【R-18】不幸体質の令嬢は、地獄の番犬に買われました

臣桜

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衝撃的な事件2

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「ねぇ、シシィ。この辞書お借りしても大丈夫かしら?」

 メイドを振り向けば、彼女はニコッと微笑んだ。

「ええ、大丈夫ですとも。図書室の本を借りるぐらい旦那様は何も仰いません。むしろそれで奥様の読書が捗るのなら、きっとお喜びになります」
「ありがとう」

 黒い表紙のずっしりとした辞書を胸に抱え、アンバーは図書室を後にした。
 部屋につくとシシィはお茶の準備をしてくれた。後はまた廊下に出てアンバーの声が掛かるのを待ってくれたので、思う存分思考を巡らせる事ができた。

「何をどう考えればいいのかしら……」

 ゴブラン織りのソファーに座り、朝に飲んだ物とはまた香りの異なる紅茶を楽しむ。

 やはりウサギが関わる妖しいクラブの事を、真っ当な紳士クラブと思えない。
 仮に紳士クラブの象徴がウサギだったとしても、紳士たちの間で取り交わされる手紙なら、もっと正統派な雰囲気があるはずだ。

 アンバーの父が所属している紳士クラブの手紙を見た事があるが、白いカッチリとした封筒に、何も包み隠さず差出人の名前が書いてあった。
 通常の手紙と異なる箇所があるとすれば、『紳士クラブメンバー○○』と、名前の前にクラブの人間であると明記されているぐらいだ。

 国によって紳士クラブの形態は違うかもしれないが、あの赤い封筒と言い、どう見ても紳士クラブというより秘密クラブだ。

 ヴォルフが秘密クラブに加担していると思うと、一気に気持ちが重たくなる。

(あれだけ私に自分は真っ当な人間だと主張しておきながら、秘密クラブから手紙がきていては信用もできないじゃない。やっぱりヴォルフ様は裏オークションで人や盗品を扱う人なのかしら)

 グルグルと考えを巡らせていると、気分が悪くなってしまった。

「……横になりたい」

 思わず弱音を吐き、アンバーは長椅子に身を横たえ目を閉じる。
 頭に浮かぶものに、何一つ良いものはなかった。

 ――家族が悲しんでいる顔、自分を襲ってきた黒装束の男たち。一緒に掴まった侍女はどうなったのだろう?
 ――ヴォルフ……。少し彼の存在に慣れかけていたのに、どうしても彼が怖い。心から信頼できないし、彼が何を考えているか分からない。
 ――自分を妻にと望んでいて、裏オークションに手を出しているのだろうか?
 ――他にも自分同様、どこかに買った女性を囲っている?

 途中からアンバーの心に嫉妬が交じっていた。

 この城ではないどこかで、ヴォルフが知らない女性と体を重ねている。
 あの美しい体で組み敷き、心をも貫く目で見つめ、情熱的なキスをする。熱い楔で女性を穿ち、熱っぽい吐息をつくのだ。

「……いや……」

 知らない女の喘ぎ声が聞こえる気がして、アンバーは耳を手で覆った。
 胸が苦しくなり、涙が次から次に零れてくる。

「……あんな男、嫌いなの。ヴォルフ様が誰を抱いていたって、私には関係ないわ」

 自分自身に言い聞かせても、胸の奥はシクシクと痛んだ。
 両親と連絡が取れず、ヴォルフに買われたアンバー。そんな彼女が〝ご主人様〟の女事情に嫉妬する権利などないのに、何と言う傲慢な気持ちだろう。

「……いっその事、死んでしまいたい……っ」

 心の奥にわだかまっていたが、ずっと目を向けなかった言葉がポロッと唇から出てしまった。
 しばらくアンバーは啜り泣き、泣いているうちに身の上に訪れた不幸の数々を思い出す。

 ――やはり自分は『厄拾いのアンバー』なのだ。

 絶望的な気持ちになると、これ以上この城で生き恥を晒している事すら耐えがたくなった。このまま愛人扱いされ続けるのなら、いっそのこと令嬢らしく高潔に散ってしまいたい。

 どこかに刃物があるだろうか? と思考を巡らせ、自分の部屋には何もない事に気づいた。ヴォルフの部屋にペーパーナイフがあった気がするけれど、彼の持ち物で自害したくない。

 ふと起き上がり、アンバーは窓を見た。

 ゆっくりと窓辺に近付けば、これから夕方を迎えようとする空がまろく光っていた。このところは窓を開ければ風も少し温かくなっていて、庭園の木々も遠目から見て白っぽくなっている。おそらく花の蕾がついているのだろう。

「……私の春は、きっと一生来ないのだわ」

 本来なら、会った事のない婚約者に嫁ぐ予定だった。いい印象のない相手だが、貴族の娘らしく子をもうけて正しく育てていこうと思っていた。

 未来を想像し、思い描いた姿に近付こうと努力しようとした。

「……けれど、今の私は何?」

 ツ……ッと頬に涙が滑り、風が当たる。

「屋敷に閉じ込められ、体を求められ純潔を失って。……相手は何者かも知らない、人身売買をする男……っ。そんな男に私は……」

 ――惹かれかけている。

 今まで秘めていた思いを口にすればするほど、情けなくて涙が零れた。

 とうとうアンバーは窓枠に手を掛け、片脚を跨いだ。
 窓の外は細い幅があって足場になっているとも言えるが、勿論そこに人が立つ前提で作られていない。

 風に吹かれ、デイドレスがフワリと舞い上がった。
 遠くを見れば鳶が上空で円を描き、渡り鳥が今夜の餌場を見つけたのかバラバラと落ちるように水場におりているのが見える。

 ずっと向こうにある門が開き、一台の馬車が城に着こうとしていた。

「……ヴォルフ様」

 主の帰還に、いま城の中はあれこれと準備をしているのだろう。この城の使用人は皆いい人で、アンバーにとても親切にしてくれた。

 ――でも。

「もう、疲れたわ」

 目を閉じて少しの間、神に向かって祈りの言葉を捧げた。
 自ら命を絶つ罪を赦し、楽園の門を開いてほしいという願い。最後に家族と領民、迷惑をかけた侍女にも謝った。この城の使用人たちにも謝罪をし、アンバーは後ろ手に掴んでいた窓枠を離した。

「アンバー!」

 下から鋭い声が聞こえたと思ったけれど、もう彼女は覚悟をしていた。

 一瞬の浮遊感のあと、胃が下がる感覚と共に耳元でビュウウッと風の音がする。髪をまとめていたリボンが解け、自分の髪が風に嬲られるのも分かった。

 直後、ドサッと鈍い音が聞こえ、すぐ近くで「ぐっ」と誰かが呻く声が聞こえた。

 だがすべてを手放したアンバーは、そのまま自分の世界が終わったのだと思い意識を失った。



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