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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編

運が悪かったんです

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 結局いつの間にか眠ってしまったらしく、目が覚めて検温やら何やらしたあと、病院に節子が来て、お粥のレトルトパックを渡したらしい。

 こちらでは、日本のように病人にはお粥、柔らかく茹でたうどんやそうめん……などの概念がなく、代わりに柔らかいショートパスタなどが出されるらしい。

 けれど恐らくそれも和食に馴染んだ香澄からすれば、食べ慣れない物となる。

 アドラーと節子が香澄に食べさせる物を病院側に一から説明し、栄養、カロリーなど様々な事を病院の管理栄養士と話し合い、特別扱いしてもらったそうだ。

 その話は看護師から聞き、香澄は白粥をありがたく頂いた。





 早い時間に節子と双子がやってきて、香澄に頭を下げた。

「私が連れ出してしまったから、こんな事になってごめんなさい」
「や、やめてください! 節子さんが謝る事なんて、何一つありません」

 彼女は土下座しそうな勢いだったので、香澄は必死に止めようとし、体の痛みに悲鳴を上げる。

「オーマ、気持ちは分かるけどやめなよ。謝りすぎてもカスミが余計に気にするだけだよ」

 アロイスが祖母の背中をさすり、慰める。

「……本当にごめんなさい」

 孫に制されて節子はようやく顔を上げたが、消沈していて下手をすれば香澄より顔色を悪くしていそうだった。

「事故に遭ったのは節子さんのせいじゃありません。車を運転していた方も、ご高齢だったみたいですし、運が悪かったんです」

 努めて明るく言い、香澄は節子を励ます。

「ありがとう。……駄目ね。香澄さんの力になりたくてお見舞いに来たのに、逆に励まされているだなんて」
「そんな事ありません。お粥、美味しかったです。やっぱりちょっと食欲なかったですし、そういう時に食べ慣れたお粥だと、スルッと入るので本当に助かりました」

 微笑みかけると、節子も弱々しく笑みを返す。

「フロアにいる看護師には話をつけてあるから、何か足りないもの、不自由があったら何でも言ってちょうだいね」
「ありがとうございます」

 挨拶が終わったあと、目覚めて翌日なのであまり長時間面会をしても香澄の負担になると思ったのか、節子とアロイスは帰って行った。

(逆に気を遣わせて悪かったな)

 節子はフルーツを沢山買って来て、リンゴも剥いてくれた。
 他にもオレンジやイチゴ、ベリー類などもあり、食べるのが楽しみだ。

「佑さん、今頃どうしてるかな」

 南ドイツから東京までは、約十二時間かかる。
 香澄が昨晩目を覚ましたのが夜中の零時だとして、現在は翌日午前中なので、現在はロシア上空を抜けた辺りかもしれない。

 そう考えると、本当に遠い所へ来たものだと思う。

(うちの家族も、観光目的じゃないにしろ、急にドイツに行く事になって焦ってるだろうな)

 枕元には、佑が気を利かせてスマホと充電器を置いていてくれた。
 家族にはもう彼が連絡しているので、母や弟から大丈夫かと尋ねるメッセージが入っていた。

(麻衣には……、あとから知らせよう。札幌にいるのに下手に心配させたくない)

 そう思うと、下手に心配させたくないので、他の誰にも知らせないでおこうと決めた。

 あとは特にやる事がないので、体に負担が掛からない範囲でSNSを見たり、電子書籍で漫画や小説を読んだ。





 さらに夕方になると、アドラーや先日会った親族たちが数名やってきた。

 彼らだけなら萎縮してしまうところだが、節子と双子も一緒なので少し心強い。

『香澄さん、私の街でこんな事になってしまい、すまない』

 あのクラウザー社の会長だというのに、アドラーが胸に手を当て深々と頭を下げている。

 佑から以前、『ドイツ人って謝らない事で有名なんだ』と笑い半分に聞かされていた。
 会社にクレームなどが入った場合でも、窓口の者、担当の者が謝罪する事はないらしい。

 大体の事が「それは残念ですね」で終わってしまうようなので、その話を聞いた時は驚いてしまった。

 しかし今は香澄の命がかかっていた事もあり、ブルーメンブラットヴィルの名士、ひいては招待したクラウザー家の長として責任を感じたのだろう。
 または裏で節子に「謝らないといけない」と言われた可能性もある。

 双子たちも、とてもかるーくだが、「ごめんねー」とはためらいなく口にしている。

 その辺りは、やはり日本びいきで、日本人の祖母を絶対的な女主人としている一族なのだろう。
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