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ワルツ

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 ファンファーレが鳴り王族が入場し、国王の挨拶があった。

 国王と王妃が最初の一曲を踊った後は、フロアが解放される。その頃には立ち上がってフロアに控えていたアンバーは、ヴォルフに手を引かれしずしずと中央に向かった。
 周囲から圧倒的な好奇心を向けられ、まだ踊る事のできない身分の低い貴族たちは何か言っている。

「緊張しているか? 楽しく踊る事だけを考えよう」

 ファーストポジションを取り、思えばこれがヴォルフと踊る最初の機会だと気付く。体を鍛えているだけあって、ヴォルフは体の軸が通って立ち姿が美しい。負けじとアンバーも、体に叩き込んだダンスの感覚を必死に思い出していた。

「あの元帥閣下が婚約者を?」という視線をもらっているのだ。惨めな姿を晒し、ヴォルフの評判を落とすような事があってはならない。

 同時にあのペンダントをくれた男性を思い出し、できるだけ目立つぐらい美しく踊り、向こうから声を掛けられるのを期待した。

 一国の元帥が相手にする女性なら、アンバーの顔が好みかどうか関わらず、大抵の男性は興味を持つだろう。ヴォルフに近付きたくて声を掛けるかもしれないし、ヴォルフからアンバーを奪い取ろうという者もいるかもしれない。動機はどうであれ、目立つ事によってペンダントの男の目を引く作戦だ。

 最初の一音が鳴り、前奏に合わせ体を揺らしたあと、二人は同時に足を動かした。

 触れ合った部分が熱い。ヴォルフの色の薄い瞳がじっとアンバーを見つめてきて、こんな美しく雄々しい人に求められているのが、今になっても嘘のようだ。

 もう彼に買われたという出来事は、気にならなくなっていた。

 買われたのは事実だとしても、ヴォルフが自分を心から愛してくれているのは分かっている。両親も彼を信頼しているし、城の使用人もみんな優しい。他国の貴族たちにどう思われようが、自分はヴォルフと幸せになるのだと信じて疑わなかった。
 仮にヴォルフと踊った事でアルトマン公爵と鉢合わせになったとしても、ヴォルフが好きだとハッキリ言うつもりだ。

 ――景色が回り、アンバーのバラ色のドレスが翻る。絶妙な足捌きで裾を払い、クルリと体を回転させヴォルフの腕に身を任せた。
 曲の一番の見せ場になると、周囲の者たちが端に寄りヴォルフとアンバーのために空間を空けた。

 アルフォードにいた頃なら、フロアの中央で花開ける令嬢を羨んでいた。

 だが今は、アンバーがその主役だ。

「……目を引くために少し派手にする。耐えてくれ」

 ヴォルフの声が聞こえ、アンバーは気を引き締めた。
 その途端、グルリと大きく体を回転させられ、螺旋状にたっぷりとフリルをあしらったスカートがバラの花のように開いた。

 おおっと周囲から歓声が聞こえるが、ヴォルフの力強い腕に身を任せたアンバーも半ば驚いている。彼女が知っているワルツの基礎の動きをすれば、ヴォルフの動きに全部対応できる。だが支えとなるヴォルフの側はしっかりとしたホールドに加え、体重の軽いアンバーを見栄え良く踊らせるテクニックも備えていた。
 きっちりと結い上げられた髪を乱すことなく、アンバーはヴォルフの腕の中で回転し、遠くに放られ、また強く引き寄せられる。そのたびにフワッとドレスが見事な開き方をして、観客の目を楽しませた。

 シシィが「このドレスがようございます」と一推ししたのも、こういう理由があっての事だったのだ。
 やがて見せ場のパートが終わり、割れんばかりの拍手に包まれた二人は、また大勢の流れに戻っていった。

「アンバー。俺たちを見ている者たちの中に、あの男はいるか? なるべくゆっくり回る」

 見事に踊らされて高揚していたが、ヴォルフの冷静な指示にアンバーはハッとして周囲に気を配った。

「探してみます」

 ヴォルフとのダンスに酔っていたかったが、自分のすべき事はそれではない。
 笑みを浮かべ楽しげにワルツを踊るふりをし、アンバーは自然に周囲を見回した。

 ――ふと、フロアの中から強い視線を感じる。

 ハッとして視線の方を見れば、他の女性と踊っているとある男性とバチッと目が合った。

「!」

 濃い色の髪の、ヒゲのある男性だ。
 彫りが深くどこか色気があり、微笑みかければ大抵の女性はうっとりしてしまうような……。

「いました」
「――いたか。ではこれ以上目立たないように」

 曲はもう残り三分の一ほどになり、ヴォルフは意図的に動きを小さくした。けれど上品さや優雅さは損なわず、周囲のダンスを引き立てるかのような動きとなる。

 それはまるで、横の足並みを揃わせる軍隊の動きにも似ていた。
 人々の視線は他のカップルに向かい、ヴォルフたち二人は目立ちもせず悪目立ちもしない。最後は周囲と同じ存在感でお辞儀をし、次に踊る組と自然に交代をした。

「飲み物を手に取って、自然に接近する」
「はい」

 初めてヴォルフと踊ったというのに、すぐ色気のない展開になってしまった。
 給仕からシャンパンを受け取り、二人はワルツ後の火照りを冷ます振りをしてゆっくり歩いた。だが残念に思ったのも正直な気持ちなので、アンバーは素直に伝える。

「あの、ヴォルフ様」
「ん?」

「私、ヴォルフ様と踊れて嬉しかったです。今まで目立たず地味だった私が、あんな風に大勢の中心で光る事ができたのは初めてだったのです」

 シャンパンを飲むと、喉からスゥッと心地良くなる。

「そんな私があんな風に注目されて、拍手を浴びる事ができたなんて夢のようなのです。ですから、今度はお役目のためではなく、楽しむためにあなたと踊りたい。今日でなくてもいいですから。……お願いします」

 ヴォルフの腕に手を絡め、アンバーは微笑んだ。
 アンバーの告白をヴォルフは目を瞠らせて聞いていたが、どこか納得いったように頷く。

「……君は俺から見れば掛け値なしに素晴らしい女性で、何をすれば喜んでくれるのかずっと悩んでいた。……だがこんな小さな事で喜んでくれるのだな」

 バルコニーに出る事もせず、かといって壁際の椅子に座る事もしない。ヴォルフはアンバーをエスコートしたまま、自然にダンスホール内を歩き回っていた。

「君が相手ならいつでも応えよう。ダンスは嗜み程度だったが、君が喜ぶのなら何度踊っても構わない」
「……嬉しいです」

 アンバーは微笑み、スッと気持ちを引き締める。

「それでは手はず通り、ここから私は一人で行動します。ヴォルフ様と皆さんを信じています」

 少し強張った顔でアンバーは微笑み、ヴォルフに縋るような目を向けてから背を向けた。
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