【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜

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お留守番 編

三日月涼、緊張する

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 会社の昼休みを少し早めにとり、俺は車でまっすぐ東十条の恵ちゃんの家に向かった。

 初めて彼女のお母さんに会うから、今日は気に入っているスーツとネクタイを選んだ。

 女の子の親御さんに会うのに、こんなに意識し、緊張した事はない。

(おかしくないかな)

 俺は手鏡を出し、髪が乱れていないか、髭の剃り残しのチェックや睫毛が落ちていないか確認する。

「そんなに動揺されるの、珍しいですね」

 助手席に座って言ったのは、第一秘書の尾野見おのみ康晴やすはるだ。

 五十代半ばのベテラン秘書で、最初は祖父の命令を受けて俺の目付役的な形で秘書になったが、そのあともずっと腕利き秘書として導いてくれている。

 上条が言うには「何があっても動じない」らしく、俺も概ね同じ印象を抱いている。

 ……ただ、俺が社会人になりたての頃は、何かと気を揉ませて溜め息ばかりつかせてしまった。

 家の会社に入った当初、仕事的な意味では問題を起こした訳ではないのだが、社員との距離の取り方を間違えてしまった。

 普通の社員同士と思って、それなりに適切な距離感で話していたつもりだったが、あっという間に社内にファンクラブができてしまい、業務に支障を来すほどになってしまった。

 最初は一般社員からやらせてほしいと言ったのは俺だったが、父は『同じフロアにこの顔があったら生産率が落ちる』と言って、早々に俺を役員にした。

 四年後に弟が入社した時も、同じ理由でスムーズに個室に入れられた。

 当時は何かと贈り物をされたり、帰り際に待ち伏せされたりで、尾野見を困らせたものだ。

 一般社員と接する機会が多い役職だと駄目だという事で、割と序盤からグループの不動産会社の重役になり、初心者マークがとれない内からシビアな世界に入ったが、そのお陰で今があると思っている。

 今は本社の専務になって荒波に揉まれているが、いつかトップに立つ事を思うと、多少手強いぐらいが丁度いい。

 ……そんな俺が、恵ちゃんのお母さんに会うというだけで、人生で一番と言っていいほど緊張している。

 だから尾野見も半ば呆れ気味なのだ。

「専務なら、ニコニコしていれば大丈夫なんじゃないですか?」

「真剣にお付き合いしたい女性のお母さんだから、緊張してるんだよ。増して出会ってすぐだし、彼女は事件に巻き込まれた直後だし」

 初めて挨拶をするには、あまりにも分が悪すぎる。

「菓子折も持ちましたし、今夜は食事もするんでしょう? 専務が中村さんを害した訳じゃないんですから、礼儀正しくしていれば大丈夫ですよ」

「…………そうなんだけどね…………」

 俺は溜め息をつき、脚を組む。

 恵ちゃんの家までは急いでも車で三十分ぐらいは掛かってしまうので、十一時半には会社を出た。

 上条の報告では予定通り十時から引っ越し作業が始まり、彼女のお母さんの佳苗さんもすでにいるとの事だ。

「…………心臓がつらい…………」

 これだったらスカイダイビングのほうがまだマシだと思った俺は、深く長く溜め息をついた。





 彼女の賃貸マンションの近くで車を停め、運転手にはコインパーキングで待っていてもらう。

 歩いて向かうと、マンション前にはトラックが停まっている。

 少し急いで階段を上がると、開けっぱなしのドアの付近にはブルーシートが張られ、上条が中を見ていた。

「上条」

「あ、専務」

「何をボーッと立っているんだ」

「……いや、手伝おうとしたんですが、追い出されてしまいまして」

 はぁ……、と溜め息をついた俺は、靴を脱いで「お邪魔します」と恵ちゃんの家の中に入った。

「あらぁ?」

 俺の声を聞き、段ボールに荷物を詰めていた女性がこちらを振り向く。

 事前情報では五十四歳のモデルと聞いていたが、確かに恵ちゃんと似た雰囲気の美人で、年齢よりずっと若く見える。

「どうも、初めまして。ご挨拶が遅れて大変申し訳ございません。三日月涼と申します」

 バッと頭を下げた俺の心臓は、緊張のあまり口から飛び出そうになっていた。
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