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第三部・雨2
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「罪人」
新しい罪人がやって来た。
それが、『終わりの街』に新しく人が入って来た時の言い方だ。
多かれ少なかれ、この街にいる者は何らかの形で罪を犯している。それでなければ、こんな街にいるはずがない。
たとえ社会で罰される罪を犯していないとしても、私的な裁きを受けてここまで追いつめられた者や、自らの罪の意識に従ってコソコソとこの街にやって来る者もいる。
『晴れの街』に属する者達は、間違えてもここに近付こうとはしない。
彼らが来たとしても、この街には何もないし、反って訪れた者は何かを損なわせる恐れがある。だからこの街に来る者は、もはや何も失う物はないという者だけなのだ。
「随分若ぇじゃねぇか」
街のたった一つの出入り口にある廃虚に住み着いている『門番』が、ボロボロのマントを纏った新しい罪人に言った。頭部を覆っていたフードを取られ、現れたのはまだ若い青年の顔だった。
顔は浅黒く、精悍に引き締まった顔つきだったが、その片目には痛々しい包帯が巻かれていた。残った片目は、暗く濁った目で門番を見ている。
「随分な怪我じゃねぇか。どうしたんだ? ん?」
門番は面白そうに、青年の顎を捉えたまま尋ねる。
新入りの罪状を尋ねるのも、門番の仕事だ。
その罪状の重さにより、この街での権力や地位も変わってくる。実力重視で、徳のより低い者がこの街では力を持つ。
門番に尋ねられてから、青年は少し沈黙したあと低い声で答えた。
「…………騎士だった。君主を殺して処刑されそうになって、周りの奴等を皆殺しにしてやろうとした時、目をやられた」
隻眼の青年の言葉を聞き、門番はヒュウッと口笛を鳴らす。当時、最高の職業の一つである騎士にとって、最大の禁忌は君主殺しだ。
加えて、両目がある状態で黙っていればさぞや女にもてるであろう青年の口から、さらりと皆殺しなどという言葉を聞いた日には、門番の背にも冷たいものが一瞬走った。
門番は、彼らしくもなくこの街では訊いてはいけない事を訊いてしまう。
「…………どうしてだ?」
だが、隻眼の青年はこの街に今来たばかりだ。この街のルールも知らない。ただ、門番の質問にボソリと答えた。
「……何となく気に食わなかったから。別に志して騎士になった訳でもない」
理由無き殺人。
更に「どうして?」と尋ねられても、本人にも訳が分からないのだから始末に負えない。
「ここに住みたい。寝る場所はあるのか?」
感情のない声で尋ねる青年に、門番は酒場の場所を教えてやる。
「そこにアレクさんがいるから、彼に訊きな」
赤毛の戦士アレクは、この街のボスだ。
血の赤で染まった犯罪記録によりこの街に流れ、それまでのボスだった男を力と狡猾さで失脚させ、復讐されない様に暗殺した。酒場の女主人の情夫であり、街にいる女という女を犯している。
隻眼の青年は何も言わずに門番の脇を通り過ぎる。
「おい」
が、門番に呼び止められて足を止める。
足を止めたものの振り向く事をしない青年に、門番は少し焦れて太い腕を差し出す。
青年は初めてこの街に来た大抵の者と、様子が違う。
大抵の者は不安に怯えて周囲を落ち着き無くキョロキョロしたり、虚勢を張っているか、全てに対して投げやりな態度をとっているかのいずれかだ。
が、青年はそのどれにも属さずあくまで冷静で自らのペースを保っている。
まるで、ここが『終わりの街』だと認識していない様な態度だった。それが、門番のペースを何となくずらしている。
「ここを通過するのに、タダで行こうっていうのか?」
下卑た笑いを口元に張り付かせて、門番は青年に向かって更に手を出す。
ゆっくりと、隻眼の青年は振り向く。
無感動な片方の目を向けられた瞬間、門番の背筋は凍り付いていた。
青年の目はそのまま門番を斬り捨ててしまおうかと、思案している目だったのだ。
殺意はない。その分、凄まじい恐怖が大柄な門番を襲った。
だが、青年は面倒を起こしたくなかったのか、はたまた気まぐれか、懐に手を差し入れると、殺した元同僚から奪ったと思われる騎士の証を放る。
綺麗な放物線を描いたそれは、大粒の宝石の輝きを見せ付けて門番の掌に収まった。
通常ならもっと眩い輝きを見せたのだろうが、陽の光というものが無いここではその程度の輝きが限度だった。
「わ、分かってるじゃねぇか。行きな」
掠れた小さな悲鳴を喉元で飲み込んで、門番は騎士の証を仕舞い込むと青年に言った。
隻眼の青年はさして興味なさそうに門番から視線を外すと、そのまま街の中心に向かって歩いて行った。
腰に差してある剣は一本では済まないらしく、青年が歩く度にカチャカチャと小さな音がたつ。
遠くなって行くその音を耳にしながら、門番は誰にも聞こえないほど小さなため息を吐いた。
彼の経験から、新入りの青年は相当危ない人物として記録される。
ボスである赤毛のアレクのような、実力はあるが狡賢さと権威でもって君臨している支配者よりも、今の青年の様な何の感情も持たない様に見える者の方が恐ろしい。
守るべきものも、捨てなければならないものも何一つ持たない者は、戦いにおいても捨て身の攻撃で仕掛けて来る。だから、余計に恐ろしい。
人を斬る事に関しても何の思いもないし、それが何を引き起こすのかをたとえ分かっていたとしても、やはり何の思いも無い。
「…………一番、敵にまわしたくねぇタイプだな」
門番の呟きは、雨音にかき消された。
雨音は全てを飲み込む。
すすり泣く女の泣き声も、苦痛に転げ回る呻きも、断末魔の悲鳴も、何もかも――。
新しい罪人がやって来た。
それが、『終わりの街』に新しく人が入って来た時の言い方だ。
多かれ少なかれ、この街にいる者は何らかの形で罪を犯している。それでなければ、こんな街にいるはずがない。
たとえ社会で罰される罪を犯していないとしても、私的な裁きを受けてここまで追いつめられた者や、自らの罪の意識に従ってコソコソとこの街にやって来る者もいる。
『晴れの街』に属する者達は、間違えてもここに近付こうとはしない。
彼らが来たとしても、この街には何もないし、反って訪れた者は何かを損なわせる恐れがある。だからこの街に来る者は、もはや何も失う物はないという者だけなのだ。
「随分若ぇじゃねぇか」
街のたった一つの出入り口にある廃虚に住み着いている『門番』が、ボロボロのマントを纏った新しい罪人に言った。頭部を覆っていたフードを取られ、現れたのはまだ若い青年の顔だった。
顔は浅黒く、精悍に引き締まった顔つきだったが、その片目には痛々しい包帯が巻かれていた。残った片目は、暗く濁った目で門番を見ている。
「随分な怪我じゃねぇか。どうしたんだ? ん?」
門番は面白そうに、青年の顎を捉えたまま尋ねる。
新入りの罪状を尋ねるのも、門番の仕事だ。
その罪状の重さにより、この街での権力や地位も変わってくる。実力重視で、徳のより低い者がこの街では力を持つ。
門番に尋ねられてから、青年は少し沈黙したあと低い声で答えた。
「…………騎士だった。君主を殺して処刑されそうになって、周りの奴等を皆殺しにしてやろうとした時、目をやられた」
隻眼の青年の言葉を聞き、門番はヒュウッと口笛を鳴らす。当時、最高の職業の一つである騎士にとって、最大の禁忌は君主殺しだ。
加えて、両目がある状態で黙っていればさぞや女にもてるであろう青年の口から、さらりと皆殺しなどという言葉を聞いた日には、門番の背にも冷たいものが一瞬走った。
門番は、彼らしくもなくこの街では訊いてはいけない事を訊いてしまう。
「…………どうしてだ?」
だが、隻眼の青年はこの街に今来たばかりだ。この街のルールも知らない。ただ、門番の質問にボソリと答えた。
「……何となく気に食わなかったから。別に志して騎士になった訳でもない」
理由無き殺人。
更に「どうして?」と尋ねられても、本人にも訳が分からないのだから始末に負えない。
「ここに住みたい。寝る場所はあるのか?」
感情のない声で尋ねる青年に、門番は酒場の場所を教えてやる。
「そこにアレクさんがいるから、彼に訊きな」
赤毛の戦士アレクは、この街のボスだ。
血の赤で染まった犯罪記録によりこの街に流れ、それまでのボスだった男を力と狡猾さで失脚させ、復讐されない様に暗殺した。酒場の女主人の情夫であり、街にいる女という女を犯している。
隻眼の青年は何も言わずに門番の脇を通り過ぎる。
「おい」
が、門番に呼び止められて足を止める。
足を止めたものの振り向く事をしない青年に、門番は少し焦れて太い腕を差し出す。
青年は初めてこの街に来た大抵の者と、様子が違う。
大抵の者は不安に怯えて周囲を落ち着き無くキョロキョロしたり、虚勢を張っているか、全てに対して投げやりな態度をとっているかのいずれかだ。
が、青年はそのどれにも属さずあくまで冷静で自らのペースを保っている。
まるで、ここが『終わりの街』だと認識していない様な態度だった。それが、門番のペースを何となくずらしている。
「ここを通過するのに、タダで行こうっていうのか?」
下卑た笑いを口元に張り付かせて、門番は青年に向かって更に手を出す。
ゆっくりと、隻眼の青年は振り向く。
無感動な片方の目を向けられた瞬間、門番の背筋は凍り付いていた。
青年の目はそのまま門番を斬り捨ててしまおうかと、思案している目だったのだ。
殺意はない。その分、凄まじい恐怖が大柄な門番を襲った。
だが、青年は面倒を起こしたくなかったのか、はたまた気まぐれか、懐に手を差し入れると、殺した元同僚から奪ったと思われる騎士の証を放る。
綺麗な放物線を描いたそれは、大粒の宝石の輝きを見せ付けて門番の掌に収まった。
通常ならもっと眩い輝きを見せたのだろうが、陽の光というものが無いここではその程度の輝きが限度だった。
「わ、分かってるじゃねぇか。行きな」
掠れた小さな悲鳴を喉元で飲み込んで、門番は騎士の証を仕舞い込むと青年に言った。
隻眼の青年はさして興味なさそうに門番から視線を外すと、そのまま街の中心に向かって歩いて行った。
腰に差してある剣は一本では済まないらしく、青年が歩く度にカチャカチャと小さな音がたつ。
遠くなって行くその音を耳にしながら、門番は誰にも聞こえないほど小さなため息を吐いた。
彼の経験から、新入りの青年は相当危ない人物として記録される。
ボスである赤毛のアレクのような、実力はあるが狡賢さと権威でもって君臨している支配者よりも、今の青年の様な何の感情も持たない様に見える者の方が恐ろしい。
守るべきものも、捨てなければならないものも何一つ持たない者は、戦いにおいても捨て身の攻撃で仕掛けて来る。だから、余計に恐ろしい。
人を斬る事に関しても何の思いもないし、それが何を引き起こすのかをたとえ分かっていたとしても、やはり何の思いも無い。
「…………一番、敵にまわしたくねぇタイプだな」
門番の呟きは、雨音にかき消された。
雨音は全てを飲み込む。
すすり泣く女の泣き声も、苦痛に転げ回る呻きも、断末魔の悲鳴も、何もかも――。
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