【R-18】不幸体質の令嬢は、地獄の番犬に買われました

臣桜

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囮1

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 待ち構えていたように、すれ違いでヴォルフに話しかける令嬢たちがいる。嫉妬が心からせり上がりどす黒い気持ちになったが、今はお役目中だ。「彼のために働けるのは自分だけ」と言い聞かせ、悠然とした笑みを浮かべ歩を進める。
 先ほどのワルツが効いたのか、一人になったアンバーに大勢の男性が寄ってきた。

「失礼。元帥閣下の婚約者様だとか……。次は私と一曲どうですか?」
「あら、ありがとうございます。ですが私、いま少し体が火照ってしまっているのです」

 アンバーは小首を傾げ、小悪魔を演じてみせる。

 その様子に周囲の男性はよりその気になり、羽根扇でわざと口元を隠したアンバーにフラフラとついて行く。
 内心アンバーは冷や汗を垂らしていたのだが、例の男を引き寄せるまでは〝魅力ある女性〟を演じなければいけない。

 おまけに誰かに誘われて踊ったり、別の場所に連れ出されてもいけない。すべき事は、のらりくらりと会話を長引かせつつ、あの男を探し色目を使う事だ。

 この作戦はアンバーが思いついたが、案が通るまでヴォルフは数日難しい顔をして考え込んだ。
 彼としては愛しいアンバーによその男を誘惑してほしくない。できるだけ安全でいてもらいたいのに、彼女自ら囮になると言うのだ。多少の事はしてもらうつもりでいたが、下手をすれば暗がりに連れ込まれかねない役だ。

(でも、許してもらえたからには、ちゃんとお役目を果たさないと)

 パタパタと羽根扇で顔を仰ぎ、アンバーはできるだけ艶然と微笑んでみせた。先ほど見かけた男性をさりげなく探し、場所を変えては笑顔を振りまく。
 ふと人々の向こうから、あの男が誰かを探す素振りを見せているのが目視できた。

(見つけた!)

 最初ヴォルフはアンバーが確認した男を、そのまま軍部の者が連れて行く作戦を考えていた。

 だが舞踏会に軍人が入り込めば、国王主催の舞踏会に泥を塗ってしまう。あの男にも警戒させ、これという証拠を出す前に逃げられるかもしれない。男に協力している者たちの正体も分からず、捜査が頓挫する可能性もある。

 だからアンバーは〝男の口車に乗る愚かな女〟を演じて、彼に近付くのだ。

 男の姿を発見し、アンバーはそっと近付いていった。
 会場全体にワルツの生演奏が響き、人が絶えず動いていてどこか距離感が掴めない。シャンパンのアルコールと緊張が、アンバーの体温を上げた。

 あの男を真っ直ぐ目指すのではなく、誰かいい男を探しているという様子で自然に、自然に移動する。――と、人と人の間であの男と目が合った。男は明らかにアンバー目がけて人混みをかいくぐってくる。

(来たわ!)

 アンバーも誰かを探しているふりをしつつ、男がいる方向に足を向ける。

「失礼、先ほど目が合いませんでしたか?」

 目の前に立ち塞がった男は、覚えている通りの姿だった。

 ヴォルフより低いがそこそこの長身。体も引き締まっていて、武術や乗馬など体を動かしているのだろう。
 髪の色は黒にも見える濃茶。きちんと整えているのに額に一房髪が掛かっているのは、計算しての事だろうか。二重の目は大きく、キリッとした眉の下にあるので青い目が印象的に見える。
 髭がなければまだ好青年とも言えるのだろうが、口髭があるからこそ彼の魅力が引き立つ。三十代半ばにもなれば、髭の一つでも生やして威厳をつけなければいけない。

「先ほどのダンス、実に見事でした。元帥閣下も令嬢たちに大人気ですが、そんな彼が見初めたあなたはとても魅力的な方です」

 胸に手を当て、男はニコニコと話を進める。

 ふと、アンバーは彼が自分を覚えていないのだと察した。
 彼から間違いなくペンダントをもらったというのに、男はアンバーだと気づいていない。恐らく令嬢を誘拐するために、あのペンダントをばらまいている可能性もある。

(あの時贈り物をもらって、少しでも嬉しく思った自分がバカみたい)

 過去の自分を冷静に見る事ができるようになった今だからこそ、アンバーは芝居を続けられた。

「まぁ、お上手ですわ。ところでお名前を窺っても? わたくしはアレクシアと申します」

 男がアンバーを覚えていなくても、もしかすれば何かのリストに名前が載っている可能性が高い。なので、名前も以前から決めていた偽名を名乗る。

「おや、失礼致しました。私はツェーザル・クルト・ローテローゼ。しがない侯爵をしております。どうぞお見知りおきを」

 やや芝居がかった様子でツェーザルはお辞儀をする。アンバーが彼と本格的に話し始めたのを見てか、それまで周囲を取り囲んでいた男性たちは距離を取った。

「素敵な方ですのね。先ほど一緒に踊られていた方が羨ましいですわ」

 しなを作り、アンバーはコルセットで盛り上げた胸を殊更に強調してみせる。ツェーザルは好色そうな目でチラッとアンバーの胸を見て、笑みを深めた。

「あなたも罪な方だ。閣下という魅力的な男性がいながら、もう火遊びですか?」

 ツェーザルが顔を寄せ、アンバーの耳元で囁く。
 香水の香りがし、それに交じった男の体臭が気持ち悪い。アルフォードでの舞踏会でも嗅いだはずなのに、今はもうすべてが不快だ。
 だが今は、ツェーザルが自分に手を出すよう仕向けなければいけない。

「貴族として生まれた以上、社交界での浮き名はついて回りますわ。本人にその気がなくても……ね? 夫となるあの方も、数多の女性から想われているようですし……。わたくしは最終的に夫を裏切らなければ、上辺の恋愛は自由だと思っていますの」

 心にもない言葉を口にするのが、こんなに辛い事だと思わなかった。
 アンバーはヴォルフを裏切ろうなど欠片も思わない。自分が考えた作戦とは言え、自ら積極的に不貞を望むような言葉を言うのは心に痛い。

「おやおや……。未来の公爵夫人ともあろう方が、悪い女性(ひと)だ。少し汗ばんでいらっしゃいますが、ゆっくりできる場所でアイスクリームなど如何ですか?」

 ふとツェーザルがアンバーの首筋を撫でた。手袋越しとは言え、ヴォルフ以外の男に触れられる感触にアンバーは鳥肌を立てた。

 内心くじけて泣きそうになりながらも、蠱惑的に微笑んでみせる。

「……では、こっそり参りましょう。まだ舞踏会は始まったばかりですから、皆さんワルツに夢中ですわ」
「ふふ、そう致しましょう」

 背に当てられる手が気持ち悪い。
 同時に自分の後ろ姿を、刺すほど強い視線が追っているのも気づいていた。

(ヴォルフ様、私はちゃんとお役目を果たしますから。見守っていてください)

 ダンスホールの扉をくぐれば、静かな廊下がどこまでも続いていた。早くも抜け出した男女の姿が見えたり、女性を誘うのを早々に諦めた男性が遊戯室に向かう姿もある。食事が置いてある部屋でまず腹ごしらえをしようとする紳士がいたり、ドレスが破れ王宮のお針子に応急手当をしてもらうのか、泣き顔の令嬢が急ぎ歩いていた。
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