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第二十四部・最後の清算 編
気に入ったわ
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「もう済んだ事だからいいんです」
そう言ったが、アンネの表情は曇ったままだ。
香澄はそこをさらにごり押しする。
「いいんですよ。佑さんはもう元の佑さんに戻って、私たちはこれから結婚式に向かって動いていきます。皆さんと一緒に祝福してくださるなら、それ以上の事はありません」
彼女はなおも香澄を見つめていたが、細く長く息を吐いていった。
「分かったわ。……ありがとう」
納得してくれたアンネを元気づけたくて、香澄はニコッと笑って言う。
「アンネさんって優しいですよね」
すると彼女は顔を上げ、少し赤面して仏頂面をする。
「母親として当然の事をしているだけだわ」
「だからですよ。母親としての自覚がしっかりしている人ほど、子供のした事にも責任を持とうとします。アンネさんが佑さんをとても大切に思っているのがよく分かりました」
アンネはじっとりとした目で香澄を見たあと、わざとらしく溜め息をついた。
「……あなたはそういう人よね。決して人を責めない。……そういう所は気に入っているけれど、時には相手を責めないと損をする場合があるわよ」
「アドバイスありがとうございます。……でもそういう役割は、他の人がやってくれると思っています。……他力本願じゃなくて、今回の場合、私が『許す』って言わないと、佑さんはいつまでも自分を責めてしまいそうで……。だから私は基本的に許すんです」
アンネはまた溜め息をつき、頭を抱えた。
「佑の気持ちが思いやられるわ」
「えっ? だ、駄目でしたか?」
自分としてはいい事を言ったつもりだったので、香澄は慌てて尋ねる。
「あなたはそうやって何でも許すから、佑は他人にも自分にも厳しくいなければならないのよ。二人のバランスがとれているならいいけど、たまには佑に我が儘を言ったり、駄目なものは駄目とハッキリおっしゃい」
「……は、はい……」
最終的に、いつも通り香澄がシュン……として終わってしまった。
「……でも、どんな事があっても香澄さんは平和な人なのよね。佑が常に緊張感と隣り合わせの人生を送っているから、あなたみたいに何でも包み込んでしまう人がいるぐらいで、丁度いいのかも」
「なら良かったです」
ニコッと微笑むと、アンネは溜め息をついて付け加える。
「打たれ弱そうに見えて、実はしたたかなところも買ってるわよ。……さあ、今日は私の奢りだから、お腹いっぱい食べなさい」
「ありがとうございます!」
その時アミューズが運ばれ、香澄はキャビアをふんだんに使った贅沢な逸品に舌鼓を打つ。
「私たちまですみません」
恐縮しきった麻衣が頭を下げると、アンネは穏やかな顔で微笑んだ。
「麻衣さんにも申し訳なく思っているわ」
「ど、どうしてですか?」
香澄の義母となる人に気遣われ、彼女は目を丸くする。
「香澄さんが佑と付き合うようになってから、これまでの平和な生活が壊されたでしょう? あなたは理解者だから、今の香澄さんの幸せを認めている。でも〝色々〟起こりすぎて不安にはなったでしょう? 『付き合わなければいいのに』とまで思わなくても、あのまま札幌で暮らしていたら、命に関わる危険な目には遭わなかった。それに麻衣さんだって、こうやって東京で暮らす事になった。すべて佑がきっかけと言っていい事だわ」
ズバリそのものを言われ、麻衣は口の中のものを咀嚼しつつ考える。
嚥下したあと、彼女は自分なりの見解を口にした。
「確かに仰るとおりです。香澄は誰も害していないのに、傷付きすぎる事が多すぎました。それについては、『大丈夫かな』と不安に思っていました。……でも、どんな事があっても、心から好きになった人ができて結婚までしようとしているなら、それ以上の幸せはないと思います」
麻衣はきっぱりと言い切り、アンネに微笑みかける。
「香澄は周りの人が思っているより、しっかりしていますから大丈夫ですよ。たまにガス抜きしてあげて、美味しい物を食べて一晩寝たら、大体どうにかなってます」
「麻衣……、なんか語弊がある……」
あまりにざっくりと言われ、香澄は恨みがましい目で親友を見る。
だがキャビアをじっくり味わいつつなので、説得力がない。
「それに私も、いつまでも子供じゃないんです。確かに札幌にいたら平穏な生活が続いていました。でも今まで男性とご縁のなかった私を、マティアスさんが好きと言ってくれた事は、人生で一番嬉しい事です。彼と一緒に生きていくために、住む場所が変わろうが、仕事が変わろうが、どうって事ないです。みんなやってる事ですから」
カラッとした麻衣の返事を聞き、アンネは微笑んだ。
「あなた達二人とも、意外と根性が据わっているのね。気に入ったわ。何かあったら私を東京の母と思って、いつでも連絡して」
そう言ったアンネは、初めて出会った頃の苛烈さはどこかへ、今はすっかり香澄たちを認めてくれた顔をしていた。
そう言ったが、アンネの表情は曇ったままだ。
香澄はそこをさらにごり押しする。
「いいんですよ。佑さんはもう元の佑さんに戻って、私たちはこれから結婚式に向かって動いていきます。皆さんと一緒に祝福してくださるなら、それ以上の事はありません」
彼女はなおも香澄を見つめていたが、細く長く息を吐いていった。
「分かったわ。……ありがとう」
納得してくれたアンネを元気づけたくて、香澄はニコッと笑って言う。
「アンネさんって優しいですよね」
すると彼女は顔を上げ、少し赤面して仏頂面をする。
「母親として当然の事をしているだけだわ」
「だからですよ。母親としての自覚がしっかりしている人ほど、子供のした事にも責任を持とうとします。アンネさんが佑さんをとても大切に思っているのがよく分かりました」
アンネはじっとりとした目で香澄を見たあと、わざとらしく溜め息をついた。
「……あなたはそういう人よね。決して人を責めない。……そういう所は気に入っているけれど、時には相手を責めないと損をする場合があるわよ」
「アドバイスありがとうございます。……でもそういう役割は、他の人がやってくれると思っています。……他力本願じゃなくて、今回の場合、私が『許す』って言わないと、佑さんはいつまでも自分を責めてしまいそうで……。だから私は基本的に許すんです」
アンネはまた溜め息をつき、頭を抱えた。
「佑の気持ちが思いやられるわ」
「えっ? だ、駄目でしたか?」
自分としてはいい事を言ったつもりだったので、香澄は慌てて尋ねる。
「あなたはそうやって何でも許すから、佑は他人にも自分にも厳しくいなければならないのよ。二人のバランスがとれているならいいけど、たまには佑に我が儘を言ったり、駄目なものは駄目とハッキリおっしゃい」
「……は、はい……」
最終的に、いつも通り香澄がシュン……として終わってしまった。
「……でも、どんな事があっても香澄さんは平和な人なのよね。佑が常に緊張感と隣り合わせの人生を送っているから、あなたみたいに何でも包み込んでしまう人がいるぐらいで、丁度いいのかも」
「なら良かったです」
ニコッと微笑むと、アンネは溜め息をついて付け加える。
「打たれ弱そうに見えて、実はしたたかなところも買ってるわよ。……さあ、今日は私の奢りだから、お腹いっぱい食べなさい」
「ありがとうございます!」
その時アミューズが運ばれ、香澄はキャビアをふんだんに使った贅沢な逸品に舌鼓を打つ。
「私たちまですみません」
恐縮しきった麻衣が頭を下げると、アンネは穏やかな顔で微笑んだ。
「麻衣さんにも申し訳なく思っているわ」
「ど、どうしてですか?」
香澄の義母となる人に気遣われ、彼女は目を丸くする。
「香澄さんが佑と付き合うようになってから、これまでの平和な生活が壊されたでしょう? あなたは理解者だから、今の香澄さんの幸せを認めている。でも〝色々〟起こりすぎて不安にはなったでしょう? 『付き合わなければいいのに』とまで思わなくても、あのまま札幌で暮らしていたら、命に関わる危険な目には遭わなかった。それに麻衣さんだって、こうやって東京で暮らす事になった。すべて佑がきっかけと言っていい事だわ」
ズバリそのものを言われ、麻衣は口の中のものを咀嚼しつつ考える。
嚥下したあと、彼女は自分なりの見解を口にした。
「確かに仰るとおりです。香澄は誰も害していないのに、傷付きすぎる事が多すぎました。それについては、『大丈夫かな』と不安に思っていました。……でも、どんな事があっても、心から好きになった人ができて結婚までしようとしているなら、それ以上の幸せはないと思います」
麻衣はきっぱりと言い切り、アンネに微笑みかける。
「香澄は周りの人が思っているより、しっかりしていますから大丈夫ですよ。たまにガス抜きしてあげて、美味しい物を食べて一晩寝たら、大体どうにかなってます」
「麻衣……、なんか語弊がある……」
あまりにざっくりと言われ、香澄は恨みがましい目で親友を見る。
だがキャビアをじっくり味わいつつなので、説得力がない。
「それに私も、いつまでも子供じゃないんです。確かに札幌にいたら平穏な生活が続いていました。でも今まで男性とご縁のなかった私を、マティアスさんが好きと言ってくれた事は、人生で一番嬉しい事です。彼と一緒に生きていくために、住む場所が変わろうが、仕事が変わろうが、どうって事ないです。みんなやってる事ですから」
カラッとした麻衣の返事を聞き、アンネは微笑んだ。
「あなた達二人とも、意外と根性が据わっているのね。気に入ったわ。何かあったら私を東京の母と思って、いつでも連絡して」
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