543 / 792
夜のお出かけ 編
推し活と犬
しおりを挟む
少ししてから、私は息を吐いて言った。
「……ボイレコの証拠くれたの、誰かっていうのは聞かないほうがいいですか?」
「そうだな。その社員に約束したから秘密は守るつもりだ」
「うん、分かりました」
彼が副社長としてそう言っているなら、私的な感情を見せて「教えて」なんて言えない。
ただ、別の方法で伝えたいと思った。
「私の話を聞いてくれますか? 返事がしづらかったら、私の独り言って事でいいので」
「ん、分かった」
尊さんの返事を聞いたあと、私は先日会社のトイレであった事を話した。
「……そんなわけで、学生みたいにトイレで陰口を叩かれたんですが、あとになってから同じ総務部の西川紗綾ちゃんっていう子が追いかけてきて、『応援してます』って言ってくれたんです。……なんか分からないんですが、私と尊さんとを推してくれてるみたいで」
彼は何も言わず、車を走らせている。
「彼女は私のために何をするとは言っていませんでしたが、尊さんからボイレコの話を聞いて、『紗綾ちゃんかな?』って思ったんです。でも何も証拠はありませんから、誰にも言わないでおきますね」
尊さんはしばらく黙っていたけれど、お茶を飲んでから言った。
「……世の中には、『味方になってください』って頼まなくても味方になってくれる人はいる。そういう人は朱里を深く知らなくても、その人なりの価値観で朱里を『いい』と判断して、朱里を〝推す〟と決めたんだ。親しくしていなくても、ネット越しであってもそういう事はある」
私は前を走る車を何とはなしに見ながら、尊さんの言葉を聞いていた。
「推してくれる人は、何かしらの手段で朱里を見ていたんだろう。遠巻きに見て、朱里が美人だから好きだと思ったかもしれないし、もしかしたら社食かどこかで近くにいた可能性もある。……多分、その西川さんは余程の事がなければ、自分から朱里に話しかける事はなかったと思う。でも、腹に据えかねたんだろうな。ひっそりと推し活をしていても、推しが気に食わない奴から不当に貶められていたら、一言いいたくなるだろうし」
私はコクンと頷く。
「今後、もしも西川さんから接触してくる事があったら、様子を見ながら応じていくといいと思うけど、あまり干渉してほしくなさそうだったら、積極的に声を掛けなくてもいいかもしれない。俺は〝推し〟のいる人の気持ちはよく分からんが、中には相手に認識されず、ただ仲間内でキャーキャーするとか、一人でひっそり推したい人もいるだろうし。あまり推されてる側からグイグイいかないほうがいい場合もあると思う」
「ですね。分かりました」
私の返事を聞き、尊さんはクスッと柔らかく笑う。
「朱里はずっと会社で中村さんさえいればいいって感じで、あとは割とそっけなかったけど、学生時代の傷とか、田村によって潰された自尊心とか、そういうものを守ってツンツンしていたと思う。……それでも〝推し〟だと思ってくれる人はいるんだ。人間、どこで誰に見られてるか分からない。知らない所で敵を作ってるかもしれないけど、同じぐらい味方もできているだろう。……今は俺もいるし、風磨やエミリもいる。多分、神も何かしらの応援をしてくれると思う。社外ならご家族や速水家の人たち、三ノ宮さんとか……。朱里は自分で思っている以上に推されてるから、もっと胸を張っていていいよ」
「……はい!」
嬉しくなった私は、笑顔で頷いた。
「私の推しは、言わずもがな尊さんですからね? 両手でサイリウム持って、めっちゃ全力でオタ芸します」
「俺も密かに朱里を推してるよ。オタ芸はしないけど」
「やだ~。全力で推してくださいよ」
「俺は隠密系のオタクなんだよ……」
「人をレインボーネオンオタクのように……」
「あれだな。朱里を見てると、夜間にエレクトリカルパレードみたいなネオンをつけて、散歩してる犬を思い出す。存在感がすげー強いやつ」
「可愛いじゃないですか~! 私、犬にしたら何犬ですか?」
「んー? なんだろ……。スピッツとかポメかな。フワフワでドヤ顔してるやつ」
「台風が来ると形が変わるやつですね」
私はネットで見た写真を思い出し、むふっと笑う。
「尊さんはー……、うーん、シェパードとかハスキーかな」
「涼は?」
「涼さんは人なつっこいからゴールデンレトリバー。恵はそのお腹の下にいる豆柴」
「ははっ、割とピッタリかも」
「春日さんは美しいから、サルーキ。エミリさんはコッカー・スパニエル。……耳がクリクリ毛なのが、ウエーブ髪のイメージと合ってるし、足元の毛を長くしたら優美だし。……で、神くんはボーダーコリー。明るくて頭のいいところが合ってると思う」
そこまで言ったあと、私は「あっ」と声を漏らして気まずく付け加える。
「……風磨さんはまだあんまり性格を掴めてないからパス。エミリさんからもプラモデル作りが好きとか、色々話は聞いてるんだけど、いまいち『こういう人』って分かっていなくて」
「あいつはプライベートだと割とぼんやりしてるなぁ……」
尊さんは運転しながら思い出すように言う。
「……ボイレコの証拠くれたの、誰かっていうのは聞かないほうがいいですか?」
「そうだな。その社員に約束したから秘密は守るつもりだ」
「うん、分かりました」
彼が副社長としてそう言っているなら、私的な感情を見せて「教えて」なんて言えない。
ただ、別の方法で伝えたいと思った。
「私の話を聞いてくれますか? 返事がしづらかったら、私の独り言って事でいいので」
「ん、分かった」
尊さんの返事を聞いたあと、私は先日会社のトイレであった事を話した。
「……そんなわけで、学生みたいにトイレで陰口を叩かれたんですが、あとになってから同じ総務部の西川紗綾ちゃんっていう子が追いかけてきて、『応援してます』って言ってくれたんです。……なんか分からないんですが、私と尊さんとを推してくれてるみたいで」
彼は何も言わず、車を走らせている。
「彼女は私のために何をするとは言っていませんでしたが、尊さんからボイレコの話を聞いて、『紗綾ちゃんかな?』って思ったんです。でも何も証拠はありませんから、誰にも言わないでおきますね」
尊さんはしばらく黙っていたけれど、お茶を飲んでから言った。
「……世の中には、『味方になってください』って頼まなくても味方になってくれる人はいる。そういう人は朱里を深く知らなくても、その人なりの価値観で朱里を『いい』と判断して、朱里を〝推す〟と決めたんだ。親しくしていなくても、ネット越しであってもそういう事はある」
私は前を走る車を何とはなしに見ながら、尊さんの言葉を聞いていた。
「推してくれる人は、何かしらの手段で朱里を見ていたんだろう。遠巻きに見て、朱里が美人だから好きだと思ったかもしれないし、もしかしたら社食かどこかで近くにいた可能性もある。……多分、その西川さんは余程の事がなければ、自分から朱里に話しかける事はなかったと思う。でも、腹に据えかねたんだろうな。ひっそりと推し活をしていても、推しが気に食わない奴から不当に貶められていたら、一言いいたくなるだろうし」
私はコクンと頷く。
「今後、もしも西川さんから接触してくる事があったら、様子を見ながら応じていくといいと思うけど、あまり干渉してほしくなさそうだったら、積極的に声を掛けなくてもいいかもしれない。俺は〝推し〟のいる人の気持ちはよく分からんが、中には相手に認識されず、ただ仲間内でキャーキャーするとか、一人でひっそり推したい人もいるだろうし。あまり推されてる側からグイグイいかないほうがいい場合もあると思う」
「ですね。分かりました」
私の返事を聞き、尊さんはクスッと柔らかく笑う。
「朱里はずっと会社で中村さんさえいればいいって感じで、あとは割とそっけなかったけど、学生時代の傷とか、田村によって潰された自尊心とか、そういうものを守ってツンツンしていたと思う。……それでも〝推し〟だと思ってくれる人はいるんだ。人間、どこで誰に見られてるか分からない。知らない所で敵を作ってるかもしれないけど、同じぐらい味方もできているだろう。……今は俺もいるし、風磨やエミリもいる。多分、神も何かしらの応援をしてくれると思う。社外ならご家族や速水家の人たち、三ノ宮さんとか……。朱里は自分で思っている以上に推されてるから、もっと胸を張っていていいよ」
「……はい!」
嬉しくなった私は、笑顔で頷いた。
「私の推しは、言わずもがな尊さんですからね? 両手でサイリウム持って、めっちゃ全力でオタ芸します」
「俺も密かに朱里を推してるよ。オタ芸はしないけど」
「やだ~。全力で推してくださいよ」
「俺は隠密系のオタクなんだよ……」
「人をレインボーネオンオタクのように……」
「あれだな。朱里を見てると、夜間にエレクトリカルパレードみたいなネオンをつけて、散歩してる犬を思い出す。存在感がすげー強いやつ」
「可愛いじゃないですか~! 私、犬にしたら何犬ですか?」
「んー? なんだろ……。スピッツとかポメかな。フワフワでドヤ顔してるやつ」
「台風が来ると形が変わるやつですね」
私はネットで見た写真を思い出し、むふっと笑う。
「尊さんはー……、うーん、シェパードとかハスキーかな」
「涼は?」
「涼さんは人なつっこいからゴールデンレトリバー。恵はそのお腹の下にいる豆柴」
「ははっ、割とピッタリかも」
「春日さんは美しいから、サルーキ。エミリさんはコッカー・スパニエル。……耳がクリクリ毛なのが、ウエーブ髪のイメージと合ってるし、足元の毛を長くしたら優美だし。……で、神くんはボーダーコリー。明るくて頭のいいところが合ってると思う」
そこまで言ったあと、私は「あっ」と声を漏らして気まずく付け加える。
「……風磨さんはまだあんまり性格を掴めてないからパス。エミリさんからもプラモデル作りが好きとか、色々話は聞いてるんだけど、いまいち『こういう人』って分かっていなくて」
「あいつはプライベートだと割とぼんやりしてるなぁ……」
尊さんは運転しながら思い出すように言う。
692
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました
山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。
王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。
レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。
3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。
将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ!
「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」
ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている?
婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる