593 / 1,589
第十部・ニセコ 編
香澄はいま札幌にいないんです
しおりを挟む
「いえ、ありがたいばかりです。いつもあの子がご心配をお掛けして、すみません」
「そんな事はありません。俺はいつも香澄さんに救われています」
そこまで会話をし、崇にソファを勧められた。
「良ければお召し上がりください」
紙袋を差し出すと、崇はそれを受け取り笑う。
「ありがとうございます! 香澄もたくさんお菓子を持ってきてくれたんですよ」
香澄という名前に佑はピクッとし、落ち着きなく視線をさまよわせる。
その様子を見て、栄子が申し訳なさそうに微笑んだ。
「すみません、香澄はいま札幌にいないんです」
「え!?」
思わず素の声を上げる佑に、栄子はお茶を出して説明する。
「あの子、ジッとしているのが嫌なようで、ニセコに向かったんです。夫の弟がニセコでペンションを経営していまして、気分転換に住み込みでそこの手伝いをすると言っていました。もうそろそろ、戻って来るはずなんですけれどね」
説明してから、栄子は娘の事を「仕方ないんだから」と言うように、夫に「ねぇ」と笑って同意を求める。
「転んだという話は聞きましたが、それなりに元気にやっているみたいですよ」
「転んだ!?」
どこで、どうやって、どんな高さから、と一気に心配になり、佑は落ち着きなく視線を左右させる。
そんな彼を宥めるように、栄子は続きを話した。
「電話口ではケロッとして笑っていましたから、大した事はないですよ。ちょっとした打撲で、日常生活は何ら問題ないと」
「そう……ですか」
香澄が側にいれば状況を把握できる。
だが少しでも距離ができると、転んだだけでもこんなに動揺してしまう。
「そのペンションは、ニセコのどこにあるか教えて頂けませんか? 本当は丸一か月期間を空けると言われていたのですが、我慢できず……」
そう言うと、崇が立ち上がり、弟が経営しているペンションのショップカードを持ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
佑はすぐ、「失礼します。場所を確認します」と言ってスマホのマップアプリで大体の場所を確認する。
(ニセコの別荘があったな。友人から話を持ちかけられて譲られた物件だが、所持しておいて良かった。管理人に連絡しておこう)
次にする事を確認し、佑はすぐ河野に出す命令や今後の行動を計画していく。
「他に、具合が悪いなど言っていませんでしたか?」
「いえ、『人に恵まれて楽しく過ごしている』と言っていましたよ。心配させてしまってすみません」
「いいえ。彼女がのびのびできているなら、それでいいんです」
微笑んだ佑は、カジュアルな格好の香澄がすっぴんのまま笑っている姿を想像する。
その姿はあまりにイメージ通りの〝道産子の香澄〟で、想像だけでも愛しくなって笑みが零れる。
その時、栄子が気遣った表情で尋ねてきた。
「香澄と喧嘩したんですか?」
佑は微笑み、言葉を探す。
あれほど彼女の両親に変な目で見られるのを恐れておきながら、いざ本人を目の前にすると、嘘をつく勇気がなくなる。
佑の中にある善人の部分が「正直でいなければ」と訴えていた。
結果、佑は素直な気持ちを吐露した。
「きっと、大事にしすぎたんだと思います。彼女は自立した成人女性なのに、俺は甘やかしすぎてしまいました。香澄さんになら何でも与えたいです。苦労もさせたくありません。何か障害があれば、彼女が存在を知る前に災いの目を摘み取ってしまいたいと思います。でもその考えは、自立したい香澄さんの誇りを傷付けていたのかもしれません」
二人は佑の言葉を聞き、頷く。
「香澄は幸せね。こんなに甘やかしてくれる素敵な人が、旦那さんになってくれるって言うんだもの」
栄子が夫を見ると、崇は頷いて言った。
「香澄は、御劔さんがお金持ちだからこそ、不安になるのではと思います。欲しい物は何でも手に入り、海外にもたやすく行ける。そんな生活に慣れてしまったら、『今まで自分が必死に働いてきたのは何だったんだろう?』と思うかもしれないです。価値観の差を思い知るたび、自信をなくすかもしれません」
「そうですね。俺も彼女が生きる世界を、むりやり変えてしまった自覚はあります」
どれだけ足掻いても、香澄を見つけて愛してしまった事実は変えられない。
これから香澄を手放そうとも思わない。
だから、彼女の人生をねじ曲げてしまった責任は、しっかり取るつもりだ。
「そんな事はありません。俺はいつも香澄さんに救われています」
そこまで会話をし、崇にソファを勧められた。
「良ければお召し上がりください」
紙袋を差し出すと、崇はそれを受け取り笑う。
「ありがとうございます! 香澄もたくさんお菓子を持ってきてくれたんですよ」
香澄という名前に佑はピクッとし、落ち着きなく視線をさまよわせる。
その様子を見て、栄子が申し訳なさそうに微笑んだ。
「すみません、香澄はいま札幌にいないんです」
「え!?」
思わず素の声を上げる佑に、栄子はお茶を出して説明する。
「あの子、ジッとしているのが嫌なようで、ニセコに向かったんです。夫の弟がニセコでペンションを経営していまして、気分転換に住み込みでそこの手伝いをすると言っていました。もうそろそろ、戻って来るはずなんですけれどね」
説明してから、栄子は娘の事を「仕方ないんだから」と言うように、夫に「ねぇ」と笑って同意を求める。
「転んだという話は聞きましたが、それなりに元気にやっているみたいですよ」
「転んだ!?」
どこで、どうやって、どんな高さから、と一気に心配になり、佑は落ち着きなく視線を左右させる。
そんな彼を宥めるように、栄子は続きを話した。
「電話口ではケロッとして笑っていましたから、大した事はないですよ。ちょっとした打撲で、日常生活は何ら問題ないと」
「そう……ですか」
香澄が側にいれば状況を把握できる。
だが少しでも距離ができると、転んだだけでもこんなに動揺してしまう。
「そのペンションは、ニセコのどこにあるか教えて頂けませんか? 本当は丸一か月期間を空けると言われていたのですが、我慢できず……」
そう言うと、崇が立ち上がり、弟が経営しているペンションのショップカードを持ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
佑はすぐ、「失礼します。場所を確認します」と言ってスマホのマップアプリで大体の場所を確認する。
(ニセコの別荘があったな。友人から話を持ちかけられて譲られた物件だが、所持しておいて良かった。管理人に連絡しておこう)
次にする事を確認し、佑はすぐ河野に出す命令や今後の行動を計画していく。
「他に、具合が悪いなど言っていませんでしたか?」
「いえ、『人に恵まれて楽しく過ごしている』と言っていましたよ。心配させてしまってすみません」
「いいえ。彼女がのびのびできているなら、それでいいんです」
微笑んだ佑は、カジュアルな格好の香澄がすっぴんのまま笑っている姿を想像する。
その姿はあまりにイメージ通りの〝道産子の香澄〟で、想像だけでも愛しくなって笑みが零れる。
その時、栄子が気遣った表情で尋ねてきた。
「香澄と喧嘩したんですか?」
佑は微笑み、言葉を探す。
あれほど彼女の両親に変な目で見られるのを恐れておきながら、いざ本人を目の前にすると、嘘をつく勇気がなくなる。
佑の中にある善人の部分が「正直でいなければ」と訴えていた。
結果、佑は素直な気持ちを吐露した。
「きっと、大事にしすぎたんだと思います。彼女は自立した成人女性なのに、俺は甘やかしすぎてしまいました。香澄さんになら何でも与えたいです。苦労もさせたくありません。何か障害があれば、彼女が存在を知る前に災いの目を摘み取ってしまいたいと思います。でもその考えは、自立したい香澄さんの誇りを傷付けていたのかもしれません」
二人は佑の言葉を聞き、頷く。
「香澄は幸せね。こんなに甘やかしてくれる素敵な人が、旦那さんになってくれるって言うんだもの」
栄子が夫を見ると、崇は頷いて言った。
「香澄は、御劔さんがお金持ちだからこそ、不安になるのではと思います。欲しい物は何でも手に入り、海外にもたやすく行ける。そんな生活に慣れてしまったら、『今まで自分が必死に働いてきたのは何だったんだろう?』と思うかもしれないです。価値観の差を思い知るたび、自信をなくすかもしれません」
「そうですね。俺も彼女が生きる世界を、むりやり変えてしまった自覚はあります」
どれだけ足掻いても、香澄を見つけて愛してしまった事実は変えられない。
これから香澄を手放そうとも思わない。
だから、彼女の人生をねじ曲げてしまった責任は、しっかり取るつもりだ。
23
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
憧れのお姉さんは淫らな家庭教師
馬衣蜜柑
恋愛
友達の恋バナに胸を躍らせる教え子・萌音。そんな彼女を、美咲は優しく「大人の身体」へと作り替えていく。「ねえ萌音ちゃん、お友達よりも……気持ちよくしてあげる」眼鏡の家庭教師が教えるのは、教科書には載っていない「女同士」の極上の溶け合い方。
女性向け百合(レズビアン)R18小説。男性は出てきません。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる