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新しい生活3
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廊下に出ると大理石の床が続いていて、要所にある暖炉には赤々と火が燃えていた。壁に肖像画があったけれど、やはりどこの誰かなど分からない。
名匠の手によるものと思われる像もあり、日差しを浴びて燦然と輝く蝋燭立てや花瓶。一昔前の値打ちある装飾鎧なども飾ってあった。
大きな窓から外の景色が見えるが、城の前庭が整然と続いている向こうに城壁と門があり、その向こうはどうなっているのか分からない。それ以外はずっと遠くに青い山並みと空が見えるだけだった。
分かるのはこの城がとても大きいという事と、見える範囲から支配する領地がとんでもなく広大であろう事だ。
この城がどこにあるのか分からないのは相変わらずだ。だが昨晩チラッと見た使用人たちの顔ぶれや、ハンスやシシィという名前からクラルヴィン王国という見当がつく。
「こちらにございます」
案内された朝食室では、もう既にヴォルフが席に着いていた。
温められた食事を給仕する準備もできているようで、アンバーは気持ち急いで侍従が引いた椅子に座る。
「お……おはようございます」
チラッとヴォルフを窺い挨拶をすると、ゆったりと座して書類に目を通していた彼は、目線を上げ「おはよう」と微笑む。
給仕が動き、すぐに二人の前に焼きたてのパンや温かなスープなどをサーブしてゆく。
アンバーの領地での食事は、朝は簡単にパンとスープで済まし、昼に少ししっかり目にとるという感じだった。
けれどここでは朝から豪勢なメニューが並び、領地内で作られたのか腸詰めや燻製肉などもある。新鮮な野菜を使ったサラダや玉子料理まであり、気がつけばアンバーは夢中になってフォークとナイフを動かしていた。
食欲なんてないと、最初は思っていた。
しかし領地を出てから馬車が襲われ、裏オークションを経てこの屋敷に来て今に至るまで、アンバーは何も口にしていない。
お腹が空いているのも当たり前だし、緊張でギュッと固まっていた体が美味しい料理で解放されてゆく気がする。
「美味いか?」
プレートの上にあった玉子料理の最後の一口をフォークで掬ったアンバーは、うっとりとした顔で口に入れる。そこに話しかけられたものだから、味わう事も忘れて慌てて嚥下してしまった。
「は、はい。……む、夢中で食べてしまいました」
照れ隠しにナプキンで口を拭えば、すぐに食後のお茶が用意される。
ヴォルフも食事を終えていて、優雅にティーカップに指を掛けたところだ。日差しを浴びて睫毛を伏せる彼は、神々しいまでの美しさがある。
「落ち着いたところで、この屋敷の過ごし方を伝えておきたい」
「は、はい」
アンバーは背筋を伸ばし、ヴォルフを見る。シャツとベスト姿という寛いだ格好だったが、それでもこの城の主であるという威厳が溢れていた。
「基本的に城の中はどこを歩いても構わない。だが、その際には必ずシシィを供につける事。俺の部屋も出入りは自由だが、一応夫の生活スペースであるという事は念頭に置いてほしい」
「はい。承知致しました」
ずっと宛がわれた部屋に閉じ込められると思いきや、意外と寛大な処置だ。
「ただ、俺の仕事が終わる期間まで、外を出歩くのは控えてほしい。城のすぐ近くを歩く程度なら構わないが、できるだけ内部で済ませくれ。俺が一緒なら構わないから、外出したい時は一言申し出てくれ」
「はい。……ヴォルフ様は何のお仕事をされているのですか?」
「それは……」
ヴォルフは言葉を迷わせ、何か少しでも言える事があるか考えたようだった。しかし頭の中に様々な事を思い浮かべ、打ち消していっては最終的にかぶりを振る。
「済まない。今は余計な事は言わないでおいた方がいい気がする。時がきたらすべて包み隠さず教えるから、君はこの城の内部にいてほしい」
「……分かりました」
それで会話は終わってしまったような気がし、アンバーは湯気をたてる紅茶に視線を落とす。
紅茶はとても香りがよく、すっきりした味わいで美味しかった。
料理も手が込んでいたので、紅茶もきっとこれから色々な茶葉で楽しめるのだろう。
そう思うと楽しみな気がしたが、やはり囚われの身なのだと思うと心から喜べない。
「君の衣装部屋にあるドレスや宝石は、全部好きに使っていい。城中にある書架の本も好きに読んでいい。遊戯室でゲームに興じてもいいし、料理を嗜んでいるのならキッチンを使ってもいい。裁縫やレース編み? レディのする事はよく分からないが、必要な物があれば何でも取りそろえる。城の内部において君は何でもできるから、今はそれで手を打ってくれないか?」
「……ありがとうございます」
今はこれ以上、ヴォルフに何を言っても困らせるだけだ。そう判断したアンバーは控えめに笑った。
**
それから名前も知らない城でアンバーの生活が始まった。
ヴォルフが言っていた通り、アンバーは城の中では自由を約束されている。メイドのシシィは明るく一緒に話していると楽しい。着替えもシシィと一緒に、沢山あるドレスから袖を通す一枚を選ぶのが楽しくなった。共に歩いて城を探検するのも毎日の楽しみの一つだ。
城は基本的な城の作りと同じで、アンバーたちの部屋がある最上階は個人的な部屋が沢山ある。ヴォルフの部屋は彼がいる時に少しだけ覗かせてもらった。しかし他人の個人的な部屋なので、アンバーはそれ以上踏み込もうとしなかった。
城は東西の棟と中央棟に分かれ、東西の端には塔もある。
三階には図書室や遊戯室、音楽室や絵画室などがあり、ヴォルフの祖先らしい肖像画も沢山飾ってあった。音楽室には名器と謳われるヴァイオリンやピアノ、様々な楽器があり、好きに奏でていいらしい。ヴォルフ自身も時折楽器をつま弾く事もあるのだとか。
図書室は見上げるほどの書架が立ち並び、それだけではなく装飾や絵画も相まって実に美しい。ガラスの美術品のみを集めた部屋があったり、陶器の部屋。またシノワズリの粋を極めた部屋など、見るだけでも飽きない。
広い城を何日もかけて見回り、あらかた確認し終わって迷わなくなったのは二週間後ほどだった。
ヴォルフは朝食を終えるとどこかに向かい、夕食の前に戻ってくる。
彼が〝仕事〟をしているのは分かるが、その内容が不明なのはやはり謎だ。本人は至って真面目な仕事をしているそうだが、知らないという事は不安も生む。
ヴォルフは一日の終わりに、アンバーが今日は何をしたという報告を聞きたがった。
そして自分は何も言わず、その後アンバーの体を貪るのだ。
どうにも気持ちが一方通行のようで、落ち着かない。
けれど囚われの身である限り、仕方がない事のような気もした。
名匠の手によるものと思われる像もあり、日差しを浴びて燦然と輝く蝋燭立てや花瓶。一昔前の値打ちある装飾鎧なども飾ってあった。
大きな窓から外の景色が見えるが、城の前庭が整然と続いている向こうに城壁と門があり、その向こうはどうなっているのか分からない。それ以外はずっと遠くに青い山並みと空が見えるだけだった。
分かるのはこの城がとても大きいという事と、見える範囲から支配する領地がとんでもなく広大であろう事だ。
この城がどこにあるのか分からないのは相変わらずだ。だが昨晩チラッと見た使用人たちの顔ぶれや、ハンスやシシィという名前からクラルヴィン王国という見当がつく。
「こちらにございます」
案内された朝食室では、もう既にヴォルフが席に着いていた。
温められた食事を給仕する準備もできているようで、アンバーは気持ち急いで侍従が引いた椅子に座る。
「お……おはようございます」
チラッとヴォルフを窺い挨拶をすると、ゆったりと座して書類に目を通していた彼は、目線を上げ「おはよう」と微笑む。
給仕が動き、すぐに二人の前に焼きたてのパンや温かなスープなどをサーブしてゆく。
アンバーの領地での食事は、朝は簡単にパンとスープで済まし、昼に少ししっかり目にとるという感じだった。
けれどここでは朝から豪勢なメニューが並び、領地内で作られたのか腸詰めや燻製肉などもある。新鮮な野菜を使ったサラダや玉子料理まであり、気がつけばアンバーは夢中になってフォークとナイフを動かしていた。
食欲なんてないと、最初は思っていた。
しかし領地を出てから馬車が襲われ、裏オークションを経てこの屋敷に来て今に至るまで、アンバーは何も口にしていない。
お腹が空いているのも当たり前だし、緊張でギュッと固まっていた体が美味しい料理で解放されてゆく気がする。
「美味いか?」
プレートの上にあった玉子料理の最後の一口をフォークで掬ったアンバーは、うっとりとした顔で口に入れる。そこに話しかけられたものだから、味わう事も忘れて慌てて嚥下してしまった。
「は、はい。……む、夢中で食べてしまいました」
照れ隠しにナプキンで口を拭えば、すぐに食後のお茶が用意される。
ヴォルフも食事を終えていて、優雅にティーカップに指を掛けたところだ。日差しを浴びて睫毛を伏せる彼は、神々しいまでの美しさがある。
「落ち着いたところで、この屋敷の過ごし方を伝えておきたい」
「は、はい」
アンバーは背筋を伸ばし、ヴォルフを見る。シャツとベスト姿という寛いだ格好だったが、それでもこの城の主であるという威厳が溢れていた。
「基本的に城の中はどこを歩いても構わない。だが、その際には必ずシシィを供につける事。俺の部屋も出入りは自由だが、一応夫の生活スペースであるという事は念頭に置いてほしい」
「はい。承知致しました」
ずっと宛がわれた部屋に閉じ込められると思いきや、意外と寛大な処置だ。
「ただ、俺の仕事が終わる期間まで、外を出歩くのは控えてほしい。城のすぐ近くを歩く程度なら構わないが、できるだけ内部で済ませくれ。俺が一緒なら構わないから、外出したい時は一言申し出てくれ」
「はい。……ヴォルフ様は何のお仕事をされているのですか?」
「それは……」
ヴォルフは言葉を迷わせ、何か少しでも言える事があるか考えたようだった。しかし頭の中に様々な事を思い浮かべ、打ち消していっては最終的にかぶりを振る。
「済まない。今は余計な事は言わないでおいた方がいい気がする。時がきたらすべて包み隠さず教えるから、君はこの城の内部にいてほしい」
「……分かりました」
それで会話は終わってしまったような気がし、アンバーは湯気をたてる紅茶に視線を落とす。
紅茶はとても香りがよく、すっきりした味わいで美味しかった。
料理も手が込んでいたので、紅茶もきっとこれから色々な茶葉で楽しめるのだろう。
そう思うと楽しみな気がしたが、やはり囚われの身なのだと思うと心から喜べない。
「君の衣装部屋にあるドレスや宝石は、全部好きに使っていい。城中にある書架の本も好きに読んでいい。遊戯室でゲームに興じてもいいし、料理を嗜んでいるのならキッチンを使ってもいい。裁縫やレース編み? レディのする事はよく分からないが、必要な物があれば何でも取りそろえる。城の内部において君は何でもできるから、今はそれで手を打ってくれないか?」
「……ありがとうございます」
今はこれ以上、ヴォルフに何を言っても困らせるだけだ。そう判断したアンバーは控えめに笑った。
**
それから名前も知らない城でアンバーの生活が始まった。
ヴォルフが言っていた通り、アンバーは城の中では自由を約束されている。メイドのシシィは明るく一緒に話していると楽しい。着替えもシシィと一緒に、沢山あるドレスから袖を通す一枚を選ぶのが楽しくなった。共に歩いて城を探検するのも毎日の楽しみの一つだ。
城は基本的な城の作りと同じで、アンバーたちの部屋がある最上階は個人的な部屋が沢山ある。ヴォルフの部屋は彼がいる時に少しだけ覗かせてもらった。しかし他人の個人的な部屋なので、アンバーはそれ以上踏み込もうとしなかった。
城は東西の棟と中央棟に分かれ、東西の端には塔もある。
三階には図書室や遊戯室、音楽室や絵画室などがあり、ヴォルフの祖先らしい肖像画も沢山飾ってあった。音楽室には名器と謳われるヴァイオリンやピアノ、様々な楽器があり、好きに奏でていいらしい。ヴォルフ自身も時折楽器をつま弾く事もあるのだとか。
図書室は見上げるほどの書架が立ち並び、それだけではなく装飾や絵画も相まって実に美しい。ガラスの美術品のみを集めた部屋があったり、陶器の部屋。またシノワズリの粋を極めた部屋など、見るだけでも飽きない。
広い城を何日もかけて見回り、あらかた確認し終わって迷わなくなったのは二週間後ほどだった。
ヴォルフは朝食を終えるとどこかに向かい、夕食の前に戻ってくる。
彼が〝仕事〟をしているのは分かるが、その内容が不明なのはやはり謎だ。本人は至って真面目な仕事をしているそうだが、知らないという事は不安も生む。
ヴォルフは一日の終わりに、アンバーが今日は何をしたという報告を聞きたがった。
そして自分は何も言わず、その後アンバーの体を貪るのだ。
どうにも気持ちが一方通行のようで、落ち着かない。
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