【R-18】不幸体質の令嬢は、地獄の番犬に買われました

臣桜

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「あ、この辺りです」

 しかし気持ちを切り替え、先ほど言っていた風景に差し掛かるとヴォルフに伝える。

 馬車が止まり、御者が用意した踏み台を使って山道に下り立った。
 ぷぅんと濃い緑の匂いがし、澄み渡った山の香りがする。
 風が木々を揺らすなか、アンバーは注意深く周囲を見回してゆく。ふと幹を大きく傷つかせた木を見つけ、足早に近付いていった。

 よく見れば、そこは下に向かって斜面に何かを引きずった後がある。だが足を震わせてグッと斜面の下を覗き込んでも、アンバーが乗っていた馬車は見つからなかった。

「恐らく君が乗っていた馬車などは、破壊されて谷に落とされたか、持ち帰られて山賊の収益となったか……だろう。荷馬車はともかく、貴族の家紋がついた馬車など引き取り手も決まっているだろうに。……蛇の道は蛇か」
「あの時の侍女や同行していた護衛たちは……」
「……どうだろうな」

 ヴォルフは短く言ってごまかしたが、アンバーは不安を拭えない。

「元帥閣下なら、この地で争いがあり死人が出たら処理班が出るとご存知なのではありませんか?」

 アンバーは背の高いヴォルフを見上げ、真っ直ぐに彼の目を見つめる。
 それまで周囲を見回していたヴォルフは、ふと遠くの一点をぼんやり見て口を閉ざしてしまった。彼の反応から、アンバーは自分の言葉が図星を突いたのに気づいた。

「……どれだけ……亡くなったのですか? 覚悟はできています。お願いです、教えてください」

 彼の黒いコートを掴み少し袖を揺すると、ハァ……とヴォルフが溜め息をついた。

「君は思っていたよりずっと頭がいい。そしてしっかりしている。……根っからの貴族のお嬢様だな」

 遠くを見ていた目がアンバーを見下ろし、革手袋を嵌めた手がスルッと彼女の顎を撫でた。

「君の推理と覚悟に敬意を表そう。ここで確認された死体は二十五。死んだ馬は十八。近場で負傷した馬や人は見当たらなかった。恐らく連れ去られたか、逃げ帰ったとみている。同様に荷馬車に載っていただろう大型の荷物も発見されていない」

 簡潔に答えるヴォルフは、仕事時の顔つきをしていた。冷静で、感情に囚われない判断を下す、元帥閣下の顔だ。

「……感謝致します。亡くなられた方はどのように……?」
「こちらの共同墓地に埋葬し、祈りを上げた」
「ドランスフィールド伯爵家の者として、お心遣い、心より感謝致します」

 声は震えていたが、アンバーは胸に手を当て淑女の礼をした。

 亡くなった者が誰かは分からない。アルトマン公爵が使わした護衛だったかもしれないし、赤ん坊が生まれたと言った御者だった可能性もある。

 けれど死んでしまった者相手に『もしも』は通じない。

 できる事は、領主の娘として父に詳細を話し、遺族にきちんとした手当をする事だ。

「……君は気丈だな。城から飛び降りようとした人とは思えない。やはり自分の領地の人間が関われば、領主の娘としての責任感がそうさせるのだろうな」

 背筋を伸ばし、真っ直ぐ谷の方を向いて祈りを捧げるアンバーに、ヴォルフが呟く。アンバーを見つめる視線には、賞賛と驚きがある。同時に今まで見せなかった凛とした横顔に、微かに欲を抱いている色も窺えた。

「……落ちぶれても、伯爵家の娘ですから」

 祈り終わったアンバーは自嘲するように笑ってから、身を屈めてペンダントを探し始める。

「透明な物なのです。三センチほどのペンダントヘッドで、水晶の結晶のような形をしています。日差しを受けると綺麗に輝くのですが……」

 斜面に落ちた茶色い針葉樹の葉を踏み、アンバーは目を凝らしゆっくりと辺りを探してゆく。ヴォルフは周囲にいた護衛に目配せをし、一緒に探すよう促す。それから自分も身を屈めた。

「よほど光って目立ってしまったのなら、一緒に拾われても仕方がないのですが……。あとは、馬車と一緒に谷に落ちてしまった可能性もあります」

 当時の事を思い出し、アンバーは馬車が一回転した辺りを探す。あのとき窓も割れて、馬車の内部に大きなガラスの欠片が入ってきたのを覚えている。怪我こそしなかったものの、ヒヤッとした。だがそれも、続く大混乱に紛れてしまったのだが……。

 時刻は午前中で、まだまだ周囲は明るい。
 しかしこの山道を下りて次の宿となる場所に着くまでの距離を思うと、探す時間も制限がある。

 しばらく大人数で捜索をし、ヴォルフが何人ほどをここの捜索に当たらせようか考えていた時――。

「あっ!」

 アンバーが声を上げ、斜面の木の根元から何かを拾い上げた。一瞬それは陽に反射し、周りの者たちの目にキラリと輝きを見せつけた。

「あったのか? よく探せたな」
「馬車が転がっていった軌道を考えつつ、探してみました。良かった……」

 アンバーが言っていた通り、ペンダントは確かに六角形の結晶型をしており、中に何か溶液が入っている。

「貸してくれるか?」

 ヴォルフはハンカチの上にペンダントを載せた。顔を近付けてよく見て、それから光に透かしてみる。

「……中の溶液を確認しなければいけないな。アンバー、少し離れていてくれ」

 そう言うと、ヴォルフはペンダントをハンカチに包んだまま、近くの木の幹に押しつけた。彼の革手袋とハンカチの中で、薄いガラスが割れた音がする。
 すぐにヴォルフはハンカチ越しの匂いを嗅ぎ、鼻先から手を離す。何か考え、またスンッと鼻を鳴らし、しばらく思案した。

「……甘ったるい匂いがする。……エーテルの可能性が高いな」
「エーテル?」

 聞き慣れない用語にアンバーが首を傾げると、ヴォルフが説明してくれる。

「医療で麻酔として使われている薬品だ。患者の目を塞ぎ、鼻と口にガーゼを当てそこにエーテルを垂らす。そうすれば患者の意識がなくなり、手術ができる……のだが」

 ヴォルフはハンカチを握ったまま手袋を脱ぎ、くるんと裏返しにした。丁度手袋の表側に、ペンダントとハンカチが閉じ込められる事になる。
 その口を近くに控えていた軍兵から受け取った紐で縛り、「ドクターに回しておけ」と命令して渡した。
 残っていた手袋を脱ぐと、屋敷からついてきた従者が代わりの手袋を差し出す。

「……エーテルを悪用している者がいる……という事ですね」

 ヴォルフの仕事ぶりの片鱗に見とれつつも、アンバーは会話の続きをする。

「その通りだ。恐らく舞踏会かどこかで、犯人がこのペンダントを与えて女性を誘惑する。相手がその気になれば、人目のつかない場所でペンダントを使えば簡単に誘拐できる」
「ですが起きたまま薬を嗅ぐ気になるものでしょうか? 気の多い女性だとしても、そこまで……」

「だが、言葉巧みに騙してしまえば? おしなべて舞踏会にいる令嬢などは、新しい刺激に弱い。ある程度爵位のある相手で、好感を持てる外見ならば、多少密室で〝何か〟をしてもいいと思うかもしれない。そのために『気持ち良くなれる薬だ』と説明されたら……?」

 ハッとなってアンバーは言葉を詰まらせる。

 確かに好奇心旺盛な令嬢なら、そのように言われてしまえば一時の享楽に身を任せてしまいかねない。
 アンバーの周りにだって、純潔を失う事はしないものの、その一歩手前までなら色々遊んでいる令嬢もいた。

「……そのような女性が、被害に遭ったのかもしれないのですね」
「これでやり口の見当もついた。後は舞踏会で相手が尻尾を出すのを待つ」
「はい!」

 証拠を見つけた二人は、また馬車に乗った。

 胸中は色々複雑だが、これから一路アンバーの故郷へ向かうのだ。
 嫁に出したと思えば山賊に襲われ誘拐された。そんな娘が知らない男を伴って帰って来たら、両親はどう思うだろう?

 色々な事が起こりすぎて頭は混乱しているが、アンバーは目を閉じて馬車の揺れに身を任せた。



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