネイルにして、週末にお洒落をしたい時だけ、簡単に脱着できるつけ爪をして楽しんでいるらしい。
私もそれを見習い、初心者秘書なので大人しくいこうと、素爪にトップコートを塗って勤務している。
ロンTにクラッシュデニムに着替えた私は、洗面所でメイクを落とし、フェイスケアをしてからハンドクリームをつけ、リビングダイニングに向かう。
「あぁ~、いい匂いなんじゃぁ~」
私はクンクンしながらキッチンに行き、いつものようにダイニングにカトラリーの準備をし始める。
すでに着替えた尊さんは料理の内容を見ながら、ワインセラーからワインを出していた。
感想 2,934
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
✽全28話完結
✽辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
✽他誌にも掲載中です。
✽2026.4/11 エブリスタ用に使用している表紙に変更しました。
→表紙はイラストをGrok タイトルをChatGPTでAI生成しています。
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。