【R-18】不幸体質の令嬢は、地獄の番犬に買われました

臣桜

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アンバーの事2

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 アルトマン公爵の地位は分かっても、どのような風貌なのかとか人となりは分からない。

「……その方の肖像画などはないのですか?」
「昔の約束があったのに、お前が適齢期になっても私はすぐあちらに申し出なかった。今回は先方がどうしてもと仰って急ぎの輿入れとなる。互いを知るのに必要なものが全部揃っている訳ではないが、心配ないから安心して嫁ぎなさい」

 顔も知らない人物に嫁がされようとしている事実に、アンバーは悲しくなった。

 だが往々にして、貴族の娘は輿入れするまで相手を知らないという事はよくある。
 窓から冬の中庭を見れば、木々の葉は落ち花もなく閑散としていた。庭師の人数は減ってしまい、どこか手入れの入りきっていない庭が余計にアンバーを投げやりにさせる。

「輿入れはいつ頃を予定しているのですか? 持参金などは……」

 公爵夫人になれると思っても、素直に喜べない。
 十分な持参金を用意できない伯爵家の娘など、娶られたとしても周囲から何か言われるに決まっている。おまけに相手は嫌な人に決まっている。

「輿入れは冬が終わったらという話だ。ありがたい事に持参金は必要ないとまで仰っていて……。最低限自分のドレスや、お母様からアクセサリーなどは受け取って行きなさい」
「……はい」

 冬が終われば自分は嫁入りに行くのだと思うと、憂鬱な気持ちになった。
 十七歳から十九歳までの辛酸はどこかへ、十九歳からこの歳になるまでの殻の閉じた貝のような気持ちも――確かに解消される。

 けれど決して清々しく「幸せになった」という気持ちではない。
 出口がなく迷っていたところに、急にポッカリと通り道が開いた。けれどその穴の向こうはまだ迷路が続いていて、アンバーは穴の前で戸惑っているのだ。

「……私、どうなるのかしら」

 ベッドの父の元を離れ、廊下を歩くアンバーは独り言ちる。

 けれど誰もその問いに答える事はなかった。



**



 やがて雪解けが訪れ、春の気配がする。

 裸だった木々に小さな芽がつき、日が過ぎると共にふっくらとしてゆく。
 小鳥のさえずりも変化し、冬の間の鳴き声とは打って変わって美しく恋を歌っていた。

 アンバーは荷馬車に多くはない荷物を載せ、四頭引きの馬車に乗り隣国に向かう。

 領地を抜けてすぐの国境を越えれば、クラルヴィン王国だ。

 相手のアルトマン公爵は、仕事が忙しいらしく数人の護衛のみドランスフィールド家に使わした。
 ドランスフィールド家で雇っている護衛は、財政難と一緒に人数が減ってしまったのでありがたい限りだ。アンバーの輿入れでは当初つける予定だったドランスフィールド側の護衛を屋敷と街に向かわせ、輿入れの護衛はアルトマン側に任せた。

 国境を越えて石畳の街道は変わらないけれど、道ばたに見える建物は少し様式が違う気がした。
 アルフォード王国は金髪や栗色の髪の者が多く全体的に色素が薄いが、クラルヴィン王国は人種が雑多としていて、白金に近い色から黒髪までさまざまだ。

 人々の体型も隣国の方がやや大きく、クラルヴィン王国の女性と比べるとアンバーはとても華奢に思える。
 これから体の大きな人に囲まれて生活するのかと思うと、気持ちが萎縮して更に不安になった。

 日陰にはまだ雪が残っている場所もあり、馬車の窓から見える農夫などは灰色の服を着ていた。明るいのは日差しと早咲きの花の色。そして小鳥の羽の色。

 目に見えるものから懸命に自分を元気づけようとしても、アンバーは見知らぬ公爵に嫁ぐ事に前向きになれていなかった。





 身の丈に合わない幸運を素直に喜べない罰なのだろうか――。

 クラルヴィン王国の領地から領地へと馬車で進み、もうどこを進んでいるのか分からなくなった頃だった。
 馬車は人気の少ない山間を通っていて、アンバーは向かい側の綺麗な色の岩山をずっと見ていた。もう少しでこの山を越え、道も下りになるだろうと思っていた時――。

 急に馬や御者の雰囲気が一変した。

「どうしたのかしら?」

 馬車のスピードが異様に上がり、何かから逃げているように思える。
 それまで日差しが強く、向かいの岩山が眩しかったので景色を確認しつつカーテンを閉じていた。そこをほんの少しカーテンを開いて外を覗けば、馬に跨がった黒装束の男と目が合ってしまった。

「いたぞ! この馬車の中だ!」

 男が叫び、手に持った刃物を他の誰かに向かって振りかざす。その腕に一瞬、茨の刺青を見た。
 春の日差しを反射してギラリと光った剣に続いて、「おおおっ」と木々を揺らすほどの野太い声がした。声の大きさから言って、相当の人数に追われているに違いない。

「……やだ、盗賊?」

 ギクリと身を強張らせ、アンバーは同じ馬車に座している侍女を見る。
 けれど彼女も真っ青な顔をしていて、侍女が何か応えられると思えない。

「……助けて……っ」

 思わず握りしめて祈りを捧げたのは、舞踏会で出会った男性からの贈り物だった。

 ペンダント型のそれは日差しを浴びて七色に光る物で、男性には特別思い入れはなかったものの、綺麗なので気に入っていたのだ。
 これから公爵に嫁ぎに行くというのに、他の男からもらった物を身につけ、神に向かって祈る。

 している事も気持ちも何もかもバラバラ。

 いま思えば、その定まっていない気持ちを神様に罰せられたように思える。

 馬の激しい嘶きが聞こえたかと思うと、馬車が横転した。
 猛スピードを出していた馬車は路面を滑り、山の木々にぶつかって中のアンバーも侍女も揉みくちゃにした。
 馬車の中でしたたかに頭を打ち、侍女の足が顔に当たったり滅茶苦茶だ。

「痛い!」という叫び声を上げる間もなく、アンバーは凄まじい激痛のうちに意識を失った。





 そして周囲が煩いと思い、体が妙に寒いと思ったら彼女は舞台の上にいた。

 身につけている物はコルセットとドロワーズ。
 およそ淑女が人前に出る格好ではない。

 一気に混乱して逃げだそうも、どんどん釣り上がってゆく値段に自分がオークションに掛けられているのだと理解した。

 恐怖が先立ち、動けない。

 やがて彼女は落札され――、ヴォルフから求婚されたのだ。



**
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