【R-18】不幸体質の令嬢は、地獄の番犬に買われました

臣桜

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アンバーの事1

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 アンバーが暮らすアルフォード王国は西部に海があり、他三方面は陸続きの国だ。

 その最南部の国境に、アンバーの故郷ドランスフィールド伯爵領はあった。

 南には友好関係にある隣国クラルヴィン王国があり、アンバーの父ダリルは国境をさりげなく見張ったり、交易品を積んだ隊商がちゃんと予定通りの荷を運んでいるかを見守っていた。

 もちろん領主としての仕事もある。隣国と接しているお陰か、屋敷がある中心部レイクウッドは栄えていた。
 活気づく商人を纏めたり、郊外にある農地を見回って農作物の出来を見たりした。異国の血が混じる街では小競り合いがあるものの、活気づいた日常だ。

 文化が交じり芸術などもどんどん発達してゆくのは好ましいが、同時に移民の問題もある。特に頭を悩ませていたのは、勝手に商売を始める手合いや、娼館に女が溢れ風紀が乱れる事。また盗賊なども多く出て、若い娘が拐かされたという事件も少なくなかった。

 それでも何とか領主としてダリルは奮闘していたが、金を貸していた商人の一団が雲隠れした事により返済の目処が立たなくなってしまった。

 それまでは金を貸す代わりに何割かの金利を乗せた金額を、分割で支払ってもらっていた。だがその契約を交わしていた商人が、集団でいなくなってしまっては立ち行かなくなってしまった。
 逃げていった商人の最後の言葉を知っている者たちは、「アルトマンという貴族に脅された」とアンバーの父に伝えた。

 加えて悪天候により農作物の収穫も減った上に、隣接しているクラルヴィン王国の領主から、国境付近の壁などの修繕を求められる。もちろん両側からの共同出費だが、懐が寂しくなったダリル側としては大きな痛手である。

 心労が重なり、とうとうダリルは倒れてしまった。

 命に別状がある訳ではないのだが、恰幅の良かった体は痩せ、夜眠れなくなっている。妻のケイシーは夫の代わりになろうと奮闘していたが、女の身ではあらゆる場所で舐められる事が多い。

 それが三年間続いた。

 十七歳で社交界デビューしたアンバーは、舞踏会に出ては少し男性との駆け引きを楽しみ、いずれ結婚を……と思っていた。
 だがいよいよ十九歳になり結婚に踏み切ろうとした時には、家が落ちぶれたという噂が広まり男性からも声を掛けられなくなった。持参金の期待ができない以上、アンバーと結婚する価値は家柄と外見しかない。

 その上アンバーには悩みがあった。

 左の頬に少し大きめのほくろがあるのだ。

 ほくろなど誰にでもあるものだが、悩む理由もやや込み入っている。

 社交界において付けぼくろというものが流行していた。上等な絹などをハートや星などの形に切り取り、顔に付けるのだ。加えて顔のどの部分につけるかによって、意味が違ってくる。

 そして頬のほくろの意味は、『私は優美』。
 つまるところ、「自分は高嶺の花だ」と言っているようなものなのだ。

 アンバーは名前の通り琥珀色の目をした女性で、髪の毛も艶やかなハニーブロンドだ。顔立ちはどちらかと言えば愛らしい方で、年頃の女性らしく美容にも気を遣っている。

 けれどとびっきりの美女というほどでもない。そんな自分の頬にほくろがあるという現実は、アンバーにいつも居たたまれなさを与えていた。

『アンバー様は、並の男性がお声を掛けられない方ですものね』

 いつだったかアンバーが壁の花になりかけていた時、通りすがる令嬢がどこかの男性と寄り添い嗤っていた。
 そんな場所にほくろがあるのは、アンバーの意思と関係ない。

 家がどんどん疲弊してゆくと同時に、アンバーも舞踏会に参加するのを控えていった。
 どうせ嘲笑を浴びるぐらいなら、領地にいて父の面倒をみて母の手伝いをした方がいい。家が心配だという名目で、半ばいじけてしまったのもある。

 一度友人に連れられて流行だという占い師の元に行った事もあった。そこで人相を見るという老婆に、アンバーは頬のほくろの事を「厄ほくろだ」と言われてしまったのを、とても気にしていた。

 社交界的な意味では鼻持ちならない存在となり、占い師からすれば最悪の運勢。
 落ち込んだアンバーは、実家のこともありいっその事このまま家の手伝いをする傍ら、社交界から姿を消したいとすら思った。

 しかし両親はアンバーが領地に引きこもる事をよしとしなかった。

「アンバー、ずっと黙っていたがお前が成長したら妻にと望むお方がいる」

 病床の父が突然口を開き教えたのは、意外すぎる事実だ。

「ど……どうして今になって……。もっと早くに教えてくださったら、家がこのような事になる前に援助を頂けたかもしれないのに」
「それには……理由がある。お前が適齢期になったら、顔合わせをして……と思っていた。だが両家ともに事情があって……」

 不鮮明に途切れた言葉の先は、何となく察する事ができた。

 ドランスフィールド伯爵家が落ちぶれ、大変な事になってしまい先方にも連絡をつける事ができなかったのだろう。
 持参金すら用意ができないとなれば、ずっと以前より結婚を約束していた相手だとしても、連絡し辛くなっても仕方がない。
 金品や援助目的の結婚と取られてしまっては、いくら旧知の仲だとしてもこじれてしまいかねない。

 アンバーが成長するまで待っているという事は、当人同士が小さい頃からの約束なのだろう。
 けれど社交界デビューをしてすぐ声が掛からなかったのは、正直残念だ。

 結婚適齢期になってすぐ決まった相手ができたなら、舞踏会であんな思いをする事もなかったろうに。

「分かりました。領地の事は心配ですが、何より家と家の結びつきのために私は結婚を成功させてみせます」

「……済まない、アンバー。だがその方は何があってもお前を……と望み続けてくださっている。我が領地が荒れてしまってから連絡を控えていたが、先日ありがたい手紙を頂いた。『噂で領地の事は聞き及んでいますが、その事とは関係なくお嬢様を娶りたい』と申し出てくださったのだ」

「そうなのですね。……そこまで私を思ってくださっているのなら、これから先きっと上手くやっていける気がします」

 アンバーは控えめに微笑んだ。

 舞踏会で見初められ、恋を楽しんでみたかった。
 だが自分のように何かとトラブルを背負い込む女は、幸せな結婚恋愛とは程遠いのだ。

 ――この結婚を受けて、何より家の役に立つ存在にならなければ。

 幼い頃から何かとケガや病気をしては家族に心配をかけていたアンバーは、両親の望む娘になりたいと常々思っていた。

 今まで舞踏会で家柄の良い男性に見初められれば、両親が喜んでくれると思っていた。

 だがこうなった今、せめて自分が一番大切に思う家族に褒められる道を歩んで「自慢の娘だ」と言われたい。
 相手がどんなに年上だろうと、太った禿頭の男性だとしても構わない。自分さえ我慢すれば家は助かるのだ。

「済まない……アンバー」
「いいえ。そのお相手はどこのどなたなのですか?」

「隣国クラルヴィン王国のアルトマン公爵だ。レオ・マルコ・フォン・アルトマンと仰る」
「アルトマン……公爵……。っその方って、お父様がお金を貸した商人を脅した方ではないですか! その方が商人を脅さなければ、お金を持ち逃げしなかったのに……!」

 父がこうなったのも、アルトマン公爵のせいだ。
 怒りのあまり体が震え、だというのに父は自分に憎い公爵に嫁げと言っている。

「こうなったのも事情があるのだ。悪い方ではないから、お前は文句を言わず嫁ぎなさい」
「…………」

 病床の父に強めに言われ、アンバーは思わず押し黙る。

 公爵夫人になると言われれば聞こえはいい。だが憎く思っている相手に嫁ぐなど、まっぴらごめんだ。
 おまけに公爵家と言えば王家と繋がりがある場合もある。自分が身分違いの人に望まれているのだと知り、足が竦む。

 しかし自分はもう他に歩む道がない。

 思い直し、アンバーはアルトマン公爵を知ろうとする。

 アルフォード王国は広大で、貴族も大勢いる。ドランスフィールド伯爵家がクラルヴィン王国と隣接しているといえど、アンバーはそれほど隣国の貴族に詳しくなかった。
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