泥に咲く花

臣桜

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第四十五章

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 翌日十時から始まった第一回公判は忠臣にも桜にも、その両親にも傍聴に来た斉藤夫婦にとっても始めての裁判だったが、被告人側は反省しているという点を主張してきた。
 暴行、傷害、殺人未遂、強姦、住居侵入。
 大まかにはその様な罪状が、合意の上だとかそうでないという事が論点となり、証拠品として病院からの診断書や、調査で分かった桜の友人からの証言などが有利になっている。
 だが男の側からも、桜を好きで独占したかった、浮気をしようとしたのが許せなかったという情状酌量を求める声があり、男が友人に桜の事をどれぐらい思っているかという思いを話していた事なども主張された。
 だが、流れとしては一方的な被害者は自明で、男に判決が懲役が言い渡されたらしいが、桜が証言した後の状態が心配な忠臣は、それを頭の中で理解しながら、これで落ち着いたという気持ちがあると同時に、今は桜の事が心配でならない。
 男の罪が社会的に認められるのなら、自分は裁判員でも刑事でも検察でも何でもない。そういう事はスペシャリストに任せ、自分は桜の心のケアに専念する。
 桜はビデオリンク方式で証人となり、固く震える声で訊ねられた事について話していた。
 その声を聞いただけで忠臣の心臓は冷たくなり、今すぐにでも別室にいる桜の所へ駆けつけて抱き締めたいという衝動を抑えていた。

 閉廷されて忠臣が傍聴席から外に出、桜の両親と誠司と未来、そして千草が裁判所のロビーにある、自動販売機横のベンチに疲れた様子で座り込んだ。
「第一回公判で終わってなによりです」
 千草が時子に言い、千歳と時子が頭を下げる。
「あちらとしても、決定的な事を幾つもしている以上、情状酌量が優先だと思って争うつもりはなかったみたいですね」
「求刑通りになれば良かったのに」
 未来が唇を尖らせて言い、誠司に「こら」と窘められる。
「お家の方はどうですか?」
 千草が千歳と時子に尋ね、千歳が恥ずかしそうに少しだけ目元を細めた。
「やっと立て直しの目処がついてきた所です。子会社の一つだとしても、社員を抱えている以上、それを放置してはおけませんから」
「そうですね。時坂の方でも何かお手伝い出来る事がありましたら、どうぞ仰って下さい。夫のパイプラインは広い筈ですから」
「おおきに」
 そこになって付添い人に付き添われた桜が現れ、忠臣がすぐに立ち上がって迎えに行く。
「桜、大丈夫?」
「……うん」
 忠臣が桜の肩を抱いて通路の脇に寄り、桜の両親や斉藤夫婦は検察官に頭を下げて礼を伝えていた。
「割とあっけないものなんですね、裁判って」
「刑事事件なんかは割とそうです。民事の場合はお互いに主張がありますが、刑事事件は警察や検察の事情徴収が重要で、あとは被告人側の弁護人がどう対応するか、という事になります。
 あちらも食い下がって戦う姿勢は見せなかったのが、早期解決の鍵にもなったかと思います。反省はしているらしいですから」
 保護者たちがそんな話をしていて、忠臣は桜をベンチに座らせて顔を覗き込む。
「大丈夫? 何か飲む?」
「ううん……、今は……早く帰りたい」
「そうだね」
 昨晩桜の両親は食事でも、と言っていたが、被害者である桜が裁判所まで行ってモニター越しでも、事件当時の事を振り返って話さなくてはならないのは、相当の心労だ。
「先に帰らせて貰おうか」
「うん」
 忠臣が立ち上がって桜の両親の所まで行き、事情を説明する。
「そうですね、桜の事が一番です。桜が休みたいと言うんなら、お食事はまたの機会にしましょう。後でマンションへ行ってええですか?」
 時子が忠臣に言ってから視線を桜に移し、それに忠臣が「夕方頃には」と返事をしておく。
「誠司さんも未来さんも有り難う御座いました」
「いいや、何も力になれなくてすまなかった。またいちと沙夜連れて遊びに行ってもいいかい?」
「はい、喜んで。桜も気が晴れるかと思います」
「今日はゆっくり休んでね」
 そういう声を聞いてから、忠臣は千草にも礼を言ってタクシーでマンションへ帰る事にした。
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