【R-18】不幸体質の令嬢は、地獄の番犬に買われました

臣桜

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彼の初恋1

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「アンバーさんは、兄さんの初恋の人で恩人なんだよね」

 翌朝の朝食は、ヴォルフも同席していた。
 久しぶりにヴォルフが顔を見せ、使用人たちも皆笑顔だ。

「恩人……ですか?」

 領地で採れた新鮮な野菜を口にし、アンバーは目を瞬かせる。
 もうすっかり外は暖かくなったので、それに合わせ彼女は明るいピンクのデイドレスを纏っていた。

「知っての通り、アルトマン公爵家は軍部を司っている。父の代の頃も『国王の猟犬』として周囲から恐れられ、時に恨みを買っていた」
「立派なお仕事ですのに……」

「貴族という人種は、華麗な生活の裏側に人に見せられない顔も持っているものなんだ。君も知っているように……ね」

 裏オークションにいた高貴な人々を思い出し、アンバーは「そうですね」と暗い声を出す。

「十歳の時、兄さんは誘拐された。同じ姿をしていても、長男だからという理由で兄さんが誘拐されたんだ。その当時、城には軍部以外の一般の使用人もいて、その中の一人が金につられて誘拐の手引きをした。攫われた兄さんを盾に、犯人は父に対し、貴族たちに都合の悪い事を闇に葬れと脅すつもりだったらしい」

 先ほどから話をしているのはアンバーとヴォルフだけで、レオは静かに食事を進めている。

「その時、兄さんを助けてくれたのが、当時五歳のアンバーさんだったんだ」
「えぇ!?」

 あまりに驚いてアンバーは大きな声を上げ、直後はしたない事をしたと顔を真っ赤にさせた。

「覚えていないかな? 兄さんは君の領地にある農地の、使われていない厩舎に縛られていた」
「……あ……」

 記憶を促され、ふとアンバーの遠い記憶に金色の波が蘇る。

「……秋、だったかしら。一面に刈り入れ前の小麦畑が広がっていて、金色に輝いていてとても綺麗だったのは覚えています。そのとき私、大好きな『お兄ちゃん』と手を繋いで歩いていました」

 五歳の思い出というものは、完全に忘れる訳でもなく、明確に覚えているというほどでもない。
 薄らとした記憶の中、透き通るような目をした優しいお兄ちゃんが、アンバーを可愛がってくれていた記憶がある。
 遠くを見るような目で記憶を手繰るアンバーに、レオが手助けをした。

「その時アンバーは、棒きれを持って一人でフラフラ歩いていたんだ。喉が嗄れるまで助けを求めていた俺は、微かな気配に助けを求めた」

 懐かしげに細められた目は、じっとアンバーを見つめた向こう。十歳の記憶を思い出していた。



**



「誰か助けて……!」

 散々叫んで痛くなった喉を振り絞ったのは、幼い女の子の呑気な鼻歌が聞こえたからだ。
 厩舎の柱に縛り付けられたレオは、少女の声に助けを求めた。
 ややあって、間延びした声が返事をする。

「誰かいるの?」
「中に捕まっている! お願いだから助けてくれ!」

 声から推測するに、それほど大きな子ではないのだろう。だが自分が捕まっていると言えば、それなりの行動を起こしてくれそうな歳ではある。
 少しして小さな足音が厩舎の周りを歩き回り、閉鎖された入り口をガタガタと引っ張る音がした。

(駄目だ。鍵がかかっているのか――)

 僅かな失望を覚えたレオだったが、その次に聞こえた女の子の声にギョッと目を見開いた。

「アンバーがドアを壊すから、中でじっとしていてね?」

 幼い声がした後、文字通り入り口のドアをガンッガンッと激しく叩く音がした。
 厩舎のドアと言ってもそれほど堅牢なものではなく、細長い板きれを繋ぎ合わせた両開きのドアが、縄で結ばれている程度だ。

「うんっ、えいっ! えいっ!」

 小さな女の子は手に持った何かで何度もドアを殴りつけ、薄暗かった厩舎の中に次第に光の差し込む量が多くなる。

 そして――。

 ガンッと一際大きな音がした後、パカリと開いたドアの中心に少女のシルエットが立つのを見た。
 圧倒的な光を背に、少女の金髪が淡く輝く。ぜいぜいと肩を上下させた女の子は、小さな手にそれなりの太さの枝を握っていた。

「お兄ちゃん、閉じ込められているの?」

 ポイッと棒を捨て、アンバーは小走りにレオに近寄ってくる。

「君は……アンバーと言うの?」

 目の前に座り込んだ女の子からは、日だまりの匂いとほんの少し甘ったるい香りがした。まるい頬を上気させ、蜂蜜色の髪を汗に濡らして顔に貼り付かせている。アンバーという名前の通り、琥珀色の瞳がとても綺麗だった。
 左頬には印象的なほくろがあり、レオはそれを可愛いと思った。

「そうよ。私はアンバー。お父様はドランスフィールド伯爵なの」

 小首を傾げて微笑んだ彼女は、自分の父を誇らしく思っているようだ。
 名乗られた家名と彼女の名をしっかり覚え、レオは縛り付けられたまま身じろぎをする。

「アンバー、この縄を切るナイフは持っていないか?」
「……刃物は持ってはいけないと言われているの」

 困ったように眉を寄せ、アンバーは小さな手で縄をちぎろうとした。だがレオの肌に食い込むだけと知ると、その場に立ち上がる。

「待っていてね? 近くにお父様たちがいらっしゃるの。皆でピクニックに来ているのよ。走って行ってくるから、お兄ちゃんは待っていて」

 勇気づけるようにアンバーはレオの頬にチュッとキスをすると、ドレスの裾を掴んであっという間に走って行ってしまった。

「アンバー……」

 可愛らしくも勇気のある少女の名を呟き、レオはこの恩を一生忘れないと思った。

 やがてアンバーに連れられたダリルとケイシーが厩舎に辿り着き、レオは無事に保護された。
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