風と雨の神話

臣桜

文字の大きさ
8 / 19

第三部・雨1

しおりを挟む
「街」

 幽(くら)い街であった。
 一年中雨が降り続き、嫌でも陰気な雰囲気を出す。
 街で活発に動き回るものはなく、すべてがもったりとした愚鈍な動きで成されていた。
 人々は俯いて背中を丸めて歩き、酒場はいつも投げ遣りな喧燥に包まれている。濡れそぼった犬がゴミをあさり、屋根に当たる雨音は街に住む者の耳に染み付いている。
 そこは『終わりの街』と呼ばれた。
 特に決まった街の名はついていない。ただ、『終わりの街』。
 元々そこに名前など付いていなかった。
 年中雨が降り、到底人が住む様な場所ではないと判断されて、人々がそこにゴミを捨て、動物を捨て、すべてを捨てた者が集まった。
 何も始まらない。
 だから、『終わりの街』。
 世を捨てた人間や、借金に追われた人間。仕事を失った人間、生きる気力もなく余生をゴミの様に生きようと思った人間。そんな者ばかりが、そこに生きていた。
 街に笑顔などというものはない。あるのは乾いた笑い、嘲笑、哄笑、狂った様な笑い。
 希望という言葉を忘れ去った者達が、口を笑いの形に歪ませて悲鳴を上げるのみだ。
 誰もが狂った様に笑い、互いを罵り合い、殺し合い、そうやって与えられた生を過ごしていた。そういう者達しか生きる事のできない場所。
 狂気と狂乱の祝宴が、果てしなく繰り広げられる最果ての場所。
 ――それが、『終わりの街』。


「何だぁ? その目はぁ」
 泥酔した男の濁声が酒場に響き、給仕をしていた娘が肉厚な掌で頬を張られる。
 娘はトレーに乗せていたグラスを派手に割りながら、盛大に床の上に叩き付けられた。
 それを見て、周囲の者達がどっと沸く。哀れみの表情をする者など誰一人としていない。
「店のもん壊すんじゃないよ!」
 酒場の女主人らしき、厚化粧の中年女がヒステリックに娘を怒鳴った。
 女は若い頃は美人の部類に入る顔つきなのだろうが、その荒みきった生活と内面のものが滲み出て、かつては美人だった、というよりは、顔がかろうじて美人な女を留めようとしている感じであった。
 垂れかけた乳房を下着で強制的に盛り上げ、胸元の大きく開いたドレスを『はす』に着ている。ドレスのけばけばしい色がまた、女を退廃的なものに見せている。
 男に平手を食らい、女に怒鳴られた少女は、文句一つ言う事なく立ち上がり、割れたガラスの欠片を拾い集めた。
 歳は十七歳くらいだろうか。
 白に近い灰色の髪を無造作に垂らし、真紅の瞳はどんよりとしている。無気力、という訳ではない。どちらかと言えば周囲にあるものすべてを、激しく憎悪している目だ。
 ――暗い炎の灯った目。
 その真紅の目は、女主人と同じ色だった。
 娘は、相手となる男と共にこの『終わりの街』に逃げ延びて来た女が、ここで生んだ子供であった。
 顔つきもどことなく似ている。女の若い頃は、この娘の様な顔つきだったのだろうか。
 白い肌に、冷たく整った顔――。
 もっと違う生まれ方をしていれば、理知的な美人になっていただろう。
 だが、生まれながらにして『終わりの街』に生きる娘は、全てを憎み、嫌悪するしか感情はなかった。
 この街を出る事もできず、外の世界も知らず、ただ毎日を母の金を稼ぐために生きていた。
 どんなに酷い母だとしても娘にとっては、その女しかいないのだ。
 父であるはずの男は既にいない。街から出て行ったか、殺されたか、街のどこかで行き倒れているか、どれも定かではないが現実味のある予想だ。
 とにかく、今の母の『男』が父ではない事は確かだ。
 普通の母親というものがどんなものかも知らず、娘は毎日を母のために働き、男達に給仕をし、男達の望むままに脚を広げて金をもらった。それが母の望む事だったからだ。
 それが娘にとっての日常であり、普通の生活だ。誰もそれを否定する者はいないし、間違えているとも悪いとも、何も言わない。それが『終わりの街』の常識だからだ。
『終わりの街』の人間は、他にある普通の街の事を『晴れの街』と呼んだ。
 そして、普通の世界である『晴れの街』での常識を、この街に持ち込む者は誰一人として許さない。
 ここにはここのルールがある。
 外の世界から逃げ出して来たのに、わざわざこの街に来てまで捨てた世界のルールで縛られたくない。それが、彼らの言い分である。
 暴力も、殺人も、売春も、禁じられた武器や薬を使う事も、この街のルールに則っているのなら、すべてが許される。
 逆に、この街のルールに沿ってそれらを行使しなければ、この街では生きていけないという現実もある。
 暗い欲望に満たされた街。
 闇の自由に許された街。
 ――それが、『終わりの街』。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...